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第二十一話 放置された薬草畑と焼け跡

 アザネ村の西側には山々が峰を連ねている。

 その北のふもとには、鬱蒼とした森があった。


 シェントロッドは川を通り抜けて近くまで行き、森の始まるあたりで川から上がった。

 振り向いてみると、草はらの向こう、家も畑もずいぶん遠い。

 このあたりまでが、アザネ村。そしてここから始まる森が、地図では保護領ということになっている土地だった。


 ちゃぷちゃぷと音を立てる川を後に、森に入る。

 薄暗い森の中、一応は道らしきものがあったが、誰も通らなくなって久しいのだろう、草が伸び放題だった。虫たちが驚いて、足下からぴょんぴょん飛び立つ。

 草を足でよけるようにしながら進んでいくと、前方が明るくなった。今まで様々な濃淡の緑と茶色しかなかった空間から出ると、シェントロッドは目を細める。

「ここか」


 ぽっかりと開けた空間に、そこだけ様々な色が存在していた。

 雑草に半ば埋もれてはいるものの、鮮やかな黄色の花、朱色の実を付けた背の低い木、ごく普通の緑の葉をつけているのに根に近くなるほど赤くなる植物──

 そして、その植物たちは、その空間にだけ収まっている。


「薬草畑……だな」

 シェントロッドは軽く身を屈め、白い花に厚みのある葉をつけたサキラらしき植物があるのを確認した。これの、紫色の根が薬になるのだ。

 季節柄、花はそれほど多くなかったが、草だけでも様々なものが植わっていることがわかる。


 もう一度、身体を起こした彼は、ぐるりとあたりを見回した。

 そして、眉を上げる。

 黒々と、森の陰になっているのだと思っていた、畑の奥。

 そこに、一軒の家があった。黒々と見えたのは、木造の家が、炭になっているからだったのだ。


「火事……か?」

 シェントロッドは薬草畑を回り込み、焼け跡に近づいた。

 屋根は落ち、骨組みだけになった小さな家だ。すでに緑に埋もれつつある。

 玄関と思われるあたりから入ってすぐのところに、かまどの残骸があった。横長のかまどにいくつも口がある、レイゼルの店と同じタイプだ。


(ふん……まあ、普通に考えて、ここに薬湯屋が住んでいたのだろうな)

 シェントロッドは考える。

 アザネ村の人間族は長寿で、そしてそれは昔、腕のいい薬湯屋がいたからだとレイゼルから聞いた。ここで様々な薬草を育てていたのだと考えれば、しっくりくる。

(畑の希少な薬草は、その薬湯屋が持ち込んで植えたものだろう。レイゼルは、その薬湯屋から学んだわけか)

 しかし、どう見ても、ここはずいぶん前に焼け落ちた様子である。

 もし、ここに住んでいた薬湯屋が火事で死んだとすれば、レイゼルが学んだのはそれより前、かなり幼い頃のことということになる。

 火事から助かり、また別の場所で薬湯屋をやったなら、レイゼルはそこで学んだのかもしれない。しかし、この村には現在、薬湯屋はひとつだ。


(腕のいい薬湯屋は、今はどうしているのだろう)

 シェントロッドは考え込みながら、台所だった場所の奥へと進む。

 するとそこに、寝台の枠が焼け残っていた。

 大きな枠と、小さな枠だ。小さな枠があるということは、子どもがいたということだろう。


「なんだ」

 シェントロッドはつぶやく。

「レイゼルは、薬湯屋の娘だったのか?」


 しかし以前、この村の老人たちが長寿だという話をしたとき、彼女はこんな風に言っていた。

『……昔、この村にいた薬湯屋さんが、とてもよく効く薬湯を作っていたそうですから』

 もしその薬湯屋がレイゼルの親なら、あのように他人のような言い方をするだろうか。


(ここに住んでいた子どもは、レイゼルではないのか?)

 何がなんだかわからない。

 シェントロッドは軽く肩をすくめると、焼け跡を踏み越えて家の裏手に出た。 


 ふと気づくと、裏手のやや低まった場所にも、かつては畑だったと思われる場所があった。

 白と赤のまだらになった花びらの花や、縁がギザギザとした緑の葉、いくつかの植物が植わっている。

(隔離してあるなら、こちらが毒性の強いものかもしれないな。確かに、子どもが入り込んで花でも摘もうものなら危ない。触れただけでかぶれる草もあるというし。隔離して保護領にしたというのもうなずける)

 シェントロッドはその一角には触らないようにして確認する。

(薬湯屋に小さな子どもがいたなら、親はここに近づかないようにさせるのは大変だっただろうな)


 一通り見て回ると、シェントロッドは廃屋と薬草畑を離れ、村の方へと戻っていった。


 

 村長の家の近くで、シェントロッドとルドリックがばったりと行き会った。

「お」

「あ」

 二人は足を止める。

 ルドリックは軽く頭を下げた。

「どうも」

「ああ、ルドリック」

 シェントロッドは、通り過ぎようとした彼を呼び止めた。

「薬湯屋の店主のことで、話があるんだが」

「え、レイゼルの?」

「村の人々があの娘のことを、ずいぶんと心配しているようだったからな」

 淡々と続けるシェントロッド。

「あの薬湯屋は、水車で川と繋がっている。俺は界脈士だから、あの娘が俺を呼べば、川を通じて気づくことができる。冬の間、何かあれば俺を呼ぶように言っておいてくれ」

「え、あの、なんで俺に? ソロン隊長は、レイゼルのところに通ってるんですよね」

 戸惑うルドリックに、シェントロッドは視線を逸らしながら言った。

「そんなにしょっちゅう行くわけではないからな。ルドリックの方が頻繁に行くだろうと思ったまでだ。俺は守護隊の隊長だから、村民を守るのは当たり前のことだ、呼ばれれば仕事として行く」


(あっ)

 ルドリックはピンときた。

(この隊長、リュリュの策略にハマって、きっちり誤解してやがる)

 シェントロッドの言い方はいかにも、ルドリックがレイゼルの恋人である前提で、気を使ったものになっていた。頻繁には彼女のところに行っていないことをアピールしたり、行くにしても仕事で行くだけだ、ということを強調したり。


 せっかくなので、ルドリックはそれに乗ることにした。

「そうですよね、ソロン隊長はあいつのところ、そんなに行かないですよね」

「せいぜい、週に一度だな。薬草をもらいにいくだけだ」

「そうですか。俺はもうちょっと行くかな……あいつとは六歳の頃からの付き合いなんで」

 仲の良さをアピールしてみる。


 すると、シェントロッドが眉を上げた。

「六歳?」

「ええ。孤児院があるでしょう、レイゼルは六歳で孤児院にきたんで、隣に住んでる俺とはその頃から……」

「つまり、あの店主は六歳の頃に親と離れたのか」

「みたいですよ。亡くなったらしくて」

「そうか。死んだのか」

「ええ。あ、じゃあ、隊長が助けてくれることは俺から言っておきます」

「頼む」

 シェントロッドはうなずき、守護隊の隊舎の方へと立ち去って行った。


 ルドリックも自宅の方へと踵を返しながら、思わずニヤついてしまう。

(なんか、演技って、クセになるな)

 リュリュの気持ちがちょっとわかったような気がする、ルドリックであった。

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