第六十五話 隣村に嫁いだ友達(2)再会、そして調薬
アザネ村でのムムの収穫が終わり、今度はナダヒナ村の収穫がある。
レイゼルは数日後、ナダヒナ村に帰る人々と、手伝いに行くアザネ村の人々が乗る馬車に一緒に乗せてもらい、出発した。
半日揺られ、案の定具合が悪くなってしまったレイゼルではあったが、昼にヨロヨロとナダヒナ村の果樹園に降り立つ。
果樹園の主の家が、リュリュの嫁ぎ先だった。
「さあさ、皆さん、こちらで昼食を!」
女性たちが木陰にテーブルを並べ、昼食を用意している。村の人々は皆、そちらに移動したが、レイゼルは胸がむかむかしてしまって、とても食事できる状態ではなかった。
見回してみたが、リュリュの姿はない。
「レイゼル、リュリュは家にいるから、君もそっちで休んで」
テランスが案内してくれ、レイゼルは母屋の台所側から中に入った。
するとそこへ──
中の廊下から、台所に駆け込んでくる人影があった。
「レイゼルううう!」
抱きついてきたのは、赤毛にそばかすの懐かしい顔。リュリュだ。
「リュリュ、会いたかったぁー」
「ごめんね、しんどいのに来させちゃって、うう」
抱き合ったまま、二人はへたへたと座り込む。
改めて顔を見合わせると、リュリュもレイゼルに負けず劣らず、顔色が悪かった。
「リュリュ、具合が悪いのね?」
「うう、ダメ……私もうダメ、レイゼルぅ」
涙ぐむリュリュに、びっくりしたレイゼルは目を丸くする。
「リュリュ!?」
テランスが二人を励ます。
「二人とも、もう少し歩ける? そこの部屋で休めるから」
「ごめんねテランス……お帰りなさい」
リュリュが見上げると、テランスは微笑んだ。
「うん、ただいま。こっちこそごめん、今日も収穫が」
「わかってる、大丈夫。レイゼルを連れてきてくれて、ありがとう」
リュリュも弱々しく、笑みを返した。
ベッドが二つでほぼいっぱいの客用の部屋で、レイゼルとリュリュはそれぞれ横になった状態で、顔を見合わせていた。
「レイゼル、あたし、赤ちゃんできた。ごめんね、せっかく会えたのにヨロヨロしてて」
リュリュが伸ばしてきた片手を、レイゼルも手を伸ばして握る。
「ううん、本当におめでとう。私こそ、もっとちゃんとお祝い言いたいのに、こんなでごめん。つわりがひどいのね?」
「ひどい……のかな。聞いた話よりは、ひどくないんじゃないかと思うんだけど」
リュリュは情けない表情になる。
「でも、ずっと気持ち悪い。あたし、こんなの、なったことなくて……レイゼルはきっと、しょっちゅうこんなで、ずっと辛かっただろうなって、でもあたしはこの程度でも全然ダメで」
どうやら、ずっと健康で暮らしてきたリュリュは、初めてのことにすっかり参ってしまっているらしい。
レイゼルは微笑む。
「私と比べないで。リュリュが辛いなら、『この程度』なんかじゃないよ。辛いって言っていいんだよ」
「うう……辛いのぉ」
また涙ぐむリュリュである。
話を聞くと、テランスも義理の両親もその他の家族も、妊娠したリュリュを気遣ってくれているようだ。
しかし、リュリュは弱音を吐けない性格である。家族に辛さを訴えることができず、手紙に書けばレイゼルが心配すると思って書けず、どんどんストレスをため込んでしまったらしい。
「テランスがアザネに行くことになって、とうとう泣きついちゃった。レイゼルに会いたい、連れてきてって」
「嬉しい。来れないのはきっと赤ちゃんができたからだと思って、妊婦さんにいい薬種を色々持って来たよ」
リュリュが『事情があって』来れないと聞いて、ひょっとして体調が悪いのではないかと思い至れば、リュリュは結婚したばかりの若い女性だ。医師や、薬を扱う人間は、まず妊娠を考える。
当然のように、レイゼルは準備してきたのだった。
「さすがね、レイゼル」
話して気が紛れたのか、リュリュの顔色が少し良くなってきた。レイゼルも、揺れない状態でしばらく横になったおかげで落ち着いてきた。
「診ようか?」
「うん」
二人は起き上がり、レイゼルはリュリュの隣に腰かけて、彼女の目や舌を観察したり問診したりした。
「仕事、してるの?」
「箱詰めだけね。気が紛れるし。でもすぐに疲れちゃう」
リュリュはため息をつく。
「お腹が空くと気持ち悪いし、食べればしばらく落ち着くんだけど、またすぐ気持ち悪くなるの。特に夜はひどくて、夕食はもう食べても意味ない感じ。どうせ出しちゃうから。お義母さんやお義姉さんが、色々工夫して食事を作ってくれるのに、申し訳なくて」
リュリュの嫁ぎ先は家族が多く、テランスの両親と父方の祖父母、テランスの姉(出戻り)とその子ども、テランスの弟がいる。
皆が優しいので、かえって申し訳なくなったリュリュは、昼間は気を張って平気そうにしていたらしい。その疲れがたまり、夜にドッと来る日々が続き、とうとう辛くなってしまったようだ。
「そっか。吐き気を何とかしないとね。完全には消せないけど、軽くすることくらいはできると思う」
レイゼルは書き留めた処方録を見ながら考え込み、持ってきた本と帳面をパラパラめくった。
「んー、手持ちの薬種だけだとちょっと足りないな。明日、そこの森で薬草を採取してくる。そうしたら薬湯を作るから、それまで我慢してくれる?」
「わかった。ありがとう、レイゼル」
リュリュはホッとしたように微笑んだ。
落ち着いたところで、レイゼルはリュリュの案内で部屋を出て、果樹園の主夫妻に挨拶に行った。
主夫妻は、村人たちとともに果樹園で忙しく立ち働いていたけれど、レイゼルたちの姿を見て笑顔になる。
「具合は大丈夫かい? 薬湯屋さんなんだってね」
「うちのリュリュが世話になるねぇ」
主夫妻の『うちのリュリュ』という言葉に、リュリュがこの家族の一員であることが感じとれる。レイゼルはすっかり嬉しくなった。
「こちらこそ、お世話になります。お土産に薬草茶を持ってきたので、夕食の時にぜひ飲んでみてください」
すると、周りで作業していた村人たちが声を上げる。
「おっ、アザネの薬湯屋の薬草茶! やったー」
「この子の薬草茶、アザネで飲んだけど、疲れが取れるんだよ」
ナダヒナ村からアザネ村に手伝いに来てくれていた人々だ。
そして、アザネ村の人々がさらに口添えする。
「レイゼルの腕は、俺たちが保証しますよ!」
「最近、フィーロでも評判なんだ」
夫妻は「へぇ、そりゃすごい」と目を丸くしている。
(わー、こんなに褒めてもらって、ご夫妻の口に合わなかったらどうしよう)
少々冷や汗のレイゼルであったが、実際に食後、レイゼルが淹れたお茶はとても喜ばれた。
「明日、薬草を取りに行くの? 手伝おうか」
アザネの村人が声をかけてくれたけれど、レイゼルはあわてて固辞する。
「大丈夫、ちょっとだから! 私は力仕事ができなくて、ムムの方は手伝えないから、せめて邪魔したくないわ」
「そうか、わかった」
「無理するなよ、レイゼル」
「ここまで来れただけで上出来なんだから」
みんながよってたかってレイゼルを心配するので、彼女の細い外見と相まって、ナダヒナ村の人々もレイゼルの存在がどんなものなのか理解し、心配になったらしい。
「薬湯屋さん、リュリュと同じものを食べるかい? これ、消化がいいから」
と勧められ、あっさりした味付けの料理を出してもらうことができて、レイゼルは大いに助かったのだった。
翌朝、まだ暗いうちから、レイゼルは起き出した。
昼間、リュリュと休んでいた客用の部屋に、今は一人だ。静かに支度をし、そっと外に出る。
母屋の裏手から木立の中に入ると、あたりはうっすらと青く光っていた。
(隊長さんの言っていた通りだわ)
レイゼルは進む。シェントロッドから、ナダヒナの森には発光する植物があると聞いていたのだ。幻想的で美しい。
しばらく進んでいくと、小さな池に出た。
池は岩場に囲まれていて、岩の隙間から緑の植物が生えている。大きな丸い葉をしていて、縁がひらひらしていた。葉の中央には、煌めく水滴がたまっている。
レイゼルは手近な岩によじ登ると、持ってきた水筒を取り出した。そして、葉をそっと傾けて一滴一滴、水滴を水筒に移し始めた。




