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第三十二話 託したもの

 そうして──

 リュリュの嫁入りの日がやってきた。


 隣村からリュリュの夫となる若者が迎えにやってきて、アザネ村で一晩宴会。それからリュリュと、その親代わりになる果樹園の主人夫妻や村長が男性の方の村へいって、そこで結婚式になる。

 リュリュの夫は、少しとぼけた雰囲気が特徴的な、穏やかそうな若者だった。リュリュが何か話しかけるのを、ウンウンと優しくうなずきながら聞いている様子が、とても微笑ましい。

 レイゼルが、彼のどんなところが好きなのかリュリュに聞いてみると、リュリュは照れ隠しにむっつりした顔をしながらも、ぼそぼそとこう答えていた。

「なんか、ずっとしゃべってられるのよね……彼とは」


 宴会は、果樹園で行われた。設置されたテーブルには数々のご馳走が並び、満開のムムの花があたりを一面の薄紅色に染めている。

 今日のリュリュは、黒のベストに赤のロングスカートという民族衣装に、白い布をかぶり、その上に花冠をつけている。薄化粧した彼女は、とても可愛らしかった。

 シスター・サラは、

「あのいたずらっ子だったリュリュが」

 とポロポロ涙をこぼし、過去の所行は言わなくていいから! とリュリュに止められ、その脇でミロがゲラゲラ笑っている。

 そして、そんな雰囲気の中、レイゼルが泣かないわけがない。

「リュリュ……ふ、うくっ、うううっ」

 ぼろぼろと大粒の涙をこぼすレイゼルに、リュリュは駆け寄る。

「ああもう、やっぱりこのハンカチを使うのはレイゼルになったわね」

 レースの縁取りのあるハンカチの紅色を、染みた涙が濃く変えた。レイゼルはかろうじて、言う。

「わ、私、遊びに行くね」

「待ってるわ。あたしも、機会があったらなるべく帰るから。さ、泣くのはやめて? 熱が出ちゃう。……ねえレイゼル」

「なに?」

「ソロン隊長のところに行くわ。つきあって」

 リュリュとレイゼルは手をつないで、母屋の方に歩いていった。


 隣村の村長と何か話していたシェントロッド・ソロンが、二人に気づく。すでに、落盤事故の時に崩した体調もすっかり回復していた。

 彼は隣村の村長に「失礼」と断りをいれ、二人に向き直った。

「リュリュ、リーファン族を代表して、俺からも祝福を贈ろう」

「ありがとうございます。あの、ソロン隊長」

 リュリュが口を開きかけたとき――

 レイゼルが、ずいっと一歩、前へ出た。

「隊長さん、あの、リュリュが勘違いをしてしまったんですって!」


「勘違い?」

 シェントロッドが片方の眉を軽く上げ、リュリュが「えっ」という顔でレイゼルを見る。

 レイゼルはリュリュと手をつないだまま続けた。

「私とルドリックが恋人同士だと、思いこんでしまったらしいんです。そんなんじゃないんですけど。それで、私とルドリックのために他の男の人を遠ざけようとして、隊長さんにも薬湯屋にあまりこないように言ってしまったって。ね、リュリュ」

 きゅっ、と、レイゼルの手がリュリュの手を握りなおす。

「そ……ええと……そう、なんです。ごめんなさい」

 リュリュがぺこりと頭を下げた。

 シェントロッドは軽く肩をすくめ、淡々と答える。

「そうか。わかった」

「だから、あの、遠慮なくいらしてくださいね」

 レイゼルは、えへへ、と笑った。


 そこへ、果樹園の主人が「リュリュ!」と呼ぶのが聞こえた。そろそろ宴も、いったんお開きにするようだ。これから出発するリュリュたちが、暗くなるまでに婚家に着けるようにという配慮だった。

「ソロン隊長、あの……レイゼルを、よろしくお願いします」

 リュリュははっきりとそういうと、レイゼルにちょっと照れたような笑みを見せ、手を離すと足早に戻っていった。 


 見送ったレイゼルは、傍らに立つシェントロッドを見上げる。

「隊長さん、あの」

 すると、シェントロッドも彼女を見下ろしていた。

「店主。俺も用があった」

「えっ、なんですか」

「お前が先に言え」

 何となく、譲り合う。

 結局、シェントロッドの視線の圧力に負けて、レイゼルが先に口を開いた。

「じゃあ、ええと……今日はお酒をかなり飲んだと思うので……このあと、店で薬湯をお作りしましょうか」

 すると、シェントロッドは軽く眉を上げた。

「ああ……助かる。俺も、店まで行くつもりだったんだ」

「そうなんですか?」

「さっきさんざん泣いていただろう。お前は気持ちが乱れると熱を出すらしいから、途中で行き倒れて死にそうだと思った」

 表情を変えずに言うシェントロッドに、レイゼルはひとこと、反論する。

「そ、そんなに簡単には死なないです! ……たぶん」

 自信なさげな反論である。

 とにかく、レイゼルはすぐに表情を和らげた。

「でも、送ってくださるんですか、ありがとうございます」

「うん」

 シェントロッドは短く答え、花嫁と花婿の方を眺めた。


 やがて、花嫁と花婿は馬に乗り、付き添いの人々を引き連れ、ゆっくりと出発した。

「レイゼル! またね!」

 リュリュが涙声で手を振る。

 レイゼルは、大通りの終わり、村のはずれまでついて行き、力一杯、手を振り返した。そして、行列が見えなくなるまでそこに立ち尽くしていた。


 ――やがて彼女が気づいたときには、シェントロッドだけがすぐ近くの木にもたれて待っていた。他の村人たちの姿は見えない。

「ああっ、ご、ごめんなさい! お待たせして! 他の人たちは?」

「宴会場に戻った。夜まで飲み食いするんだろう。レイゼルを頼む、と言われた」

「え……」

 レイゼルは目をぱちぱちさせる。

 今まで、シェントロッドとレイゼルをあまり二人きりにしないようにしていた村人たちが、レイゼルをシェントロッドに託したのだ。

「なんだか、前と違うな」

 シェントロッドもそれを感じ取ったようだ。

「今、少し、俺とお前たちが同じ種族であるかのような気分になった」

「ふふ」

 レイゼルはシェントロッドに近寄り、笑いかける。

「……お店に、行きましょうか」

「ああ」

 二人は並んで、歩き出した。


「隊長さん、何か食べましたか?」

「いや。色々と話しかけられて、その暇がなかった」

「じゃあ、家にあるもので何かスープ、作りますね」

「うん」

 シェントロッドが薄く笑む。

「いいな」

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