未来の選び方
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街に入る前に、作戦タイムを取った。
一種、身内とも言える貴族連中の前で「親バカっぷり」を披露したからといって、王様が反省するとは思えない。
「最近は、街の内外でおかしなことをしている者達がいて。それもなんとかしたいんですけど」
「どういう人たちですか?」
「婚約者、まだ候補なんですけど、なんていいますか・・・」
そういう場合にありがちなのは。
「「王女様の婚約者に向かって歯向かう気か!」と、威張っている?」
「! なんでわかるんですか?!」
「我々が調査した範囲では、シンシャの住民だけでなく隊商にも無体な振る舞いをしているようで」
「商工会が必死に補償していますが、そろそろ限界だと連絡がきています」
まじですか?
それに、もしかしなくても、南門で絡んできた若様達、かな?
「同行されている騎士さん達は、エルバステラさんの懸念を知っているんですか? というより、賛同している?」
「はい。騒動の顛末を調べたり、商工会との間を取り持ってもらったり。本当に感謝しています」
「我々もできるかぎり協力して参ったつもりなのですが、力及ばず・・・」
「ですが、このままではシンシャが、我々の街が!」
騎士団は、国の治安維持をになっている。警察と簡易裁判所と軍隊を一緒くたにした部署、とでも言えばいいのかな? そこでお手上げとなれば、王宮の出番なんだけど。
「陛下におかれましては、商工会からの苦情も我々の調査報告も、「娘への貢ぎ物ならそれくらい当たり前だ」といって全く取り合ってもらえません」
「むしろ、あいつらの言い分を鵜呑みにしている節が」
おいおい、王様?
「わたしでは、父をいさめることができませんでした。「彼らこそ、お前を大事にしてくれるではないか」と。
どれだけ宝物を差し出されても、無辜の人々から無理矢理取り上げたものを素直に受け取ることなど、できるわけがないじゃないですか! なのに、なのに・・・」
娘を泣かせるとは悪いお父さんだ。
「確認させてくださいね? その婚約者候補達と結婚するつもりは?」
「金輪際あり得ません!」
「でも、王様命令だったら?」
「家出します!」
悪くはないけど。
「・・・家出した後、どうやって生活するつもりなんですか?」
「う。そ、それは」
「死んじゃうとかいうのはなしですよ? あと、騎士団員のみなさんに養われるというのも駄目です。そんなんじゃ、すぐに連れ戻されちゃう」
「で、でも、それでは、わたし、どうしたら・・・」
「もう一つ、跡継ぎは?」
「問題ありません。弟がいます。あの子はまだ十四ですけど、とてもしっかりしています。それに、私の婚約者候補達からは徹底的に嫌われているので、悪い影響も受けていません」
「むしろ、あんな奴らのようにはなりたくない、と奮起していらっしゃいます」
「えーと、あんまり聞きたくはないんですが、継承権はどうなってるんでしょう?」
「・・・わたしが第一位なんです」
「弟君が第二位?」
「はい。ですが、私と結婚した者が王位に就くことになっているので」
「あらぁ。それで今のうちから、借り物の権威を振りまいちゃってる?」
「さあ、どういうつもりなんでしょうね・・・」
ひどく苦い表情をしている。女性にこんな顔をさせるなんて、婚約者も失格だ。そもそも、まだ候補に過ぎないってのに。
というより、これ、御家騒動? でもって、国の運営にも関わる一大事、だよね。こんなのに巻き込まれるなんてまっぴらごめん! なんだけど!
「自分はシンシャの住民じゃありませんよ? こんな話、聞かせてもいいんですか? 万が一、この手の情報が街道に流れたら、シンシャの街自体、大変なことになるでしょ」
「他の街からきた隊商に手を出した時点で、もう手遅れです!」
「ってことを王様もわかっているのでは?」
「親バカにつけ込まれていて、これがさっぱりまったく・・・」
暗い。とことん暗い。とんでもなく暗い!
「エルバステラさんは、この先、どうしたいんですか?」
「・・・父に、目を覚まして欲しいんです」
「ん〜、「娘離れ」させたい?」
「そう! それです!」
だけど。
「つけ込むというよりも煽っているいる人がいる限り、難しい気がします」
「そ、そんな。でも、・・・そうかも知れません」
「でもって、王様が煽動者の行為をかばう限り、街の人や商人さん達への被害もなくならない、でしょうね」
「「「・・・」」」
「両方とも同時に、とっちめてやらないと」
「城を壊してください!」
「こらこらこら! 無法に無法で対処したって解決しませんて! それに、エルバステラさんがお願いしてきた王様の前での告白、うまくいったとしても、自分がシンシャから離れれば、彼らはすぐ元通りになると思いますよ?」
「「「・・・」」」
それこそ、ものすごく乱暴な方法を思いつきはした。
「うまくいくかどうかは、わかりません。エルバステラさんの覚悟が必要です。それでも聞きますか?」
「やります! なんでもしますから!」
「・・・エルバステラさん。お姫様をやめちゃいましょう」
「「「「え?」」」」
「王様には、「お父さんなんか大嫌い!」のアピールになります。それでショックを受けて、正気に戻ればよし。
そして、迷惑千万な人たちは「大義名分」を失います。なので、次に好き勝手した時は、普通に罰することができます。さらに、エルバステラさんの「家出」の引き金になったということで、街中から総すかんを食らわすこともできますよね?」
騎士団の人達にこれだけ慕われているんだ。きっと、街でも人気者だろう。そうでなかったとしても、迷惑者達に嫌がらせをする「口実」にできる。
「「「「「・・・」」」」」
「エルバステラさん。一人で、王様や貴族の皆さんの前で三行半を突きつけてきてください。
王様がちゃんと娘離れできるまでは、顔を合わせない方がいい。できればシンシャから出ること。ただし、街を出る理由に自分の名前は使わないように。なので、自分はあなたの生活の援助もできません。
そして、自分のアイデアだということは絶対に内緒です。「娘をそそのかしたせいだ!」とかいって、反省しないと思いますから」
「「「「「・・・」」」」」
「家出に失敗して幽閉されたりしたら、もう打つ手なしです。彼らはどこまでも好き放題するでしょう。
なので、家出前になんとかして、自分や騎士団以外の協力者、それもシンシャ以外の人につてを作らないと成功率は低いです」
「「「「「・・・」」」」」
「エルバステラさんを、そそのかすだけそそのかして放置する形になります。
これが、あなた方のいう「賢者」の意見です。これでも、まだ、自分をそう呼びますか?」
王位継承者に、継承権を投げ捨てて逃亡しろ、と言ったわけですよ。乱暴すぎるにもほどがある。でもね、自分の頭じゃ、この程度しか思いつかなかった。ほんとうに、これのどこが「賢者」なんだ?
「魔獣達の出現の報告のために街には入りますが、王宮には行きません。ギルドへの報告が終わったら、すぐにモガシに向かいます」
エルバステラさんも騎士団の人たちも、硬直したまま。
「まあ、自分の意見は参考程度にしてください。他にもいい方法があるかもしれませんし。とにかく、うまく解決できることをお祈りします」
自分は、そそくさと休憩場所から離れた。
シンシャの北の街門が見えた位置で、ユキ達は影に入ってもらう。
門兵さんに身分証を見せた後、建物の裏に回って頭から足先まですっぽりと覆うマントをかぶった。これで少しは目くらましになる。
ギルドハウスに向かった。
南門で若様達に絡まれた件を聞いていたらしく、そこにいたハンターさん達は、こっそり「よくやってくれた!」と喝采した。また、ギルドマスターは、手早く魔獣討伐の報告を終わらせてくれた。でも、モガシでも同じ報告をしなくちゃいけない。
同じ文面の報告書を四部作った。シンシャとモガシのギルド、傭兵隊長さん、自分の保管用だ。一部をギルドマスターに渡す。
夜は、ギルドハウスの予備室で休ませてもらった。
翌朝、街門を出るまで付き添ってくれた。またまた騒ぎに巻き込まれないように配慮してくれたのだ。
「獲ったシルバーアントをどうするか、ゆっくり相談したかったんですが」
「いやいや。そんなもん、帝都あたりでないと加工できないよ。討伐料が出せなかった分の代わりだ。全部、アルファさんが持っていってくれ。本当にすまない。
こっちこそ、砦の話とかヴァンのこととか、いろいろ聞きたかったんだがな」
「縁があれば、またお会いしましょう」
「ああ。アルファさんの旅路に幸いのあらんことを」
門兵さんはあたふたしていたが、ギルドマスター権限で強引に通らせてくれた。
さて、次はモガシだ。さっさと行こう。
密林街道から外れたところで、ユキとハナに影から出てくるように言った。まだ、ころころ体型だ。
「よーし。モガシまで自分と競争だからね」
全力疾走させれば、少しはやせるだろう。走り始めは、体慣らしにゆっくりと。頃合いを見て、スピードを上げた。体が重いせいか、ウサギ退治の時のような俊敏さがない。
「ほらほら、置いてっちゃうぞ〜」
緩急つけて、走らせる。討伐現場を過ぎた頃、夕方になった。二頭とも、ばてばてだ。少しはやせたかな?
「はい。ツキにはご褒美だよ」
便利ポーチから、焼き魚を出す。残っていたのは二匹だけ。二人で仲良く食べた。ユキとハナは、それをみてピスピスと鼻を鳴らす。
「だ〜め! あなた達、ツキにぜーんぜん残しておかなかったでしょ?」
ついでにいえば、自分がアスピディの足が食べられなかったことの八つ当たりだったりする。
その夜は、彼らの泣き言を聞きながら、先日のロックアントを解体した。
翌日も、その翌々日も、ユキとハナにダイエットランニングをさせる。太るのも早いけど、やせるのも早いな〜。それとも、運動の方法が良かったのかな?
その日の夕方、モガシに着いた。門兵さんが目を丸くしている。
「どうかしましたか?」
「いや、討伐隊長から「賢者殿が来る」と連絡は貰っていたのですが、こんなに早くお見えになるとは予想してませんでした」
「・・・シンシャでの予定が早く終わったからです。すみません、おすすめの宿を教えてもらえませんか? 明日、報告に伺いますから」
「でしたら[星降り亭]ではいかがですか?」
「いかがもなにも、他を知らないんですって」
「それもそうですよね」
交代で休憩に入る門兵さんの一人が、案内してくれた。ギルドハウスの近くにある、こじんまりとした宿だった。
「どうも、ありがとうございます」
「いえいえ。俺もここの料理を食べに来たかったものですから。おやじさーん、お客さんだよー」
おやじさん、と呼ばれた人は、ずいぶんと小柄だった。でもとても温かい目をしている。
「はじめまして。部屋が空いていれば泊めてもらいたいんですが」
「はいよ。いらっしゃい。好きなだけ泊まれるよ。何泊するかい?」
「二日、泊まらせてください。あと、今日の夕食もお願いします」
「はいはい。宿帳に書いてね」
おやじさんは、名前を見てちょっと驚いた。
「お客さんが、あの?」
「なにが、「あの」なのかは知りませんが?」
「これは失礼。先に部屋に案内しましょうか」
名前は聞いたことがあるようだが、動じない。いいおやじさんだ。その晩は、おいしい夕食を頂き、落ち着いて休めた。
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シンシャの南門で主人公達にちょっかい駆けてた若様達が、まさしく問題の婚約者候補達。




