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第五十三話 冬はすぐ寝るトラビ族

「アザネ村の皆は、変わりありませんか?」

「特にない。のどかなものだ」

「よかった! あ、あそこです」

 ペルップの丸太小屋に案内すると、ペルップはちょうど昼食を作っているところだった。

「おう、レイゼ……おお?」

「邪魔するぞ」

「リーファンの隊長さんじゃないか、ようこそ! あぁ、様子見に来るって話だったな! ちょうどよかった、多めに作っちまったから」


 このあたりは冬でも川魚がとれるので、ペルップは串焼きにしていたようだ。ちょっとだけ煙い、香ばしい匂いが漂っている。

 それに、ニオニンを丸ごと煮たスープ、朝に焼いたパン、皮ごと焼いたジオレン。

 ジオレンは焼くと、皮に含まれている薬効が果肉に移ると言われている。


「さぁ、食ってくれ!」

「……スープをいただこう。俺は魚は食べない」

「あ、そうだった、リーファンだもんな! 悪い悪い!」

 なんだかんだ言いながらも、三人は板間の低いテーブルを囲んだ。

 シェントロッドは長い足を苦労して組んでから、木の椀を手に取る。

「トラビの食事にあずかるのは初めてだ。このスープは美味いな」

「だろー? ニオニンを丸ごと使うのがコツなんだ」

 幾重もの層になっている野菜ニオニンは、スープにしっかりと味を出している上に、中の方がトロトロのアツアツになっている。


「しっかしリーファンの隊長、よくレイゼルを見つけたなー。そこそこ広いと思うけど、この村」

 ペルップが不思議そうに言った。どうやらシェントロッドの名前も忘れているらしい。

 レイゼルは笑う。

「私、村の子どもたちと温泉にいたから。足をお湯に浸けてると、水脈と繋がってることになるの」

「それで気づくんだ!?」

 驚くペルップ。

 シェントロッドは淡々と答える。

「水脈は界脈流を読みとりやすい。探そうと意識すればすぐわかる。見つけてみたら、レイゼルはトラビ族にすっかり溶け込んでいたな。並んだ後ろ姿は全く違和感がなかった」

「ええ!? そうですか!?」


「ぐひひ!」

 ペルップが噴き出す。

「そういや、確かにトラビ族みたいな雰囲気だ、のんびりしてるもんな! もうレイゼル、この村の一員になっちまえば?」


 すると、レイゼルが何か答えるより早く、シェントロッドがスパッと言った。

「それは困る。レイゼルは俺……たちに必要だ」


「え」

 目を瞬かせながらレイゼルはシェントロッドの顔を見たが、ペルップは自分の言葉がツボに入ったらしく、さらに笑っている。

「残念! すっごく似てるのにな、ひなたぼっこしてるところとか!」

「もうっ」

 頬を膨らませるレイゼルだった。


 食事の後、シェントロッドはレイゼルが泊まっている部屋も確認した。

「アザネの村人たちがうるさいんだ。どんな部屋に泊まっているのか、寒くないのか、食事はどうなんだと」

「ふふ。食事はさっき、確認できましたね」

 レイゼルは笑う。

「家の中、暖かいでしょう? 金属の管が家の下を通っていて、中を温泉が流れているんです。下流の家にお湯を運ぶ配管です」

「そういう仕組みになっているのか。道理で、かまどを離れても暖かいと思った」

 シェントロッドはベッドの並んだ部屋を見回す。

「ここにレイゼル一人なのか」

「はい、今は」

「病気の患者が来たら、お前にも感染するだろう」

「病気の患者さんは、病院に行くので」

「…………そうだな。あの時は済まなかった」

「? ……あぁ!」


 落盤事故の後、体調を崩したシェントロッドが朦朧とした状態でレイゼルの店に転がり込んできたのを、彼女はようやく思い出した。


「でも、あれは病気ではなくて、傷ついた界脈流で無理したからでしたよね。大丈夫ですよ。この薬湯屋も、病気というより界脈流を調整したい時に来る場所です」

「ではこの部屋も、そういう患者が泊まるということか」

 シェントロッドは他にもいくつかレイゼルやペルップに質問し、風呂も確認した。ペルップが入浴を勧めたが、あっさりと断る。

「レイゼルが養生できていると確認できればいい。俺はそろそろ行く」

「え、もう……?」

 彼がもう少しいると思っていたレイゼルは、気持ちが急に、葉野菜に塩をかけたように萎れるのを感じた。


「…………」

 シェントロッドが無言でレイゼルを見下ろすと、彼女はあわてて顔を上げる。

「あ、お仕事がありますもんね! 村に戻らないと!」

「その前に、ゴドゥワイトに寄っていく。ここから近い」

「『湖の城』が? そうなんですか?」

「知らなかったのか。地図を見ろ」

 自分の現在地がイマイチわかっていないレイゼルに、ちょっと呆れている様子のシェントロッドである。

「えっと、見ておきます。あの、また来て下さいね!」

「ああ。また一週間後には来る」

「きっとその頃には、もう少し元気になっていると思うので、村の人たちの薬湯を配合したら持って行っていただけますか?」


 必要な薬種(薬の材料)があればペルップから購入できるし、レッシュレンキッピョン村に出入りの商人にも仕入れを頼めると言われていた。

 ジオレンの皮も大量にあるし、この近辺で採れる薬草も多いので、薬種には事欠かない。


「もちろん構わないが、無理はするな。せっかく湯治に来ているんだからな」

「はい、作り置きできる分はしてきましたし。保存が利かない配合の人の分だけ作ろうと思って」

 レイゼルの答えにシェントロッドはうなずき、そしてペルップに挨拶した。

「店主を頼む。ではな」

 そして彼は扉を開けて出て行く。

 レイゼルも一緒に出て、彼が姿を消すのを見送った。


 土間に戻ると、ペルップが目を細めて言う。

「レイゼルは大事にされてんなー!」

「えっ」

 ちょっと、レイゼルはドキッとする。 

「そっ、そんな風に見えた?」

「村の人たちがすっごく気にしてるんだろ? しっかり治さないとな!」

「あ、そっち……うん、そうだね、本当に」

 えへへ、と笑うレイゼルだった。



 その日から、雪の降る日が増えてきた。

 寒くなってくると、トラビ族はあまり動かなくなる。その状態を冬眠と呼ぶこともあるが、ずっと眠っているわけではなく、必要最低限のことだけしている感じだ。

 食事の量も少なくなるので、雪の降らない日に必要な野菜だけを収穫し、降っているときは湯に浸かったり、家のかまどの前に家族で寄り集まって暖を取ったりして過ごす。


「村を散歩しててもつまらないだろ、みんな浴場でウトウトしてて」

 そう言って笑うペルップは、仕事が薬湯屋であるためか、暖かい店内で比較的活発にしている。

 しかし、やはり夜の睡眠時間は長くなっているし、薬湯を届けに外出した後なども、家や風呂で温まりながらウトウトしていた。


「ペルップ、ちょっと野菜を採ってくるね」

 昼過ぎ、レイゼルは、板間で毛布をぐるぐる巻きにして船を漕いでいる彼に声をかけると、彼女自身もしっかり着込んで外に出た。

 今夜は彼女が、夕食を作ることになっている。冬のトラビ族は小食だし、レイゼル自身も小食なので、たいした手間でもない。


 ちらちらと雪の舞う中、すぐ外の畑で、冬野菜のコピネ菜を抜いた。

「うー、寒っ」

 籠を持って立ち上がり、ふとあたりを見渡すと──


 うっすらと白く化粧された段々畑に、動く影があった。


(珍しい。雪が降っているのに、誰か畑に出てる)

 レイゼルは思いながら、店に戻った。


 湯が使えるので、野菜を洗う時に手が冷たくならないのは、現在の彼女にとってとても助かる。

 コピネ菜はサッと湯通しして絞り、食べやすい大きさに切り、塩をふっておいた。夜には美味しくなっているだろう。

 カショイモを鍋に入れ、茹で始めて一息ついた時、レイゼルは先ほどの影を思い出した。

(さっきは何をしてたんだろ。トラビ族は今、動きが鈍くなっているから、用事を済ませるのも時間がかかって大変だろうな)

 お人好しのレイゼルは、扉を開けて外を覗いてみた。


 すると──

 やはり、段々畑の間を影が動いている。先ほどとは違うあたりを歩いていた。単に、ゆっくりと移動しているだけのように見える。


(さっきのトラビ族だわ、頭にかぶっている布が同じだし。ど、どうしたんだろう、雪の中、こんなに長いこと外にいるなんて)

 気になり出すと、放っておけない。

 レイゼルは再び、上着を着込んだ。


 よたよたと畑の合間の道を上り、レイゼルはその影に近づいていった。影は彼女に気づいたようで、立ち止まる。

 レイゼルは話しかけた。

「こんにちは、何かあったの? お手伝いしましょうか?」


「ありがとう! 大丈夫、心配しないで!」 

 やや高い声。くりっとした目の、トラビ族の女の子だ。

 コートを着て、耳当てならぬ頬当てつきの毛糸の帽子をかぶっている。長い耳は帽子の中に入れてしまっているようだ。

「眠れなくて、散歩してるだけだから!」


「そう。……え?」

 レイゼルは目を丸くする。

(眠れない? トラビ族が!? 冬はいつもウトウトしてる、トラビ族が!?)


「あの」

 レイゼルはつい、誘っていた。

「それなら、よかったらお茶しに来ませんか? 私もペルップが寝ていて、暇なの」

「えっ!?」

 トラビの女の子は目を見開き、身体を軽く跳ねさせた。

「ぺ、ペルップ先生のお店に……?」

「うん、今は患者さんもいないし」

「じゃあ……ちょっとだけ……」

 女の子はうなずいた。

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