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第二十七話 レイゼルの過去 後編

「……じゃあ」

 トマが血の気の引いた顔をして、言った。

「レイゼルの、身体が弱いのは」

「うん、子どもの頃から、そういうことを繰り返していたから……」

「だって、だって、母親なんだろ? まさかそんなこと」

 純朴なミロは、信じられない様子だ。

 レイゼルはむしろ、自分より友人たちの反応が心配な表情をしながら、続ける。

「血のつながった母ではないと思う。きっと、あの人は実験用に、どこからか私をさらって」


「……う」

 気づくと、リュリュが唇をかみしめながら、大粒の涙をこぼしていた。

「リュリュ」

 レイゼルは手をついて身体を起こし、リュリュの肩に腕をまわす。

「泣かないで。もう、終わったことだよ。私はギリギリ助かって生きてるし、エデリはもう亡くなったんだって」

「わ、私が、私がそこにいたら」

 リュリュはぎゅうっと、レイゼルを抱きしめた。

「私がエデリを殺してやるのに!」

「びっくりしたよね、こんな話。ごめんね」

「レイゼルは悪くないんだから謝らない!」

「ハイッ」

 レイゼルはリュリュを抱きしめ返し、髪を撫でる。リュリュはレイゼルの肩で嗚咽した。


 ヨモックはシェントロッドを見上げる。

「この子のおかげでわしらが元気でいられると言ったのは、そういうわけです。小さなレイゼルが犠牲になることで、毒薬と同時に、優れた薬湯が生まれていた。村の大人たちはほとんど全員、その恩恵にあずかっている」


「みんな悪くないのに、気づかなくて恥ずかしい、私に申し訳ないって思ってくれているんです。……私だけのことじゃないから、リュリュたちには言えなかったの」

 レイゼルはルドリックに目を向けた。

「思い切って聞いてくれたのに、あの時は打ち明けられなくてごめんね」

「あ、謝るな!」

「ハイッ」

 ルドリックにも言われちゃった、と、レイゼルはしょんぼりと微笑んだ。


「…………」

 シェントロッドは黙り込んでいたが、やがて口を開いた。

「村の人々がレイゼルを大事にしている理由が、それでわかった。しかし、レイゼルが一人暮らしなのはなぜだ」

「私、エデリのこと、優しいお母さんだと思ってたんですよ。大好きでした」

 レイゼルはまた、周囲の反応を気にしながら答えた。

「薬湯を飲んで試すのも、母のお手伝いをしている感覚でした。自分が飲む毒草を摘むのを手伝うことさえしました。怒られた記憶もほとんどありません。具合が悪くなると、いつもよりさらに優しくしてくれて、解毒剤を一生懸命作ってくれました。『私の薬草姫さん』と言って。……でも、母は私を利用できるから、愛していた。村の人がそう言うのを聞いて、どうしていいかわからなくなりました」


「そういうことだったのか」

 トマが眼鏡を外して目元をこすり、また眼鏡をかけなおす。

「家族が怖いって、言ってたよね」

「うん。……私、何が幸せで何が不幸せか、見分ける自信がない」

 レイゼルは、自分の手を見つめる。

「誰かと暮らして、また間違うのも怖い。だから一人でいいんです、アザネ村で暮らしていけるだけで満足なの。そういうことです、隊長さん」

 意識してか、レイゼルは話を切り替えた。

「そう、私が薬湯屋をやろうと思ったのは、自分にも村の人たちにも必要だからっていうだけじゃないんです。せっかく身体を張って得た知識だもの、毒より薬に目を向けて、いい方に考えたくて。ええと、これで全部お話しましたよね。村の人たち、なんにも悪くなかったでしょう?」

「あ、ああ」

 シェントロッドがうなずくと、レイゼルは軽く身を乗り出した。

「このこと、私と同じくらいの年から下の子たちは、知らないの。だから、内緒にしてくださいね」

「わかった」

「絶対ですよ。でないと……でないと……うーん、私はめちゃくちゃ怒るくらいしかできないですけれど」

「それはまずい」

「困る」

「だめだ」

「一番やばい」

「やめて」

 レイゼル以外の全員が、口を揃えた。

 レイゼルが本気で怒ったら、体調を崩して死んでしまう! と、全員が思ったのだ。


「リーファン族の始祖に誓って、今日のことは話さない」

 シェントロッドはきまじめにそう言うと、少しの間、黙り込んだ。

 そして、顔を上げる。

「俺の薬湯を頼む」

 レイゼルは当たり前のようにうなずいた。

「はい」

 起きだそうとする彼女を、リュリュが仰天して止める。

「だめよ、寝てなきゃ! ちょっと、ソロン隊長!?」

「大丈夫、リュリュ。もう落ち着いたから、薬湯作れるよ」

 レイゼルはリュリュに笑顔を見せる。

「あのね、隊長さんは、エデリの娘の作る薬湯をこれからも飲んでくれるって言ってるのよ」

「……あ、うん……」

 リュリュは口ごもり、レイゼルとシェントロッドを見比べた。

 ヨモックが立ち上がる。

「そうだ、わしらもやることがあったな」

「そ、そうだった!」

 すっく、とルドリックも立ち上がる。

「リュリュ、お前はレイゼルを手伝ってやれ。トマ、ミロ、やるぞ」

「うん」

「おう!」

 ヨモックは家の周りの雪かきを、若者たちは屋根の雪下ろしをするために、外に出ていった。


 雪対処組は黙々と作業をし、薬湯組も黙って薬湯ができるのを待ち、さすがにその日の薬湯屋は妙な雰囲気だった。

「また来る」

 薬湯を飲み終えたシェントロッドが、先に店を出た。旧知の人々だけになり、少し会話が戻る。

 リュリュはもう一度レイゼルをギュッと抱きしめ、

「今日はもう、ゆっくりしなよね?」

 と言い聞かせた。他の面々もそれに賛同し、そしてまた来ると言い残して、薬湯屋を出た。


「……あ、そうだ。先に行ってて」

 ルドリックがふと立ち止まり、薬湯屋に戻る。

「レイゼル」

 かまどの前にいたレイゼルが振り返る。

「ルドリック、どうしたの?」

「あのさ、ソロン隊長なんだけど」

 ルドリックは、少々後ろめたく思いながら伝える。

「この小屋は、水車で川とつながってるから、隊長を呼べば聞こえるんだってさ。……もし何かあったら、隊長を呼べば来てくれるって言ってた」

「そ、そうなの?」

「うん。悪い、前に伝えてくれって言われてたんだけど、お前が隊長のこと苦手そうだから言わなかった。でも、さっきの様子を見てたら、やっぱり何かあったときくらい頼った方がいいと思ったんだ。ここから呼べば、誰より早く来てくれるなんて、すぐ寝込むお前にとっちゃ心強いだろ」

「……うん……そうだね」

 レイゼルは、ふふっ、と笑う。

「花火の合図より、いいかもね」

「だろ。じゃあな」

 ルドリックはもう一度手を上げ、改めて外へ出た。


 ルドリックがヨモックたちに追いつくと、ヨモックたちはやはりレイゼルの過去についての話をしていた。

「大人たちが話さなかった理由が、やっとわかったよ」

 歩きながらミロが言えば、ヨモックがうなずく。

「うむ。済まなかったな。……まあ、ソロン隊長が受け入れてくれて良かった」

「リーファン族って、ただでさえ人間族を下に見てそうだもんな。それに加えて、犯罪者に育てられたってなると……ね。隊長は、気にしないでくれたみたいだ」

 トマも言う。


 けれど、黙って歩いていたリュリュが、ぼそっと言った。

「だって、ソロン隊長にはレイゼルの薬湯が必要だもの。あの人、どっか身体が悪いんでしょ。レイゼルの薬湯は特別効くんだから」

「リュリュ、それはそれじゃないか」

 シェントロッドに恩のあるミロが口を挟んだが、リュリュはひとりごとのように続ける。

「必要があって優しくしたり、利用できるから愛したり。レイゼルは、そういうことでエデリからひどい目に遭わされたんでしょ。……ソロン隊長の身体がすっかり治ったとき、レイゼルにどんな態度をとるか見るまで、あたしはあの人のことは信用しない。そもそもレイゼルは隊長が苦手なんだし」


 それを聞いて、ルドリックは人差し指で頬をかきながら視線を明後日にやる。

 ついさっき、何かあったらシェントロッドを頼るようにレイゼルに言ってきたばかりだ。リュリュが知ったら怒るだろう。


 ヨモックは、村の家々から上る炊事の煙を眺めながら、つぶやいた。

「レイゼルは、身体を壊されただけではない。特別な絆を感じる心も、壊されてしまったんだなぁ」

「で、でも、そんなにすごく特別じゃなくたってさぁ!」

 空気を明るくしようとしてか、ミロが半笑いで言う。

「俺たちはみんな、レイゼルが好きだし、レイゼルだって村の人たちのことが好きじゃないか。なんていうの? 質より量?」

「何よ、それ」

 リュリュは真顔で突っ込んだが、すぐに「ふふ」と息をもらすように笑った。

 つられて、皆が微笑む。

 ヨモックが言った。

「この村全体が、レイゼルの家。あの子がいつまでもそう思えるようにしていこう」


 

 一人になったレイゼルは、店の灯りを消すと、奥の寝室に行った。

 早々に、ベッドに入る。目を閉じているのに、めまいを感じる。少し、熱っぽい。


 浅い眠りの中で、夢を見た。

 警備隊に、エデリが連れて行かれた時の記憶だ。

 いやだ、なんで、と幼い彼女は叫んでいる。


 ──おかあさんがわたしにひどいことをしていたなんてウソ、だってわたしはおかあさんがすきだもの。やめて、つれていかないで──


 振り向かない母親に違和感を感じながらも、レイゼルはせめて一緒に行きたいと願った。しかし、それすら許さないアザネの村人たち。


 ここの人たちは、敵だ、と思った。


 レイゼルを保護した警備隊のナックスに、エデリを連れて行くことを許した村長のヨモックに、そして彼女が預けられた教会孤児院のシスター・サラに、レイゼルは悲しみと怒りをぶつけた。

 そんな激情が高熱を呼び、レイゼルはしばらく生死の境をさまよった。

 モーリアン医師をはじめ、アザネ村の大人たちは彼女を手厚く看病した。孤児院の仲間たちも、くるくるとよく手伝いをした。

 

 ようやく身体が回復し、しばらく経ったある夜、レイゼルは一人、孤児院を抜け出した。

 そして、エデリと暮らしていた小屋まで行くと、火をつけたのだ。


 心の中にいる『優しいエデリ』と決別するため。

 村の人たちを敵視してひどいことを言った、そのお詫びの気持ちを示すため。

 自分の中で納得しようとして、そうした。


 火事に驚いてやってきた村人たちに、レイゼルは「ごめんなさい」と泣いた──



 ふっ、と目が覚めると、朝になっていた。

「おや、レイゼル、起きた?」

 寝室の入り口から、金物屋のジニーの顔がのぞく。そしてその向こうから、シスター・サラの声。

「昨日ここであった話、村長に聞いたの。それで、レイゼルが熱でも出してるんじゃないかと思って。今、スープ作っているからね」


「……うん……」

 レイゼルは目尻の涙をふくと、笑顔を見せた。

「ありがとう」 


 

 季節は、春に向かう。

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