第八十四話 山の薬草摘みのルール(2)
やがて、レイゼルは小さな白い花がちらほら生えているのを見つけた。
「エルジー、ちょっと見て。ユッチが生えてる」
レイゼルが呼ぶと、先に登っていたエルジルディンはすぐにトットコ降りてきた。レイゼルは花を指し示す。
「この花の葉っぱは、いぶすとカビを防ぐの。少し取っていこうか」
「はいっ」
エルジルディンがかがみ込み、膝くらいの高さのユッチを抜こうと根本をつかんだ。レイゼルは「待って」とそれを止める。
「ナイフ、使ってみようか。根っこは残したいの。そうしたらまた生えるでしょ?」
「あ、はいっ」
ふんふん、とエルジルディンはうなずいた。そして、彼女専用の小さなナイフで、慎重に根を残して茎を切る。
見守りながら、シェントロッドもうなずいた。
「取りつくしてはいけない、ということか」
「はい、生えなくなってしまうと困るので」
「こういうルールも、薬草を扱うなら覚える必要があるな」
「そうなんです」
シェントロッドの方を見上げたレイゼルは、すぐに別の方へ視線を奪われる。
「おっエルジー、あのあたりラッケオがいっぱい! わー、ここは覚えておかなくちゃ。これだけあるなら少し抜いていこう、根っこが薬になるんだよ。胃を丈夫にするし、あとはー……」
こんな調子で、いちいち足を止めつつも、三人は山を登っていった。
道はジグザグに登っていき、やがて少し木々が切れた場所に出た。
「レイゼル、エルジルディン、そろそろ休憩にするか。ここからアザネ村が見える」
シェントロッドが言い、アザネ村を眺めながら昼食を楽しむことにする。
「パン、二種類あるから両方食べてね」
布の包みをレイゼルは広げた。
パンは昨日のうちに、村で買ってきた。一つはチーズとプルパの葉をはさんだもの、もう一つはバターで焼いたアプルルをはさんだものである。プルパの緑と、アプルルの赤い皮が目に楽しい。
シェントロッドが一口噛むと、プルパの香りがふわりと立った。
「いい香りだ。美味い」
レイゼルはもう一つの方にかぶりつく。
「んー、アプルルもとろけますねー。いつも薬湯に入れるケッシーをちょっと加えてみたんですけど」
「おいしい!」
食べ盛りの弟子がパクパク食べるのを、レイゼルはニコニコ見守った。
ようやくお腹が落ち着いてきたのか、エルジルディンは目の上に手でひさしを作り、景色を眺める。
「きょうかい、見える」
「本当だ、よく見えるね! はい、お茶」
レイゼルは水筒から注いだお茶をそれぞれに手渡した。今日はメナの実とコクテン豆、そしてシャガの根のお茶だ。疲労を回復し、身体を温める。
高い建物なので目立つ教会の西に隣接して、町長の家。逆に東側に道をたどると、警備隊の隊舎と役所があった。
「シェントロせんせい、あそこでおしごと……」
エルジルディンがつぶやく。
「ほかの家、ちっちゃい」
「ほんと、どれが誰の家かわからないね。モーリアン先生のおうちとか、どれかなぁ」
「あ、れーぜるせんせいのおうち、わかる!」
エルジルディンの指さす先は、畑の真ん中にぽつんと立つ水車小屋だ。小さいが、立地的に目立つ。
めったに見られない、高い場所からのアザネ村の景色を、三人は楽しんだ。
再び出発してしばらく歩くと、やがてちょろちょろと水の音がし始めた。
大きな岩の陰から、清水が湧いている。
「ここが大岩だわ。ちょっと止まっていいですか?」
レイゼルは言い、あたりを見回した。そして、だいぶ前に倒れたらしい倒木の陰をのぞき込む。
「あった、リッコロタケ!」
エルジルディンの手首ほどもある、太いキノコがニョキニョキ生えている。レイゼルは数本だけ抜いて、二人に見せた。
「珍しくて美味しいキノコなんですよー。孤児院のギーおじさんに、大岩のところに生えてるってコッソリ教えてもらったの」
ギーおじさんは、村で孤児院の手伝いをしている。昔はしょっちゅう山に入っていたが、足腰が弱ったので、レイゼルに秘密の場所を引き継いでくれたのだ。
「村には、こういう秘密の場所を大事にしている人が他にもいるみたい。これも、よその人に取りつくされないようにするための決まりみたいなものなのかも」
「あ、キノコ、エルジーがもつ!」
エルジルディンが背中を向け、小さな背負いカゴを示したので、レイゼルは「よろしくー」とそこに入れてやった。
「レイゼル、変わった実があるが、これは?」
シェントロッドの声に振り返ると、彼は大岩の上の方を見ていた。
斜面に細い木が生えていて、赤い皮の小さな実がたくさん生っている。皮ははじけて、黒くつやつやした中身が見えていた。
「ヤマパッペですね!」
「パッペというと、香辛料か」
「皮を乾燥させてすりつぶして、香辛料に使いますね。ピリッと辛いんですけど、香りが爽やかで好きです。あと、実がまだ青いうちに甘辛く煮たのとか、フィーロで売ってたし、春は葉っぱも香りがよくて」
「何だか色々と使えそうだな」
「独特の香りなので、好みは分かれるかも?」
「ふーん。試してみるか」
シェントロッドは岩の上に登った。
「レイゼル、ここにかなり実が落ちている」
「あ、少し拾ってもらっていいですか? このところ天気が良かったし、乾燥してたらすぐに使えるかも」
「エルジーもひろいたい!」
「よし、来い」
彼の手を借りて岩に登らせてもらったエルジルディンは、ヤマパッペの実を小さな手に拾い集め、慎重に匂いをかいだ。
「あ。いいにおい」
「エルジーの好みだった? じゃあ使おう」
わいわい拾っているうちに、シェントロッドは気温の変化に気づいた。夕暮れが近づいている。
「さあ、そろそろ終わりにして、小屋を目指そう」
道なりに進んで、三人はついに山小屋にたどり着いた。木の壁に這ったツタが、わずかに紅葉を始めている。
昔はこのあたりを往来する旅人が多く、峠の道を管理する者がここに住んでいたようだ。また、狩猟小屋としても使われていた。
今でも、たまにアザネ村の人間が山道を確認して回り、ここで休憩する。
シェントロッドは扉としとみ戸を開き、小屋に風を通した。
「これなら十分、三人で寝られる広さだな」
レイゼルは棚を見て回る。
「あ、棚にお鍋がありますよ。外にかまどもあったし」
「りょうり、手伝う」
エルジルディンが言い、レイゼルはうなずいた。
「よーし、美味しいスープを作ろう!」
シェントロッドが近くの湧き水から水を運んできた。レイゼルは自分のカゴから食材を出しつつ、言う。
「エルジー、ツルイモのツルをとって、洗ってくれる?」
「はいっ」
返事をして、エルジルディンは切り株に座ると、ツルから小さなイモを外し始めた。山道で収穫してきたのだ。
『エルジー』
「ん?」
エルジルディンは手を止め、座ったまま振り向いた。
誰かに、呼ばれたような気がしたのだ。
山小屋は藪に囲まれ、さらにその周囲は木々で鬱蒼としている。夕方になり、山の中は暗くなり始めていて、遠くまでは見通せない。
『エルジー』
また、声がした。空気中に拡散して、彼女の周りをふわりと包み、すぐに消える声。
「……なに?」
エルジルディンは、返事をする。
ころん、と、ツルイモが地面に落ちた。
「……あれ?」
顔を上げたレイゼルは、あたりを見回した。
「エルジー? どこ?」
「どうした」
かまどに火を起こしていたシェントロッドが振り向く。
「たった今、エルジー、そこの切り株に座ってましたよね?」
「ああ。……どこにいった?」
二人は立ち上がり、もう一度ぐるりとあたりを見回した。切り株の周りには、小さなイモがたくさん散らばっている。
「エルジー?」
山の中は、シンと静まりかえっていた。
最近、チーズと紫蘇を挟んだサンドイッチにハマっておりまして。
紫蘇は生でもいいんですが、ヱスビー食品さんのチューブの青じそ。これが美味しいんです(回し者ではありません(笑))
もの足りない時はマヨネーズとあらびきブラックペッパーをプラス!
それと、秋といえばリンゴ。焼きリンゴというほどちゃんとした料理でなくても、普通にスライスしてバターで焼くだけで、とろける美味しさ。
砂糖をちょっと焦がしてカラメルっぽくするのもいいですよね。
シナモンはお好みで。




