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【書籍化告知小話】 蜂蜜酒のおともに

『Uターン薬湯屋の寝込みがちスローライフ』が書籍化されます!

第1巻は28話までを収録。詳しくは活動報告をご覧ください。

この小話は告知用に書いたもので、番外編の位置づけになります。


※時系列は、19話(秋の村祭)のすぐ後あたり。まだシェントロッドがこじれてないです。


 秋を迎えた、ある夕方。

 昼間の日差しにはまだ夏の熱が残っているが、この時分になると肌を冷やす涼しい風が吹いている。


 かまどの火で温まったレイゼルの店で、シェントロッドは自分の薬湯ができるのを待ちながら、ふと口を開いた。

「前から気になっていたんだが」

「はい?」

 かまどの前にいたレイゼルは、立ち上がって振り向いた。


 シェントロッドの視線を追うと、彼は水車の近くの棚に置かれている数本の瓶に目をやっている。

 瓶は、一本は透明な液体に満たされ、下半分は何か緑色の植物や白っぽい小さな花がぎっしりと入っていた。その隣は、やはり何か植物が入っているが、薄い黄色。さらにその隣は茶色い。


「あれはもしかして、酒か」

「はい、薬草酒です」

 レイゼルはうなずいた。

「店主は酒を飲むのか? 祭りの時は飲んでいなかったようだが」

 シェントロッドに言われ、レイゼルはちょっと驚いた。

(私のことなんて、見てる風じゃなかったのに)

 そういう彼女こそ、彼の様子が気になってチラチラ見ていたのだが。


 とにかく、レイゼルは答える。

「たまにですけど、寝る前に少しだけ飲みますよ。疲れている時とか、身体を温めたい時とか。……味見してみますか?」

「あ?」

 シェントロッドの方は、単に虚弱体質のレイゼルが酒を飲むのが意外で、聞いてみただけである。

 が、そんな彼女が飲む酒に興味がないわけではない。

「うむ……」

 話の流れで、薬湯を飲んだ後、少し味見をすることになった。


「元のお酒は、アザネのきれいな水と、穀物の一種で作られたものです。そこに、風邪予防のチメ草とか、気持ちが落ち着くサーゲ草とか、喉にいいピパの葉を刻んだものなんかを入れました。茶色いのが飲み頃です」

 いつものカップに、レイゼルが少しだけ酒を注いで言う。

「飲みにくかったら、お湯で割りますから」


 シェントロッドは慎重に口に含み、味わってみた。

「……青臭いだけかと思ったら、意外と飲みやすいな。甘みもある。これは、俺の薬湯に使っている薬草も入っているか?」

「あ、そうなんです、わかりますか? 甘みはゾーカを入れているので」


 売り物ではなく、趣味で作っている薬草酒についてわかってもらえて、レイゼルは嬉しくなった。

 そうなると、もっとわかってもらいたくなるのが人の性である。

「リーファン族は、蜂蜜酒(ミード)を好むんですよね。蜂蜜酒に何か薬草を入れても、きっとおいしいと思いますよ。蜂蜜酒、飲んだことはないんですけどね」


「ないのか」

 薬草酒を飲み終えてカップを返しながら、シェントロッドは淡々と言った。

「なら、次に来る時に持ってくる」


「えっ?」

 つい声を上げたレイゼルに、シェントロッドは軽く眉を上げる。

「何を驚いてる。店主は今、アザネの薬草酒の味を俺に教えた。俺はリーファンの蜂蜜酒の味を店主に教える」

「あ、ええと、いいですね! お互いに知らないことを知るって! 勉強になります!」

「ではな」

 あっさりと、シェントロッドは戸口をくぐって帰って行った。


「って、えええー?」

 レイゼルは少々、混乱する。

「隊長さんが、お酒を持って来る……!? 村の人同士ならよくあるけど……準備どうしよう!?」

 アザネ村では、誰かが酒を持ってくると言ったら、迎える側は何でもいいから料理を用意するのが常識なのである。


 しかし、シェントロッドはリーファン族だ。料理といってもあまりたくさんは食べないし、そもそも酒と一緒に食事をする習慣があるのかどうか、レイゼルは知らない。リーファン族と一緒に飲んだことなどないからである。


「何も用意しなくて失礼になっちゃうのもよくないよね? スープだと、隊長さんは商品としてお金を払ってしまうし……スープ以外は私、凝った料理はできないし。おつまみ程度で、簡単で、美味しいもの」

 レイゼルは台所の棚を開けて眺め、軽くうなずいた。

「これにしようか」


 

 そうして、次にシェントロッドが蜂蜜酒の瓶を持って薬湯屋を訪れたとき──

 レイゼルはカップを用意してから、干し果物とチーズを角切りにしたものを小皿に盛り、トレイに乗せてベンチに置いた。


 シェントロッドは、皿をじっと見る。

「……何だ、これは」

「あっ、すみません、ムカカの実を干したものと、あっさり目のチーズです。あの、村ではお酒を飲むとき、何か食べるので」

 あたふたと、レイゼルは説明する。

「とりあえず、蜂蜜に合うものをと思って」


「そうか」

 短く言ったシェントロッドは、特にコメントすることなく、キュポンと音をさせて瓶の栓を抜いた。

 紐が巻かれた緑色の瓶から、黄金色の液体がカップに注がれる。

 彼は瓶を傍らに置くと、カップを手にしてレイゼルに突き出した。

「ベンチに座れ」

 自分の家のように言う彼に、レイゼルはこくこくとうなずく。

「あ、はい」


 トレイを挟んで、ベンチの両端に微妙な距離で座る二人。


 レイゼルはカップを受け取った。

「いただきます」

 おそるおそる、香りをかぐ。

(少し、香草が入ってる? いい香り)

 シェントロッドが酒を持って来るという事実に戸惑いはしたものの、リーファンの蜂蜜酒に興味津々だったレイゼルは、わくわくしながら口に含んだ。

「わ、すごく濃い……あぁ、とても美味しいです!」  


「店主は少しにしておけ」

 淡々と言ったシェントロッドは、小皿に手を伸ばした。

 無表情の裏では、レイゼルの出す食べ物はたいてい美味しいと知っているので、ほのかに期待していたりする。


「実とチーズ、一緒に召し上がってくださいね」

 レイゼルに言われ、彼は素直にその通りにした。

「……む……うまい」

 彼は、蜂蜜酒に甘いものが合うことを、初めて知った。

「このチーズ、あまり匂いがないのがいい」

「蜂蜜酒の香りを、邪魔しませんよね」

「うむ。それに、干した果物の凝縮された甘さがまろやかになる。ムカカの実、だったか……種がこう、ぷちぷちする触感もいいな」

「…………」

「……ん?」


 ふと見ると、レイゼルはベンチの背にもたれてウトウトしていた。


 酒が強すぎたか、と、シェントロッドは軽く身を乗り出して彼女の様子を観察した。しかし、本当に一口しか飲んでいないようであるし、顔色も呼吸も正常である。単に、気持ちよくなって眠ってしまったらしい。

「…………」

 シェントロッドは黙って、姿勢を戻した。


 本当なら、互いに蜂蜜酒を味見して、それで終わるはずの時間だったが──

(しばらく、様子を見てやるか)

 自分のカップに、蜂蜜酒を継ぎ足す。


 酒をいつもより美味しくしているのは、薬湯の香りのする温かな店、ぴったり合うつまみ、そして店主の脳天気な寝顔。

(……この店で、こんなくつろぎ方までしてしまうとはな)

 不思議に思いつつも、シェントロッドはその時間を楽しんだのだった。

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