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第四十八話 流行り病 後編

 ところが、わき道にそれてモーリアン医師の診療所に行くと、当のモーリアンが寝込んでいた。

「レイゼル、これは流行り病かもしれない。高熱が出て、関節が痛くなる」

 起き出してきたモーリアンもレイゼルを心配して、受付の小さなガラス戸越しの会話だ。顔も、つるつるの頭も赤く、立っているのが辛そうである。

「警備隊に、連絡しなさい。情報が入っているかもしれないし、フィーロの病院に使いを出してくれる。そうしたらすぐに薬湯屋に戻るんだよ」

「先生、私、解熱の薬湯だけでも皆に──」

「薬湯は助かるが、レイゼル自身が配るのは絶対ダメだ。警備隊に頼みなさい」

「は、はい」


 とにかく、診療所を出る。

 どうやら、家が密集している地域の村人たちに、何か病気が広がっているようだ。

(そういえば、昨日もお客さん少なめだったかも。じわじわと広まっていたんだ)

 掃除のギーおじさんも、おそらく発熱してしまって孤児院に来れなかったのだろう。


「アレット、よく無事だったねぇ」

 レイゼルが言うと、アレットは心配そうに彼女を見上げる。

「シスターとみんな、心配……」

「うん、教会は警備隊にいく道の途中だから、先に寄るよ」

 シスターと子どもたちが心配なので、レイゼルはどうしても孤児院には寄りたかったのだ。


 教会の裏に回って厨房の扉を開け、中には入らずに声をかける。

「こんにちは! 誰か、いますか?」


 バタバタッ、と足音がした。


「あっ、レイゼル!」

 十四歳の男の子ジョスが建物の奥から姿を現し、水の入った桶を手に厨房に駆け込んでくる。次の春になったら孤児院を卒業し、木工職人の弟子になると言っていたのはこの子だ。ひょろっとしていて頼りなげに見えるが、手先が器用な子である。

 彼の手にした桶の縁には布がかかっていて、おそらく発熱した子の額を冷やしていたのだろうと思われた。


「ジョス、アレットに聞いたよ。みんな具合が悪いのね? あなたは?」

「俺は大丈夫! ていうか、俺とアレットと、あと年少の子が二人だけだよ、熱がないの。アレット、モーリアン先生は?」

「先生も、お熱」

「うっそだろ。何これ?」

 愕然とするジョス。


 そこへ、後ろから声がした。

「おーい、そこの皆!」

 駆け寄ってきたのは、警備隊の副隊長だった。初老の男性で、シェントロッド・ソロンがいない現在、隊長代行をしている。

「どうやら流行り病らしいな、困ったことになった。今、フィーロに使いを出しているから」

 すでに手を打ってくれていたらしい。

「ありがとうございます! 警備隊の皆さんは大丈夫ですか?」

「それが、大丈夫じゃないんだよ。無事なのは私を入れて三人ほどだ。他は皆、寮や医務室で寝込んでいる」


 人数を聞いて、レイゼルは「ん?」と引っかかるものを感じた。

(孤児院で無事なのが四人、警備隊で無事なのが三人? それって……)


「あの、無事な人のお名前、教えてもらっていいですか? ジョス、あなたも、無事なおちびさんたちの名前を教えて」

 レイゼルは全員の名前を聞くと、うなずく。

「やっぱり。副隊長さん、雑貨屋のご主人と果樹園のご夫妻も、無事だと思います。人手がいるので、手伝いをお願いしましょう。私も手伝います」


「ちょ、レイゼルはダメだよ! うつっちゃうよ!」

 ジョスがびっくりして言うのへ、レイゼルは説明する。

「私は、たぶんだけど、うつらないと思うの。あのね、今回発熱していない人たちはみんな、ライラ草とレオルレドルの花の薬湯を飲んでいる人たちだわ」


 茎にトゲのあるライラ草、そして夏に白い花をつけるレオルレドルは、呼吸器を潤し免疫力を高めてくれる薬草だ。アレットのようにゼーゼーしやすい村人たちに、レイゼルは季節の変わり目、その薬湯を処方していた。

 今回、熱を出していない人々と、普段レイゼルがその薬湯を処方している人々の名前が、たまたまピッタリと一致したのだ。いつも薬湯をまとめて作って人数分ずつ袋に入れるため、数を覚えていたのである。


「私も、同じものを飲んでます。もちろん確証はないけれど、これだけ一致しているならたぶん、あの薬湯を飲んでいるとうつりにくい病気なんじゃないかなって。ライラとレオルレドルのどっちなのか、それとも両方なのかはわかりませんけど」

「それじゃあ、今からでもその薬湯を村人たちに飲ませれば!」

 ジョスが勢い込んだが、レイゼルは首を横に振る。

「ううん、すでに症状が出てしまっているなら、対処方法は別。予防と治療とでは、使う薬草が違うの」

「そうなの?」

「うん。私だけでは手に負えないから、モーリアン先生に指示を仰ぎましょう」

 仕事の時だけテキパキしているレイゼルは、勢いで副隊長にも指示を飛ばす。

「私、先生にこのことを知らせてから、ひとまず解熱用の薬湯を店で作ります。無事な人たちに頼んで、配ってもらいましょう」

「よしきた。薬湯屋さん、お願いするよ」

 副隊長は大きくうなずいて、駆け戻っていった。


 レイゼルは軽く屈んで、アレットに話しかける。

「アレット、来てくれてありがとうね。おかげでだいぶ、色々とわかったわ。後はジョスを手伝ってあげて?」

「うん。レイゼルもがんばってね」

 アレットはニコッと微笑んで、厨房に駆け込んでいった。



 モーリアンはレイゼルから話を聞き、解熱の薬湯を飲み、快復してきたところで数人の患者を診たり文献を調べたりした。そして、以前王都ティルゴットで流行ったことのある流行病ではないかと当たりをつけた。

 フィーロから薬を取り寄せるには、数日かかる。村人たちはレイゼルの薬湯でひとまず熱を下げて待ち、それからようやく適切な治療を受け、徐々に動けるようになっていった。

 アレットははりきって、ジョスの手伝いをしたそうだ。体調を崩しやすい側の自分が、普段世話をしてくれる人々の役に立てたことが、とても嬉しかったらしい。


「でも、今度はレイゼルが寝込んだと」

 快復したトマやミロが、薬湯屋に様子を見にやってきた頃には、レイゼルは疲労で私室のベッドに沈み込んでいた。

「うー、ごめん……ちょっと、起きあがれない……目が回るぅ」

「いいよいいよ、薬湯もらいに来たんじゃないんだ。何か手伝うことある?」

「ありがと……そこの籠に、ジニーおばさんとこの薬湯が……」

「わかった、届ける。レイゼルの薬湯は? これ?」

「うん……」

 レイゼルはうなずき、またスーッと眠ってしまった。 

「これじゃ、ソロン隊長がいなくて寂しい……どころじゃないな」

「寂しがってもらえないのも、寂しいねー」

「まあそう言うなよ……」

 レイゼルの薬湯を煎じながら、二人がひそひそと交わす会話には気づかず、夢も見ずにこんこんと眠るレイゼルであった。


 翌年は同じ時期にさしかかると、村人たちは皆そろって、ライラ草とレオルレドルの花の薬湯を飲んだ。

 薬湯が効いたのかどうかは、わからない。しかし、近隣の町や村ではその年も流行病が発生したが、アザネの村人のほとんどがその病気にかからなかったのは、事実である。

 この薬湯はやがて、「アザネの薬湯屋が発見したらしい! すごい!」というような逸話とともに、流行病予防茶としてフィーロや他の土地にも広まることになった。

「えぇ……? あの、単にアザネ村の薬湯屋が私一人で、たまたまみんなの薬湯を把握してただけで、小さな村ゆえの長所でしかないからすごくないのに。それにほら、一度かかるともうかからない病気かもしれないし」

 レイゼルはひたすら戸惑ったものである。


 それはともかくとして、流行り病騒ぎをきっかけに体調を崩したレイゼルは、その冬をいつもと違う風に過ごすことになる。


次話はちょっと寄り道して、シェントロッドの出張先のお話です。

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