姫君の涙
318
ようやく、討伐現場に帰ってこられた。当然、アスピディの足は残っていない。うう、どんな味だったか知りたかったよう。
「・・・すまんかったな」
「よくやってくれた!」
「・・・いえ。いいんです」
ドラゴンからのプロポーズは、見なかったことにしてくれるようだ。助かった。
アスピディの外殻は、頭以外は使い道はほとんどなく、せいぜい足を畑の柵にするくらいだとか。それらは既に荷馬車で運ばれたあとで、残っているのは、胴と上羽だけだった。
「後始末も終わったようですし。ではこれで」
「「ちょっと待て!」」
ん?
「何か?」
「報告書にするのに話を聞かせてもらいたい!」
「こちらの隊長さんが全部見てましたよ?」
「あんたの話が必要なんだ!」
「え〜」
「「え〜じゃない!」」
同じ隊長職だけあって、息がぴったり。
「ロックアントもいたらしいが、その残骸が全くないってのはどうしてだ?」
「要ります?」
一体分だけ取り出した。
二人とも、いきなりロックアントが現れてびっくりしている。だけどねぇ。
「ただ、これ、変異種だから、加工するの大変ですよ?」
「「!!」」
またまたびっくり。
そう、今回の群は、全部変異種だった。ミスリルを含んでいるせいか、加工する時、普通のロックアントよりも多くの魔力を使う。ただし、体長は普通種と同じ二メルテ。西側の変異種は三メルテある。東側の特徴なのかな?
って、言ってるそばから〜
「ツキったら、張り切っちゃって」
「どうした?」
「残ってたロックアントを、引っ張ってきちゃったみたいです」
「「何!」」
「すぐに、終わらせてきますね〜」
「「おい!」」
ロックアントをしまって駆け出した。
「ツキ〜、今行くよ〜」
どうやら、シンシャからここに戻ってくる途中でロックアントの群と出くわしたようだ。援軍の人たちから群をうまく引きはがし、自分に向かって誘導している。賢い賢い。
全部で十七匹。これまた変異種だった。大噴火の影響だとしたら、西側でもなんか起きるかな?
シンシャの騎士さん達の目の前で、さくさくっと首を落としたあと、死体を便利ポーチにしまっていく。
「怪我はありませんか? って、エルバステラさん!」
「賢者様こそ! お怪我はありませんか?」
「なんで? ここに?」
「・・・いろいろありまして。ご説明したいところですが、ここではちょっと」
あ〜、シンシャの上層部でなんかあったらしいな。また、自分絡み? 勘弁して欲しい。
だぶる隊長さんがやってきた。
「お、おい。本当に、あっという間に・・・」
「だから、さっき言っただろ?」
「なんたる非常識・・・」
ひどい。
「えーとですね? ここで、皆さんに説明すればいいですよね?」
「「いやいや!」」
「いいえ!」
「・・・なんで?」
「雇用主への詳細な報告義務がある!」
「モガシへの被害を防いだんだ! 街でもてなすべきだ!」
「他にもいろいろとお礼とお詫びを申し上げなければならないんです!」
「・・・自分、一人しかいませんよ?」
「うちが先だ!」
「私の方を優先させてください!」
「我々が最初に連絡を受けたんだ!」
ああもう。きりがない!
「皆さん! 自分はこれから、街道の北を経由してローデンに向かう予定です。なので、まずシンシャで話をつけてから、モガシに行って詳しい報告をしましょう。これでいいですね?」
「だが! 隊商は移動するぞ?」
「自分が間に合わなければ、後日、手紙で詳細を送ります。エルバステラさん、そういうことですから滞在は数日までです。いいですね?」
「エルバステラって、シンシャの王女様!」
「失礼いたしました!」
隊長さん達があわてて頭を下げている。
「え? エルバステラさん、王女様だったんですか?」
「今は! 騎士団員の一人です! どうぞ、顔を上げてください」
なんか、泣きそうだな。
「あ〜、そういうことでしたら。じゃあ、時間がないので急ぎましょう。って、あれ?」
ツキがいない。あ、白と黒の毛玉をどついている。アレは、何?
自分の視線に気づいた傭兵隊長さんが教えてくれた。
「あいつら、あんたがいない間、アスピディの頭にかじりついててな」
モガシの隊長さんも付け加える。
「二頭で、全部の頭の中身、食っちまったんだよ」
って、十数頭分を二頭で?! ユキとハナは、なんていうか、まるまると太っていて、おもしろいようにツキに転がされている。
「〜〜〜ほら、みんな、行くよ〜」
ツキはかなり腹を立てている。騎士団の馬達が怯えるくらいだ。
「ツキ、ご苦労様。影で休んでて。あとでご褒美あげようね」
二頭を一瞥し、影に入った。代わりにムラクモが飛び出してくる。さすがのムラクモも、今はツキと一緒に居たくはないようだ。
「ユキとハナは、当分、ご飯もご褒美もなし!」
鼻を鳴らして情けを乞うているが、だめなものはだめ! ダイエットさせなきゃ。
「それでは、隊長さんたち、後日、モガシに伺います。エルバステラさん、行きましょ!」
・・・だからさぁ。なんでこういう場面で自分が合図を出さなきゃなんないの?
「賢者様には、身分も明かさず、大変申し訳ありませんでした」
「謝ることじゃないですよ。だいたい、その「賢者」とかいう呼び方自体が身分じゃないですし。勝手にそういう呼ばれ方をされるのも遠慮したいんですけどねぇ?」
自分とエルバステラさんは、馬を並べて進んでいる。
周りには、重装備で固めた騎士さん達がいる。彼らの装備を整えるのに時間がかかったそうだ。ロックアント相手と聞けば無理もない。ところが、決死の覚悟でやっては来たものの、目の前でころころと死んでいくロックアントを見て、今はものすごく落ち込んでしまっている。
出番を取り上げてしまってすみません。
「死人はおろか怪我人すら出ていないんです。賢者様のお陰です」
「ですから〜、その呼び方、やめましょうよ」
「では、英雄殿?」
「それもだめ〜っ!」
周りの騎士さん達もようやく笑った。うん、これから街に帰るのに、沈んだ顔をしているのはよくない。笑いネタが自分の呼び名というのは、ちょっと胸に痛いけど。
「先ほどは何頭だったんですか?」
「ロックアントですか? 皆さんの前にいたのは十七頭で、その前は〜」
「「「前は?」」」
正直に言うべきかどうか。ローデンの騎士団長が想像だけで気絶しかけたからねぇ。傭兵隊長さんは、正確な頭数は数えてなくても、それでも棒立ちになってたし。
「・・・知らない方がいいと思いますけど」
「「「教えてください!」」」
「・・・八十余り、いました」
思わず手綱を絞って、馬の足を止めてしまった人。馬の腹を蹴ってしまい、走り出してしまった人。などなど。大混乱に陥った。
「だから言ったのに〜」
エルバステラさんだけが平然としている。
「さすが! やはり賢者様は賢者様です!」
「どうして、そういう評価になるんでしょうか〜?」
「一人で十頭以上のロックアントを前にして無傷でいられる戦士は、今のシンシャにはおりません。それが、八十頭もの群ともなれば英雄と呼んでも差し支えありません!」
「自分の生活のために倒し方を身に着けたんであって、「英雄」とか「賢者」とかのイメージとは違うと思うんですよ?」
「では、勇者様! ですね!」
「もっと違います!」
「ほんとうに、賢者様、なんですね・・・」
?
「わたしは、騎士団に籍を置いてはいますが、なにもできないんです。馬術も剣術も最低限の訓練しかうけていません。隊の指揮をとって戦うなんて、到底できません。他にできるのは、ダンスと愛想笑い、くらいでしょうか。
それでも、「王女」という身分があるから、みんな大事にしてくれます。それが申し訳なくて、何か役に立ちたくて・・・。
賢者様にお願いに上がった時は、とにかく騎士団員の犠牲を出したくない、その一心でした。後になってから、なんのお礼も差し上げてなかったことに気がついて。
そのお詫びをする前に、今度は、魔獣の大過から隊商をシンシャをお守りくださいました。
強引にお引き止めしましたが、無視することもできたはずなのに、こうしてお付合いしてくださいます。本当に、なんてお礼を申し上げたらいいのか・・・」
う〜ん、「王女様」が大事にされるのは当たり前だと思うけど? それに、ものすんごく買いかぶられてるなぁ。
「シンシャに行くのは、やっぱり魔獣の異常行動の説明をした方がいいと思ったからで。それこそ、本気でいやだったら、全員投げ飛ばして先に進んでますよ?」
ようやく、もとの隊列に戻ってきた騎士さん達がびくっとなった。
「だから、例えば、の話ですから」
「ですから「賢者様」なんです」
「はい?」
自分のやりたいことをやってるだけなのに?
「あの。重ね重ねのお願いで申し訳ないのですが、王宮へご案内した後、わたしの話を聞いてもらえますか?」
「今の話じゃなくて?」
「はい」
おや? 周りの騎士さん達が、真剣な顔つきになっている。
「それって、王宮の方々への挨拶の後、ですか?」
「いえ、その挨拶の会場で、父や他の者にも聞いてもらいたいことがあるんです」
「自分が立ち会った方がいいんですね?」
「その場で不愉快に思われた時には、遠慮なくぶっ飛ばしてくださって構いませんから」
「ぶっとばすって・・・、物騒なことになるんですか?」
「・・・場合によっては、そうなるかもしれません」
ふぅむ。
「姫様をお願いいたします!」
「「お願いします!」」
騎士さん達が口々に懇願してくる。やっぱり、政治がらみか〜。
「もし、ご存知なら教えていただきたいんですが、シンシャ王宮での自分の扱いって、どんなふうになってるんですか?」
「賢者殿のアイデアを頂いて、ガーブリアとの連絡が取れるようになったので、その功績に謝意を示したい、というのがお招きする理由なのですが」
「一部の貴族達は「なかなか街に入ってこないのは、じらすだけじらして報償をつり上げる魂胆だからだ」と判断しているようです。ギルドや商工会は「面倒ごとを嫌って、近寄らないのも当然」と見ています」
正解はギルド。どんどん、ぱふぱふ〜。
それはともかく。
「王様やその側近の方達の判断・・・までは無理ですよね?」
「父は、賢者様が「私のお願い」を聞き入れてくださったことに感謝しているのです」
はい?
「それって、「王様」としての理由じゃないですよね?」
「わたしと「賢者様」が親しいことも自慢したいようです」
はい?
「・・・言ってもいいですか? いわゆる「親バカ」、なんでしょうか?」
「「「おお!」」」
「溺愛、を通り越してますものね。たしかに「バカ」と言っていいと思います」
娘に「バカ」といわれる王様・・・。頭痛くなってきた。
「その、王様の前で、何を話すつもりなんですか?」
「父のバカっぷりを、です!」
・・・確かに、物騒なことになりそうだ。いろいろな意味で。
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騎士団に入ったのはエルバステラさんの希望があったからで、それでも訓練内容を制限されてたのは王様命令によるもの。




