のこされたもの
321
倒された盗賊達の処置が終わった。
「あとは、あいつらの根城を全部調べてまわって、それで終わりだ」
「自分が付いていく必要はないですよね?」
「そうだな。ルーには、「狼を討伐してもらう」ってことで来てもらったんだし。・・・おい? 疲れたのか?」
あの狼達を炎に還したことがよかったのかどうか、よくわからない。
「まあ、仲間だった盗賊達と一緒に葬ってもらえたんだ。あいつらにとっては、ましな結末だったと思うがな」
「優しいんだか、おっかないんだか・・・」
「苦しませなかったんだから、優しいんだろ?」
「でもよ? 盗賊の頭をやったときは、びびったぜ」
「う〜ん、動きを止めるのには、手足を動かなくさせればいいでしょ? それとも、股関節壊した方が・・・」
「「「「やめてくれ!」」」」
話を聞いていた人たちが、そろって内股になっている。いや、急所狙いは、ちらっとしか考えなかったよ?
「よし。念のためだ。全員で、根城をまわってくれ」
「じゃ、自分はモガシに戻って報告してきます」
「後は、頼むぞ」
あれ?
「隊長さんは、行かなくていいんですか?」
「俺が指示しなくても大丈夫だろ?」
いいのかねって。
「あ〜っ!」
「おいっ。いきなりなんだ!」
「〜、巣穴、狼の生き残り。探すのに毛皮残しとくんだった〜っ」
乳房の発達したメスが数頭いた。絶対に子供がどこかにいる。
「なんだ、そんなことか。もし、いたとしても、ほっときゃ死ぬだろ?」
「いえ、留守番役の個体がいるはずです。それに、彼らは人から与えられたえさの味を知っています。大きくなったら、多分、真っ先に人を襲いますよ?」
「! まずいじゃねえか!」
「・・・そうなんですよ。盗賊の根城とは別の場所にあるでしょうから、普通には探し出せません。しまったぁ〜」
そばにいた騎士さんが、ぽんぽんと肩を叩く。
「なあ。そこに残ってる血じゃダメか?」
馬車の脇には、槍で貫かれたときに流れた血が残っている。
襲撃現場周辺は、盗賊、傭兵、騎士さん達が踏み荒らしている。自分では、狼達のきた方向を調べるのも匂いをたどるのも無理だ。いや、地面に鼻を付ければ判るかもしれないが、おじさん達の前で四つん這いになって、くんかくんかするのはちょっと遠慮したい。
今回の件には、関わらせたくなかったんだけど。
「う〜。ユキ、ツキ、ハナ? これで巣穴までたどれるかな? 見つけて、逃がさないようにする、だけだからね?」
三頭は、一声あげて答えると、さっと森の中に散っていった。
「おう! あいつらがいたか。それにしては、白いのと黒いの、前に見たときよりもほっそりしてたような・・・」
「あれから、ものすっごく運動させましたから!」
「そ、そうか」
隊長さんは、くるりと自分に背を向けると、なにやらお腹をさすっている。いや、太ってませんよ?
「見つけたようですね」
「って、だから、なんでわかるんだ? おい! 数人付いてこい!」
意外にも、盗賊の根城の近くにあった。土手に掘られた穴の前で、二頭の狼が牙を剥いている。ユキとハナがそれぞれを牽制していた。
「うん。お休み」
脳天を指弾に貫かれて、二頭は死んだ。彼らを穴の前から移動させて、中を探る。
「ずいぶん子だくさんですね。七頭もいますよ」
「ほんっとうに器用だよな! で? どうする?」
「埋めっちゃいましょう」
「「「え?」」」
ウサギ穴同様に、『埋切』を使う。巣穴の上が少し陥没したが、問題ないだろう。
「・・・とことん器用なやつだな」
「お褒めに預かりどうも!」
「ついでだ。根城に隠し部屋がないか、見てくれないか?」
「隊長さんこそ、本当に図々しいですよね!」
「褒めてくれていいぞ?」
結局、付き合った。
その晩は、街道近くでキャンプを張った。ハナが、生き残りの狼をうまく誘導してきたので、彼らも指弾で仕留める。
翌日、残りの拠点にいた見張り役の盗賊達も、処刑された。
すべての拠点で、親分の定位置と思われる場所の床下から、隠し部屋が見つかった。というより、自分が見つけた。
人質は、一人もいなかった。
根城に残っていた収奪品は、荷馬車に回収した。擬装用に乗せていた樽は、自分の便利ポーチにしまう。
「なあ、これなんかも一緒に運んでくれてもいいんじゃないのか?」
「だめですよ。証拠品なんだから。ねこばばの疑いをかけられるのは御免です」
「けち」
「問題が違います!」
荷馬車に乗り切らない分は、全員の馬に振り分けた。ムラクモにも協力してもらう。
生活用品贅沢品腐ってしまった食料品、そして、たくさんの身分証。
「もう、討伐依頼は懲り懲り。やっぱりただの猟師でいいです」
「つれないことをいうなよ」
「あんたがいれば、百人力だ!」
「頼りにしてます、姐御!」
「自分、これから移動するんですけど?」
「関係ないね。他所に居たって、指名依頼は出来るんだ」
「謹んでお断りします」
「だからさぁ」
そんな話をしながら、モガシに戻った。
持ち帰った物の品数が相当だったので、またも練兵場で報告することになった。騒ぎにならないよう、ハナ達は影に入らせた。ムラクモも、荷物を降ろしたあと引っ込んでもらう。
野外用のテーブルを持ち出し、一品ずつ記帳している。盗賊達が襲っていたのはほとんどが商人さんだったので、商工会からも助っ人が来ている。雨が降る時期でなくてよかった。
自分は、別のテーブルを借りて、討伐の一部始終を報告書に書き上げた。自分の保管用も含めて三部作ってある。
「さ。終わりましたよ〜。ってことで、後はよろしく」
「どこに行く?」
「だから、用事は済んだし。ローデンに向かうんですけど?」
「「「こらこらこら!」」」
「ちょっと待て!」
「もー、あっちでもこっちでも足止めされてて、全然先に進めないんですよ。報酬代わりに、早退させてください」
「なんなんだ、その理屈は!」
当然でしょ?
「せめて、飯、飯食ってけ!」
「道の途中でも食べられるし」
「モガシのうまいもん紹介してやるから!」
「アスピディ食べられなかったんだから、他はどうでもいいです」
「「「いやいやいや!」」」
「あれは俺たちでも滅多に食べられないんだから!」
「ほら、もう夜になるし。外に出ることないって!」
「自分、猟師ですから問題ないです」
「「「「そんなわけあるかぁ〜っ」」」」
討伐隊の結成を指示した王宮、ギルド、そして商工会から、それぞれ報奨金が出る、と宣言された。断ったら、自分の口座に勝手に振り込んでおくから、と返された。余計なことを。
「じゃあ、なにがいいんだよ?」
ホーシタさんが、聞いてくる。
「そうですねぇ。魔獣の爪とか歯とか骨とか?」
「なんだそりゃ?」
「爪はともかく、他はどうするんだ?」
「う〜ん、内緒ですよ?」
どうせ、どこかで漏れるだろうけど。
「ほら、隊長さん、討伐のときにいろいろ見たでしょ?」
「いろいろって、あれか? 隠れるやつとか、燃やすやつとか」
「それ。それ用の術具の材料にするんです」
「「へえぇ」」
「聞いたことがありませんなぁ」
団長さんまで混ざってきた。
「え? 術具って、魔術師だったんですか?」
品物の鑑定に来ていた魔術師さんまで加わってくる。まずい。
「独学がいきすぎて、ローデンの魔術師団長さんもお手上げでしたけどね」
「「「「ほう」」」」
報告書には、自分の使った魔術について詳しく記していない。そんな証拠を残しておけるか。
「つまりは、肝心なところは秘密、ってことで。それで、なんかありませんか?」
「ちっこいのでよければ、先日持ち込まれたやつのがあるかもな。ほら、討伐したやつ。ただ、ずいぶんと安いぞ?」
「使えればいいんです」
「普通は安かろう悪かろうでそもそも使えないんです!」
魔術師さんの声がひっくり返っている。
「どちらかと言えば、数が欲しい」
一気に脱力したらしく、魔術師さんの肩が落ちている。隣にいた隊長さんが、何やら慰めている。男の友情?
「数を集めるなら尚更だな。ほれ、時間を寄越せ」
「じゃ、いりません」
「「「こら!」」」
なんだかんだで、明日の朝までにギルドで集められた魔獣素材を貰うことになった。でも、報奨金は減額してもらえなかった。けち。
それから、練兵場のど真ん中で、焼き肉大会が始まった。
暴走した魔獣達は、傭兵隊がすべて討伐した(ということになっている)ので、隊商の戦利品になった。彼らは、それを街に寄付した。
それらが、すべて持ち込まれている。ほかにもいろいろ差し入れがあるようだ。
「ほれ! グロボアがいい感じに焼けたぞ〜」
「アンフィの手の煮込みはどうだ〜?」
「姐御の活躍に〜」
「「「かんぱーい!」」」
王宮の職員や街の人まで、入れ替わり立ち替わりやってくる。
「・・・なんで、こうなるんですか?」
「いやあ、討伐はしたものの、すぐに街に持ってかれたじゃないか」
「やっぱ、獲った獲物を食ってなんぼ、だよな〜」
「ごたくはいいから! 食え食え、もっと食え!」
騎士団とギルドの合同討伐(魔獣および盗賊の)が無事に終わった打ち上げ、だそうだ。それはいいけど、なんで、自分まで混ぜるかな?
「そりゃ、一番の大手柄だし〜」
「姐御、強かったし〜」
「容赦ないし〜」
「関係ない形容詞つけるのやめてください」
「「「無理だから」」」
「んじゃ、はい、これ!」
ヘビ酒の瓶を、どどんと並べる。これでも飲んで、大人しくなってくれ。
・・・もっと騒ぎが大きくなった。
夜も更けて、あらかた沈没した中、団長さんと隊長さんとホーシタさん、そして、自分が残った。
焼き肉のたき火とは別に、火をくべて取り囲む。
「いーよなー、ローデンの連中、いーなぁ」
ホーシタさんが、ぶつぶつ言っている。
「まあなぁ。機転はきくし、強いし、かっこいいし」
これは、隊長さん。
「今からでもモガシに乗り換えんか?」
無茶を言う団長さん。
「これでも、まだ、依頼の途中ですからね。それに、自分のねぐらは山向こうですし」
「いーじゃんかよーぅ」
「依頼って?」
ヴァンさんから貰った依頼書を見せる。
「? なんか、意味があるのか?」
「あるから調べてるんですよ。半分、趣味でもありますけど」
「なんじゃ? そりゃ」
「ヴァンの〜くそったれ〜」
「明日の朝、ちゃんと起きてくださいよ? 二日酔いで頼んだ物が貰えなかったりしたら、お仕置きしますよ?」
「おしおき〜、いいよなぁ〜」
だめだこりゃ。
「こいつは〜。・・・ギルドの連中、苦労してるんだろうな」
「商工会でも、骨の売れ残りがないか探してる、ってさっき聞いたぞ?」
「あらぁ、そんな大事にするつもりはなかったのに」
「なに、ロックアントの群をとめてくれた英雄殿の希望を叶えるためだ。多少の無理はするさ」
「だぁれが、英雄ですか。隊長さんもお仕置きが欲しいですか?」
「いらんいらん! もう言わん!」
「・・・本当に、あの報告書にあっただけの群を殺ったのか?」
「団長! これ以上はやめとけ! また投げられるぞ」
「そうだ。ロックアント、要りませんか? シンシャのギルドでは加工できないから持ってけ、って言われたので丸ごと残ってますけど」
解体済みのロックアントの頭部を、でん、と取り出す。
暗闇から、いきなり飛び出してきたように見えたのだろう、三人ともがびくっとなった。たしかに、たき火に照らされた頭は、ぬらぬらと光を写し、別の生き物のようにも見える。大顎がないから、ちょっと間抜けだけど。
「変異体、なんだろ?」
「うちの工作班でも難しいか・・・」
「炉の出力をあげれば、それなりに使える、と思いますけど」
「その、魔導炉自体の改修から始めないと、炉が壊れるだろ?」
「! そうなのか?」
「あ〜、たぶん」
「じゃ、無理だな」
「あっさり、言いますね〜」
「使えないもんを抱え込んでいられるほどの余裕はないんでな!」
「まあ、一体分ぐらいなら記念にいいでしょ?」
「「要らん!」」
変なところで謙虚な人達だ。
後始末が、いつの間にか、男祭り。




