第三十五話 火脈鉱を買いに(2)
書き忘れてましたが、3日連続更新です〜
ゆっくりと休んだおかげで、翌朝、レイゼルはルドリックたちと一緒に朝食も少し食べることができた。
「レイゼル、俺たちは朝市に行ってくるけど、一緒に来る?」
ルドリックに聞かれ、レイゼルは首を横に振る。
「行きたいけど、疲れると他のところに行けなくなっちゃうから……今日は鉱石のお店が開く時間まで、宿にいるね」
「まあ、その方がいいか。石、貴重品なんだから気をつけろよ。買ったらすぐに宿に戻れ。俺も用が済んだらいったん戻るから」
「うん」
ルドリックと村人はあわただしく宿を出て行った。
彼らのペースに合わせることができないレイゼルは、自分のペースで動く方がかえって迷惑をかけずに済む、と理解している。
そこで、大部屋の窓から通りを眺めつつ胃を落ち着け、日がだいぶ昇ってから宿を出た。
火脈鉱を売っている鉱石の店は、フィーロの大通りの一本裏、職人たちが使う道具の店が集まる通りにあった。
店には数人の店員がおり、レイゼルの相手をしたのは若い男の店員だった。細っこいレイゼルを珍しそうに見たものの、
「店で薬湯を煎じるのに使う? じゃあこの辺かな」
と、すぐに彼女を案内する。
店の中には煉瓦で細長い炉のようなものが作られており、等間隔で火脈鉱が並んでいた。
「使い方は知ってる?」
「ええ。ああ、このくらいの大きさ、いいな」
火脈鉱は半透明の石で、外側は濃いオレンジ色、中心部は深い赤だ。熱を発しているので、店の中は暑い。大きな石は竈のような金庫のような場所に保管されているので、熱が遮断されておりまだマシだが。
「あの……」
レイゼルは、アザネの村人に教わった交渉テクニックを試みる。
「もし、二つ買うなら、少し安くなります?」
「うーん、そうだなぁ。このくらいにはできるよ」
店員が指で金額を提示する。
レイゼルは少し迷うふりをした。
「そっかぁ……予算があるので、ちょっと戻って相談しようかな」
「誰かと一緒に来てるの?」
「そうなの。あの、ティルゴットで買うと、もっと高いのかしら」
聞いてみると、彼は大きくうなずく。
「ここで買う方が絶対安いよ! ええと、ちょっと待って」
店員はいったんレイゼルのそばを離れると、もう一人の店員に駆け寄り、何やらゴニョゴニョと相談する。そして、すぐに戻ってきた。
「じゃあ、二つでこのくらい。どう?」
店員はまた、指で金額を示した。先ほどより安くなっている。
レイゼルはホッとしてうなずき、正直な気持ちを吐露した。
「ありがとう。私も毎日薬湯を飲むから、本当に助かるの」
「そうなんだ。ほっそいもんなー、お嬢さん」
カウンターの前でそんな話をしていると、店主らしき壮年の男性が、さらに少しまけてくれた。その値段でも儲けが出るからこそまけてくれるのだろうが、レイゼルは嬉しくなって、もう一度お礼を言った。
火脈鉱を、熱を遮断する特殊な壷に入れてもらい、レイゼルは代金を払って店を出た。
扉の外でいったん立ち止まり、布に包んで縛った壷をうきうきと見つめてから、腕にかける。
(ルドリックに言われた通り、すぐに宿に戻ろう)
――しかし。
悪い奴というのは、最も確実に奪える瞬間を、狙っているものである。
レイゼルが再び往来に足を踏み出したとたん、ドン、と身体に衝撃が走った。
気づいた時には、視界が傾き、派手にすっ転んでいた。
(え?)
布包みが引っ張られ、手から外れる。
(え?)
何が起こったのかわからないまま、上半身を起こす。
布包みを持った小柄な男の背中が、大通りを遠ざかっていくのが見えた。
(……取られた……?)
待って、とか何とか、とにかく声を上げようとした瞬間。
ひゅっ、と、顔のそばを一陣の風が駆け抜けたような気がした。
突然、まるで空気中から湧いて出たかのように、男の前に人影が現れて進路をふさぐ。
ドスッ、という鈍い音。
「ぐあっ」
うめき声がして、男はいきなり身体を丸め、地面に膝を突く。レイゼルの布包みも、地面に落ちた。
一瞬の間の出来事だった。
レイゼルはへたりこんだまま、大きな灰色の目を瞬かせる。
「…………隊長さん?」
男の落とした布包みを手に立ち上がったのは、シェントロッド・ソロンだった。
彼は無造作にレイゼルに近づいてくると、屈み込んだ。緑の髪が、肩口からさらりと落ちる。
「レイゼル。大丈夫か」
「た、隊長さん……」
レイゼルは彼を、まじまじと見つめた。
今、何が起こったのかも、なぜシェントロッドがいるのかもイマイチ把握していないレイゼルだが――
ただ一つ、理解した彼女は、ぱあ、と顔を輝かせていた。
「隊長さん、今、界脈を通りませんでしたか!?」
「あ?」
シェントロッドは片方の眉を上げる。
「まあ、そうだな。気脈を通って、あの男の前に出た」
「よかった! 治ったんですね!」
レイゼルは嬉しそうに笑う。
かつて天災に巻き込まれ、体内の界脈流が傷ついてしまった彼は、それ以来ずっと川などの表出した水脈などしか通ることができなかったのだ。それをじっくり治すために薬湯を作ってきたレイゼルにしてみたら、喜びもひとしおだった。
しかし、喜ぶのも時と場合による。
大きなため息をつき、シェントロッドはレイゼルを睨んだ。
「その話は後にしろ。店主、お前は自分がどういう目に遭ったか自覚しているのか」
「え?」
「買ったばかりの火脈鉱を引ったくりに奪われ、突き飛ばされて転んだとわかっているのか、と聞いている」
「え!」
レイゼルは身じろぎして、顔をしかめた。
「あ痛っ」
地面についた手や足のあちこちから、血がにじんでいる。
気づくと、いつの間にか人垣ができていた。レイゼルはあわてて立ち上がろうとして、腰が抜けていることにも気づいた。
「た、立てまへん」
ようやく恐怖がこみ上げてきて、口にも力が入らなくなったレイゼルである。
シェントロッドは手を貸し、レイゼルを店先の椅子に座らせた。
「捻ったか」
「いえ……すりむいた、だけ、です……たぶん」
レイゼルは動揺しつつも、手足を動かしてみている。シェントロッドは身体を起こして人垣に声をかけた。
「誰か、手当を頼めるか」
ざわっ、と数人が動き、「水を」「うち薬があるから」と声が上がる。
「店主。宿はどこだ」
シェントロッドはレイゼルを見下ろして言った。レイゼルが混乱しつつも宿の名を言うと、
「俺は犯人を警備隊に連れて行ってくる。お前は鉱石店の店員と一緒に宿に戻れ。後で宿に行く」
と告げて、さっさとその場を立ち去っていった。




