第十八話 秋のキノコと根菜のスープ
冬場は雪の降るアザネ村では、春から秋の間に少しずつ、保存食を作る。
春に摘んだ山菜は、水煮や塩漬けに。夏のベリーはジャムに。秋のキノコや果物は干して。何種類かの根菜も、干しておけば冬の間くらいは食べられる。
肉は薫製や塩漬けに、牛乳はチーズやバターに。冬は獲れなくなる川魚も、はらわたを取って焼き干しに。内陸のアザネは海辺と違って浜風が吹かないので、いったん焼いてから干すのだ。
レイゼルも、ジャムと干し果物、干し野菜はたくさん作ってあった。村の人々と物々交換したり、一部は商人から買ったりして、冬の備えは着々と進んでいる。
薬湯に使うものも、しっかりと補充した。
「今年も水車が凍るかもしれないってことは、考えておかなくちゃね。うん、無理はしないでいこう。作れるものは作るし、作れないものは作らない。先に作れるものは作っておくし」
そんなことを考えていたとき、村長の息子ルドリックから、冬の間は村長宅で過ごしたらどうかという申し出があった。
「村の人も、雪が降った場合はここまで来るよりうちの方が通いやすいだろ。気軽に薬湯を飲みに来てもらえるんじゃないのか?」
彼の言うことももっともなのだが、レイゼルが元々家族というものが苦手だということを抜きにしても、それはなかなか難しかった。
「うん……。でも、匂いも出るし、私自身も自分の体調に合ったものを作って食べないと具合が悪くなって迷惑をかけるし……」
「まあ、そうやって周りに気を使ってると、お前って具合悪くなるもんな」
ルドリックも、半ばわかって言っているようではあった。そして、続ける。
「じゃあレイゼルは、ここで誰かと暮らす気もないのか? 結婚してさ」
「結婚は、うらやましいけど、私は考えてないなぁ」
レイゼルは当たり前のように言う。
「だってやっぱり、子どもはどうするってなるでしょ」
「やめておけ」
真顔で言うルドリック。レイゼルに子どもができたら、確実に寿命が縮む。
「子どもはいなくてもいい、っていう相手だったら?」
「あぁ、もうそういうこと気にしなくてもいい年になったら、誰かと暮らすのもいいかも。『ばあさんや』『はい、なんですか、おじいさん』なんて。キャッ」
(キャッ、じゃねぇよ)
枯れた発想に呆れながら、ルドリックは言った。
「まあ、いざとなったらレイゼルの老後はうちで面倒みるけどさ」
そこへ守護隊のシェントロッドがやってきたので、この微妙なテンションの話はここまでとなったのだが、思惑のあるルドリックはシェントロッドに聞こえるように、
「うちで暮らす件、考えとけよ」
と言い残すのは忘れなかった。
その日、レイゼルの仕事はシェントロッドに薬湯を作って終了したのだが──
その翌日。
「え、自分で、煎じるんですか?」
レイゼルは目を丸くした。
シェントロッドが急に、
「俺の薬湯を調合したものを、何日か分、包んでくれ」
と言い出したのだ。
薬湯屋の中、天井に近い位置から彼女を見下ろすシェントロッドは、不機嫌そうに言う。
「自分ではやらない。隊舎の厨房で煎じてもらうように話をつけた。土瓶もひとつ購入した」
「そ、そうですか。それじゃあ、調合だけしますね」
レイゼルは、薬草棚からあれこれと取り出しながら考える。
(守護隊の隊舎の厨房、のぞかせてもらったことがあるけれど、あそこでは香りを感じながら待つわけにはいかなさそう。あ、フィーロの町の方の隊舎なのかもしれないけど。でもどうして、急にそうすることにしたのかしら)
しかし、この男に気軽に質問することなど、なかなかできないレイゼルである。
(さすがに、アザネまで通うのが面倒になったのかも。私はホッとするけど)
こっそりそんなことを考えながら、サキラの根をほぐしていると、質問が飛んできた。
「そのサキラを手に入れたときに聞いたんだが」
「あっ、はい?」
振り向くと、長い足を持て余しながらベンチに腰かけたシェントロッドが続けた。
「アザネの人間族は、他の場所に比べて長寿なんだそうだな。何か理由があるのか?」
「ああ……」
レイゼルは、思い出すように宙に視線を泳がせてから、答えた。
「……昔、この村にいた薬湯屋さんが、とてもよく効く薬湯を作っていたそうですから。その頃に薬湯を飲んでいた人たちが、お元気なんだと思います」
「ふん」
相づちのような声を漏らすシェントロッドに、レイゼルは向き直った。
「隊長さんは、最近の身体の調子はどうですか? アザネの界脈には慣れました?」
シェントロッドは眉間を揉みながら答える。
「少しはな。しかしまだ万全ではない」
「そうですか……」
彼が赴任してからだいぶ経つのに、少し遅い気がするな、とレイゼルは思う。身体の弱い彼女でさえ、王都に行って二ヶ月で一応の体調は整ったのだが。あくまでも、基準の低い「一応」だったが。
「食事は、ちゃんとなさっていますか?」
「俺たちにその習慣はない」
「でも、たまには食べるんですよね?」
「薬湯がなければ食べているだろうがな」
「え」
レイゼルは驚いて手を止めた。
「もしかして、薬湯しか飲んでいないんですか!?」
「……別に、支障はないが」
じろりと彼女を見るシェントロッドに、レイゼルはあわてて説明する。
「その土地のものを食べないと! 薬湯の材料は、土地のものもありますが各地から集めているし……ええと……とにかく、アザネの界脈に身体を慣らすには、アザネの旬のものを食べるのが一番です。食べられないならアレですけど、食べられるなら、食べた方がいいです!」
「そうか」
シェントロッドは言い──
──二人の視線が同時に、かまどの方へと向いた。
そこには、鍋が一つかかっている。
(……今日の昼食のスープなんだけど……話の流れ的に、お勧めしないわけにはいかない雰囲気……!)
「……残り物ですけど、召し上がりますか?」
上目遣いに聞いてみると、シェントロッドが即座にうなずいたので、レイゼルは仕方なく火の熾っている方のかまどに鍋を移した。
鍋が温まってくると、ふんわりといい香りが漂い出す。滋味豊かなギュシの根とキノコ類のうまみが、いい出汁になっているのだ。他には、沼で穫れるグーセの根に、畑で穫れたジンニの根。
秋のキノコと根菜のスープである。
これらの食材は、乾燥した身体を潤し、寒くなるこの時期に病気を予防してくれるものでもあった。
(私も、一緒に夕食にしてしまおう)
レイゼルはスープを二つの器に分けると、鍋に残ったあるものを取り出した。
ゆでたまご、である。スープが沁みて、いい色になっている。
ナイフで二つに割ると、薄茶色になった白身の真ん中、煮込んだことでどこか引き締まった感のある黄身が、濃い黄色をさらした。
レイゼルはそれをスープに乗せ、ちぎったジンニの葉とキハムの木の実を飾った。
「どうぞ」
トレイに乗せて、ベンチに置く。
シェントロッドが器を手に取るのを確認してから、レイゼルもスツールに座った。しっかりと距離をとる。
(今度こそ、触られないようにしなくちゃね)
スープに、スプーンを入れる。
(黄身が溶けないうちに、たまご、食べちゃおうっと)
レイゼルはふうふうと冷ましてから、たまごを口に入れた。一口かじると、ぷりっとした白身、そしてほくほくの黄身が、口の中で絡まり合った。
細長いギュシの根は、繊維をたたいてから煮込んであるのでほろほろと崩れる。グーセの根はほっくり、そしてオレンジ色のジンニの甘み。キハムの実はほんの少しだけ、その油でコクを加えてくれていた。
レイゼルが自分の作ったスープにうっとりしているところへ、声がかかった。
「店主」
もちろん、シェントロッドである。彼は器とスプーンを手にしたまま、レイゼルを見ていた。
「は、はい?」
「この店は、ここで今後も続くのか」
「へ?」
レイゼルは驚いて目を見張ったが、ああ、と思い当たる。
(冬の間もやるのか、っていう意味ね)
「はい、ずっとやっていますよ」
「そうか。ならいいのだが」
シェントロッドは最後のスープを飲み干すと、言った。
「お前のスープは、どうやら俺の身体によく効くようだ。そこで頼みがある」
「な、なんでしょう」
「俺は週に一度、ここに薬湯を買いに来る。そのときに、スープも一食、食べさせてほしい。代金は払う」
レイゼルは目を瞬かせた。
薬湯は、客のひとりひとりに合わせて作る。しかし、スープは基本的に自分の食べたいもの、自分の身体に合ったものしか作っていない。ましてや売り物になどしたことがないので、それがいいのか悪いのか、イマイチわからないのだ。
「こんなスープに、お金なんて」
「他所から来た俺には、アザネに慣れるために必要なのだから、薬湯のように効くということになる。薬湯の一つと考えて料金を決めてくれればいい」
「はあ……」
(薬湯屋としては、お客さんの身体が良くなるなら、そうするべきだよね。週に一度だけだし……)
そう考えたレイゼルは、うなずいた。
「わかりました。ご用意しておきます」
リュリュの計画で、シェントロッドが薬湯屋に通う回数は大幅に減ったものの、つきあい自体は微妙に濃くなった感もある、この状況であった。
ごぼうとキノコ(数種類)は、いい出汁が出るので絶対。そこにレンコンとニンジン、松の実。彩りにニンジンの葉。
煮物系に入れるゆでたまごは最高に美味しいですよねー




