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ブックマーク、評価ありがとうございます。
元気がでました。
本日はもう1話頑張ります。
「ニナ何するのよ!」
「ふん、ちょっと押しただけ、派手に転びすぎ」
ニナと呼ばれた小さな少女は悪びれることもなく、それどころか突き放した少女を見下しているように感じる。
「ううっ」
だが、思うところがあるのか少女は、何も言い返さず、ゆっくりと立ち上がり俯いた。
俺はそれよりも先程から少女の頭上で黒い煙が渦巻き始めたことの方が気になった。
他の誰にも見えていない黒い煙が――
――あれって悪煙だよな。初めて見たが……ふむ、あの量なら日常茶飯事か……すぐに散るだろう。
「マリーっ、今ので分かったんじゃないか?
このパーティーで一番力の弱いニナがちょっと押しただけで倒れてしまうなんて全然ダメ。
もちろんカイルを庇ったケガの後遺症だってことはみんな知っている。
だからこそ、私たちは3ヶ月間だけの最も付き合いの短いマリーのために、全財産を出してできる限りの治療をしてあげたんだ」
気の強そうな感じのする女がマリーと言われる少女に近づいた。
「……」
「マリー分かって……もう無理なの、今のマリーの実力では……Aランクの私たちとではやっていけない。
そんな甘い世界じゃないことぐらい分かるでしょう?」
今度は派手な感じのする別の女が悔しそうに俯きそう言葉にした。
「あ、アルマ……」
――ふむ。
少女の体から頭上に立ち昇っていた黒い煙が、止まりつつあるが、先程よりも少しだが、確実に大きくなっていた。
「なっ、これで分かっただろう? これは皆の総意なんだ。諦めろ」
「サラ……」
「マリーのため」
「ニナ……で、でも教会でちゃんと治療してもらえば……またみんなと……」
マリーと呼ばれた少女はよほど固く拳を握り締めているのだろう。その拳からは爪が突き刺さり赤い血が滴れていた。
「はあ? マリー、あなたまだ言ってるの? それにあなたの治療にいくら掛かったと思ってるの?
そのうえまた後遺症を治す治療をって……そんな大金今の私たちにあるわけない。今の私たちは一文無しなのよ」
「Aランクの私たちでもすぐには無理。付き合えない」
「マリー。あなたは既にお荷物なの。もし危険な魔物に遭遇して貴方が逃げ遅れたらどうするの? みんなを巻き込むの? それとも……」
「カイルに庇ってもらえるとでも思ってるのか!!」
アルマの言葉を遮るようにサラが強い口調で口を開いた。
「ち、違う。私そんなつもりは……」
マリーと呼ばれる少女は今にも泣きそうな顔で首を左右に振った。
「サラ! 強く言い過ぎだ。すまないマリー分かってくれ。それに同じパーティーじゃなくても俺たちとはいつでも会えるよ」
今まで黙って聞いていたカイルと呼ばれたイケメンは、さりげなくマリーの頭を優しく撫でた。
――ほう。
するとマリーから出ていた黒い煙は出なくなったが、その煙は霧散することなくそのまま少女の頭上に留まっている。
――少し時間がかかるだろうが、悪煙はそのうちに消滅するだろう。しかし、気に入らんな……あのイケメン。
「カイルごめん。みんなも困らせてごめん」
マリーはメンバーに向かってペコリと頭を深く下げた。
――む!? あのメンバー……
「いいんだよ」と優しい言葉を返しているが、俺にはマリーが頭を下げてる時の一瞬、メンバー全員が笑ったようにも感じとれた。
――関係ないことだ、気にしてもしょうがない……か。
「分かってくれてありがとう」
「また、会ってくれる? その……みんなも?」
「ああ、当然だろ?」
そこで、そのパーティーは解散した、と言ってもマリーと呼ばれた少女だけが、ギルドから出ていった。
他のメンバーは報告のためだろう、カウンターに向かったので俺もエリザとさっさとギルドを出ることにした。
「エリザ、俺たちも宿に戻ろうか?」
「ええ」
エリザは何故かご機嫌ななめだった。それでも繋いだ手はしっかりと握り離さない、その行動が可笑しくもあり、可愛く思えた。
俺たちがギルドを出ると、辺りはすっかり薄暗い。
「宿が近くてよかった。それにもう夕食の時間だな」
「そうね」
「なあエリザ、女将の出す食事ってどんなのだろうな。
俺は、この世界の食べ物を初めて食べるから楽しみなんだわ」
「ふふふ、そう」
エリザは可笑しそうに笑っていた。クローは何でエリザが笑っていたか分からなかったが……すぐには理解することになる。
――――
―――
俺たちが宿に戻り女将から部屋のカギを貰うと、夕食の準備はできてますよ、と教えてくれた。
「そうだな、先にいただこうかな」
――部屋に戻ってまた食堂に行くのも面倒だ。
「はい、ではこちらに――」
女将に案内された食堂は意外に繁盛していた。空いていたのは入り口に背を向けたテーブル席が2つだけのようだ。俺たちはその1つの席に着いた。
食堂の方は繁盛しているだけあって数名の店員が忙しなく動いている。
「お待たせしました!」
店員の元気な声と共に料理が運ばれてきた。
「これが……」
夕食のメニューは硬いパンに野菜スープ、それに鶏肉みたいな何かの肉が塩焼きされたものだった。
ボリュームは結構ある。匂いも良かったのに、味は……
「うっ、薄い……味が薄い……それに、このパンは……硬い。これは……放ったらかしてカチカチになったフランスパンを更に硬くした感じ?」
「ふふふ、クロー何を言ってるのか分からないわ」
俺が顰めっ面でパンをガリガリ削りながら必死に食べていると、エリザは可笑しそうに笑っていた。
そして――
「パンはスープに浸して食べるのが普通なのよ。ふふ、あはは」
「……なるほど、よく考えてあるな」
――どうせなら早く教えてほしい……
エリザには余程面白かったのか、珍しく目尻に涙を浮かべ口を開けて笑っていた。
パンの硬さには不満だったが、エリザの楽しそうな笑顔を見て、偶にならこの世界の料理も悪くないと思った。
「でも、いま目指してる帝国の方になら、もっと美味しい料理があるはずよ」
エリザが言うには、ゲスガス小国は特に食文化が遅れている国らしく、この内容でも充分に良い方らしい。
慣れれば食材の味が活かされ食べられないことはなかった。
俺は早く食べ終わりエリザが食べ終わるのを待つ。
――男と女じゃ食べる速度が違うからな。そう言えば前世でも俺は早食いだった記憶があるな……
そんなことを思いつつ、エリザが綺麗に食べる姿を眺めていると、見覚えのあるハンター4人が入っていた。
「ギルドで見たハンターだわ」
「ああ、どうりで見たことあると思った。あいつら身につけている装備が変わってないか?」
「そういえばそうね? 豪華になってる?」
そのハンターたちはきょろきょろと食堂内を見渡すと空いていた、俺たちの隣のテーブルに座った。
そいつらは注文を取りに来た店員に料理を頼むと、直ぐに会話に夢中になり始めた。
――ふむ。
どうやら今日の儲け話のことを楽しく話しているようだ。距離が近いため、聞きたくなくても自然と4人の会話が耳に入ってくる。
もともと興味の無い俺は、再びエリザの食べる姿を眺めていた。
――ん? この感覚は……悪煙か……
もう1人、感じたことのある気配を感じた。
俺はそれとなく顔だけを入口に向けた。
――ふむ、やっぱりあのマリーと呼ばれていた少女だ。
その少女は食堂の中を見渡しながら食堂に入ってきた。
きょろきょろしている。誰かを探しているのだろう。少女はよく見渡そうと時折背伸びをしていた。
――ん? 何か手に持ってるな……紙? お!
俺と目が合った。
……がそのマリーの視線はすぐに隣のテーブルに向けられカイルと呼ばれていたメンバーに気がついた。
――ふーん。探していたのは此奴らか……
そして、マリーは足を引きずりながらも、嬉しそうにカイルたちのいるテーブルの方に向かってきた。
一方のカイルたち4人は、話に夢中で近づいてくるマリーの存在に気づかずにいた。楽しそうに会話が弾んでいる。そんな時――
「あぁ、やっと厄介払いができたな」
――ん?
少女マリーも男の声が聴こえたのか、首を傾けピタッと歩みを止めた。
「カイルもお疲れ様だったわね」
「あはは。それにしてもあの娘、ソロで活動していただけあって結構貯め込んでいたね。カイルが狙った通りだ」
「ああ、我ながら大当りでびっくりしたよ。ふははは、バカな女だったよ。ちょっと優しく声を掛けただけで俺の女になったつもりになってさ。装備を強化したいと言えばどんどん貢いでくれたよな。お陰で俺たちの装備は今や一級品になった」
「うん。この弓欲しかった」
「でも、あの時のカイルは浮かれて油断しすぎよ。幸いあの娘が庇ったから良かったものの……」
「すまんすまん。あのときは欲しかった装備が手に入って嬉しくてな、ついお前たちとハッスルし過ぎた。
3人同時はさすがに応えたわ。
お陰で寝不足だったんだよ……お前たちが俺を寝かさなかったのも悪いんだぞ」
「そ、そうだったわね」
「でも、まあ、良いじゃないか。
その結果、あの女をパーティーから追い出せたんだ。
俺を庇って負った治療費としてあの女の金は全て貰った……あの女から搾り取るお金はもうない、用済みだ」
「でも、カイルもよくやる」
「ふははは、まあな。俺たちは銅貨1枚すら出してない、しかも治療は最低限の一番安いポーションを掛けただけ、中途半端に治療したのに、よく生きてたよ……死ぬものだと思ったが、思いのほかしぶとかったな。
まあ、後遺症が都合よく残ったからいいんだけど……
あの女も最後に大好きな俺を庇えたんだ、本望だろうぜ。ははは」
「そうだぜ。田舎娘風情が、調子に乗るから悪いんだ。
あれで、私たちのカイルに抱かれる気満々だったからな。はん!」
――おいおい。なんて奴らだ……しかし、あの少女も……ん!?
少し気になり少女に目を向ければ俯いている。その表情は見えないが、体が小刻みに震えている。
――泣いているのか?
それに、頭上の悪煙は先程見ていた時よりも、更に大きく渦巻き、黒い雲のようになりつつあった。
「本当よね。ぷふっ! カイルに抱かれる前にグリズベアーに抱かれちゃって……右肩から左足までツメで削られたわね。
嫌味ったらしく強調していたあの両胸まで失って……いい気味よ」
「胸が大きかったのが悪い。これでもう女として終わり。ふふ、それなのに「また、会ってくれる? それにみんなも?」……笑っちゃう。まだ、カイルに色目を使うつもりだった」
「そうね、カイルのついでに私たちにまで、自分の連絡先を寄越そうとして……誰が会うものかってね、用済みよ、用済み」
――くっ、ぅぅ……
カイルたちの残酷な言葉の数々に刺激され俺の前世の記憶が過った。あれは、そう――
信じていた同僚と彼女に裏切られ、職を失ったあげく無一文になった記憶。その時は……誰かに……
――くっ……もう済んだことだ……
俺は頭を振り意識をしっかり持ち直した。
――それよりも……
そうこうしている間にマリーは、何も言わず踵を返し食堂の入口に向かい始めていた。食堂から出ていくみたいだ。
頭上の悪煙は、もくもくと激しくうねり黒い雲へと変わりつつ少女の頭上をついていく。
――これで……いいのか……
前世の記憶に引っ張られた俺は、少女のことが気になり放っておくことができなくなった。
――悪煙が……これは不味い。
当の本人たちは次のターゲットを誰にしようか、楽しそうに計画を立てていた。とんだクズだった。
「エリザ!」
「ええ、分かってるわ!」
エリザも俺と同じく隣のテーブルからの声を聞いていたらしくエリザは不機嫌に返事をし、隣の席をずっと睨みつけていた。
幸いカイルたちは話に夢中でエリザの睨みに気が付いていなかった。
――今はこいつらより……あの少女だ。
俺たちは女将に少し出てくると声を掛け、マリーを追うべく駆け足で食堂を出た。
――どこだ!
外に出てすぐどこに居るのか気配を探ろうかと思ったが、その必要はなかった。
マリーは食堂の入口の横、壁際に膝を抱え座り込んでいた。何やらぶつぶつ1人で呟き少し不気味な雰囲気を漂わせている。
「クロー」
「ああ。任せろ……おい、大丈夫……」
タイミング悪く俺が声を掛けようとしたところで、マリーの頭上にあった黒い雲が、グネグネと激しくうねり出し眩い光を放った。
その瞬間、バサリッと何かが落ちてきた。
――む!
「え!」
エリザは驚愕していた。口を開いたり閉じたりと何やら言いたそうだが、言葉が出ないようだ。
「……め…」
――これは!!
「ダメよ!!」
エリザがやっとの思いで口を開くもその声は少女の耳に届いていなかった。
虚ろな瞳をした少女は無意識だろう、その落ちた物へと手が伸びていた。
「それは悪魔大事典なのよ!!」




