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道化者

315


 シンシャの北の街門に向かう。


 が、近くまで来てみれば、門の外に大量の兵士さん達が右往左往しているのが見えた。何かあったのかな?


「邪魔しちゃ、悪いよねぇ?」


 南の街門へ迂回することにした。



 グレスラさんに貰った地図には、密林街道以外にも集落をつなぐ間道があった。その中の、シンシャの西側にある湖に添った道を南下する。

 道の東側には所々に集落があり、道を挟んで小さな船がいくつも並んでいた。たぶん、湖で漁をする人たちが住んでいるのだろう。


 いくつかの集落をすぎたところで、昼食をかねて休憩を取ることにした。木立に囲まれた気持ちのいい場所だ。四頭は、湖で水を飲もうと岸辺に向かう。緩やかな傾斜になっていて、小さく水が小石を叩く音がする。


「う〜ん、のどかだねぇ」


 アンゼリカさんのお弁当を取り出して食べようとした。


「そういうところで、無粋なまねはして欲しくないんだけどな〜」


 岸辺の四頭の足元に、術弾を投げる。『重防陣』起動。


「しばらく、そこから動かないでね〜」


 数本の矢が打ち込まれてきた。結界に阻まれて、ことごとくが地面に落ちる。あらら、【風矢】まで、飛んできたよ。でも、これも効果なし。


 ムラクモ達は、全く慌てたそぶりがない。


 木立の影にいる数人の男達が、なにやら騒いでいる。矢が効かないんだから、諦めてくれればいいのに。しょうがない。


 潜んでいる辺りに、術弾を弾く。


 『爆音』


 爆竹みたいなものだ。乗っていた馬には、十分効果があった。・・・ごめんねぇ。ご主人様達をとっとと連れて帰ってちょうだいね〜。徒歩の従者も馬を追って一目散に駆け出していった。

 はい、ご苦労様。


 結界を解除して、落ちていた矢を拾う。それぞれに矢羽根の模様が違う。男達のいた場所にも行ってみた。馬は三頭、従者が八人。結構な所帯だ。ここから、自分がいた場所もばっちり見える。それにもかかわらず矢を放ってきた、ということは。


「あ〜、やな予感〜」



 シンシャの南の街門に着いた。

 身分証を見せたら、門兵さん達は直立不動の姿勢をとった。


「やめてください! 自分はただの猟師なんです! これ以上、何かするなら、街には入りません!」


 と言ったら、ようやく普通の態度に戻してくれた。


「で、ですが、王宮やギルドから、「お見えになられたら、すぐに知らせるように」と命令を受けておりまして・・・」


 あ、ガーブリアでもこの手でばれたのか! う〜ん、命令じゃしょうがないけど、でもねぇ。


「すみません。机、お借りできませんか?」


「? はい、ではこちらの部屋のものをお使いください」


 身分証を持たない人から聞き取りをするための部屋だ。書記のためのいすと机、そして聞き出し役と来訪者が座るいすが置かれていた。


 ロー紙を取り出し、手紙を三通したためる。


 二通は王宮とギルド宛に。「もてなすだとかお礼だとか雇うとか身分を与えるとか言う話なら、お断り。その他の用件は、門の外でしばらく返事を待つ」と言った内容を、婉曲かつ断固とした表現で書き記した。

 もう一通は、レウムさんの奥さん宛。こちらはシンプルに、「レウムさんは、怪我一つなくガーブリアに届けました。しばらくは会えないでしょうが、気を落とさず待っていてあげてください」としたためる。


 身分証の模様で封緘し、そばで待っていた門兵さんに手渡す。


「それぞれに、連絡しにいかれるんですよね? これ、この手紙を一緒に持っていってもらえませんか? あと、お手数ですが、こちらの手紙も別に届けていただきたいんですが。自分は門の外で返事を待ちますから」


「そんな! せめて、この部屋で待っていていただけませんか?!」


「連れを外に待たせているんです。騒ぎにならないうちに戻らないと」


「でしたら、我々がお連れの方に説明しに参りますから」


「従魔ですよ?」


「「・・・」」


「そういうことですので。よろしくお願いします」


 門兵さん達が唖然としている隙に、部屋を出た。


 ムラクモ達は大人しく待っていてくれた。

 大人しくなかったのは、街を出入りしている商人さんやハンター達だった。


「すげえな」

「この毛の色、三翠角だろ?」

「でも、アクセをつけてるし、誰かの従魔、なんだよな?」

「なあ、足元にいるのも同じやつの従魔なのかな」

「アクセが同じだし、そうなんだろうな」

「あり得ねえって!」

「「ここにいるじゃん」」


 などなど。賑やかなことおびただしい。近寄るのもためらわれるが、こればかり諦めるしかない。とそこへ、


「そいつらは、我々のものだ!」


 おやまぁ、本当にいるんだねぇ。しかも、矢を射ってきた若者達じゃないの。


「とっとと失せろ、平民ども!」


 見物人を蹴散らして、ずかずかと近づいていく。

 四頭は警戒態勢を取った。


「畜生のくせに主人に逆らう気か?」


 自分の仲間達を勝手に扱われては困る。


「あなた方のものだという証拠は?」


「なんだ? 女。きさまなどに証明してやる義務はない!」

「勝手な行動をする従魔を野放しには出来んのでな」

「始末しにきたところだ」


 どっちが勝手なんだか、ねぇ? 四頭と若様達の間に入り込む。


「な? きさま、何のつもりだ?」


「いえ、彼らは自分の相棒達なんですけど。それを、始末する、なんて言われたら黙ってられませんよ」


「俺たちのものだと言ったはずだ!」


 四頭は、場を読んだか、素早く自分の影に逃げ込んだ。ムラクモからは、鞍袋を受け取る。頼りにされてるなぁ。


「今、彼らに否定されましたよね?」


「「「なんだと?!」」」


「お引き取り願えますか?」


「おい、女! さっきの魔獣をどこにやった!」

「黙って俺たちによこせばいいんだ!」


 あらまあ、「よこせ」って言っちゃったよ。でもまあ、この連中のやることは日常茶飯事らしいな。周りの人たちがひそひそ話をしている。


「あいつらに目を付けられちまったか」

「他所から来た人みたいだけど」

「気の毒になぁ」


 とはいえ、自分の答えはこれだけ。


「やです」


「寄越せと言っている!」


「いやです」


「強情を張るとためにならんぞ?」


「お断りです」


「いい加減にしろ!」


「拒否します」


「「「このアマ・・・」」


 身なりからすると、いいところのご子息方らしいが、言葉遣いはヤクザと変わらないな。


 運がいいのか悪いのか、門兵さん達が騒ぎに気がついた。


「け、んじゃなかった! お客人、何かありましたか・・・」


 さっきの「お願い」を、律儀に守ってくれている。ああ、それでも声が尻窄みだ。相当、いいお家の人たちなんだろう。大変だねぇ。上がしっかりしてないと、こうして現場が苦労する。


「えーと、お返事はありましたか?」


「あ、はい。こちらです、が・・・」


 手紙を渡してくれた兵士さんを『重防陣』に取り込んでから、手紙を読ませてもらう。


「あの?」


「ああ、読み終わったら出られますから」


「はあ、さようですか・・・」


 しかし、返事の方も全く持っていただけない。出向かないですむ、いい口実がないかな〜。


 結界の外では、ご子息方が武器を振り回しはじめた。見物人に怪我をさせてないといいけど。


 ! そうだ、一石二鳥! 


 手紙をしまってから、結界を解除する。当然、若衆達の剣が振りかぶられて〜。


 がすっ、「げえっ!」

 どかっ、「ぐはっ!」

 どすっ、「があっ!」


 気絶できない程度の力で、若衆達の腹を殴りつけた。三人ともが腹を抱えてうずくまり、うめいている。


 周りの人にも自分が何をしたか判っただろう。


 ほ〜ら、証人もいっぱい。


 くるりと、兵士さんに向き直る。


「えーと、こちらの方々はこの街の人ですよね? 自分は、理不尽にも暴力を振るってしまいました。申し訳ないので、街への立ち入りは遠慮します。と、お伝えください。では」


 呆然としている兵士さん達や見物人を置いて、すたこらとその場から立ち去った。


 いやぁ、いいところで絡んできてくれたもんだ。らっき〜。


 

 西に向かった。

 湖から流れ出る川は深く、川幅もそれなりにある。昔の人が頑張って作った石橋が架かっていて、猟師や木こりらしき人たちが渡って来る。地図によれば、この川の西側に集落はない。すぐそこが、[魔天]に繋がる森だからだ。皆、日が暮れる前に、集落のある東側に帰ってきている。


「あんた、どうしたんだい?」


 ぼーっと川向こうを見ている自分に声をかけてくる人がいた。「今から橋を渡って西に向かうと目立つなぁ」とは、言えない。


「ああ、森に忘れ物をしたみたいで。でも、今からは取りに戻れないし、どうしようか考えていたところです」


「大事なものなのかい?」


「できれば、拾っておきたいですね」


 うう、適当な嘘ですみません。でも、ちゃんと聞いてくれる。親切な人だ。


「そうかい。でも、もう夜になるよ? 向こうには宿どころか家一軒もないし。あんた、今夜の宿は?」


「それもないです」


「よかったら、家にくるかい? 狭いけど、客人一人くらいは寝られるよ」


 気持ちは嬉しい。


「でも、昼にシンシャで騒ぎを起こしちゃって。迷惑をかけることになるので・・・」


「・・・もしかして、絡まれたのかい?」


「で、のしてきちゃったんです」


 周りで話を聞いていた人たちが、一斉に笑い出した。


「あはははは、こりゃいいや!」

「いやぁ、よくやってくれた!」

「ぶははは、殴られるところを見ていたかったよ!」


「はい?」


「くくくっ、あんた、その話、詳しく聞かせてくれよ。是非、家に泊まってってくれっ、ぶふふふっ」

「俺んとこの、とっておきを一本持っていこう!」

「うちからも、食いもん持っていくからさ、俺も混ぜてくれ!」


 いいも悪いも応えないうちに、その猟師さんの家にひっぱられていった。



 門の前での騒ぎを、さらっと説明した。門兵さんが引き止めたとか、その前に湖の岸で矢を射かけられたとか、その辺は省いてある。


「そうかそうか、相棒を守るためになぁ」

「あんた、勇気あるいい猟師だ!」


「あの若様達は、どういう人たちなんですか?」


「ああ、シンシャの貴族でもいいところの倅どもだよ」

「子供のころから、横暴でな。あとから、家の方の奴らが金品を置いていくこともあるらしいが」

「ここ数年は、横暴を通り越してやりたい放題だよ。商人連中も困ってるはずなんだけどな」

「まだ、商工会経由で補償が出てるんだろうよ」

「俺たちはとうの昔に無視されっぱなしだけどな!」


「・・・なんでまた、そんな問題児をほっぽっとくんですか?」


「王宮の連中の考えることなんか知らんよ」

「とにかく、あいつらの目に留まらないように気をつけてれば俺たちはこれ以上迷惑を被らんでもすむしな」

「いや、遠方から来た商人に絡み始めてるらしいじゃないか。うわさが広まればまずいことになるんじゃないか?」

「そうだろうだがよぅ。それこそ、王宮が考えることだろ?」

「俺たちは、猟をして食い扶持が稼げればいいんだからさ」


「・・・みなさん。大変でしたねぇ」


「大変なのは、あんただろう?」

「俺たちはすかっとしたけどさぁ」

「そういや、この辺のもんじゃないよな?」


「はぁ、ローデンのギルドのお使いで、ぐるーっと街道を回ることになってますけど」


「「「ローデン!」」」

「うわさの、賢者のいるところじゃん!」

「あんた、会ったことないかい?!」


「いえ、お会いしたことはないですねぇ」


 そんな呼ばれ方を認めた覚えはない! それよりも、自分自身にどうやって「会う」んだ?

 作者、こんな乱暴者に育てた覚えはありません。主人公、何やってんの!


 #######


 シンシャの北門に兵士がたむろっていた理由。

 主人公がなかなか南門に現れないので、街を迂回して北門に現れるのではないか、と探索要員を増やしていた。それだけ。


 #######


 シンシャ西側の湖から流れ出た川は、[魔天]領域沿いの森の縁を南下し、溶岩の流れ込んだ河口に続いている。主人公がムラクモ達と最初に水浴びした沢は別系統の川。

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