第十七話『番』
「怯えさせてしまったようだ。 すまない」
低く、けれども落ち着くような声色が、気遣う様に声を掛けてくる。
「大丈夫です、えっと……お花ありがとうございます」
人生で花束なんて初めてもらったかもしれない。
緊張続きだったからかな、優しい花の香りがふわりと身体を身体を包み込む。
「あれ……?」
ぽたりぽたりと花びらの上に水滴が落ちて、無意識に泣いている自分に気が付いた。
「なんで? ここ数年ほとんど泣いたことなんて無かったのに……」
花束を持っていないほうの袖でごしごしと顔を拭いたけれど、一向に止まる気配がない。
守るべき家族と引き離されてしまったことで心のダムが決壊してしまったのかもしれない。
「おい、そんなに拭いたら目を傷める」
「えっ……」
ヴォルフと呼ばれた狼獣人に抱きしめられてその胸元のふわふわの毛に顔が埋もれた。
「ちょっ……ヴォルフ」
シェリナさんがヴォルフさんを制止しようと声をかけたけれど、身体が冷え切っていたこともあり、不覚にも温かなヴォルフさんの体温に本格的に感情のはどめが決壊してしまった。
後から初対面の男性のむ、胸元に顔をうずめて泣きわめくという、年頃の乙女にあるまじき大失態に盛大に羞恥に身もだえることとなるのだが……一度火が付いた涙は自力では止められず、そのまま泣きつかれて眠りに落ちたのだった。
腕の中で眠りに入ったものの、時々泣いていた余韻でヒクヒクとした呼吸をする小さな少女を抱きしめながら、ヴォルフはこれまで感じたことがない幸福感に浸っていた。
「シェリナ……この子は……俺の番だ」
「そんなことだろうと思ったよ、いつも冷静なあなたが、いきなりブラッディーベアに突撃していくんだもの、ねえ?」
「そうですね、驚きました」
「ひとりで突然動かれても、ワシらの足では狼獣人の機動力にはついて行けんからの」
魔族のアスタリとドワーフのガイズがシェリナに同意する。
「すまない、番の危機に完全に我を忘れていた」
「獣人と竜族は番至上主義だからねえ、この世界で本当に逢えるのか、どこにいるかも分からない番を捜そうとするのはあんたたちくらいだよ」
ダークエルフは寿命が長いが、シェリナは番に対する欲求が獣人や竜族に比べて希薄なのだ。
そしてそれは魔族のアスタリとドワーフのガイズも同じで、特にドワーフ族は多種族と結婚するのを良しとしないもののほうが多いのだ。
だから獣人と竜族が番至上主義であるという知識はあれど、その衝動は計り知れないのだ。
「しかしヴォルフ、この嬢ちゃんは人族でしかも子どもだ……人族は番を感じ取ることが出来ないのは知っているだろう?」
窘めるように話すシェリナの真剣な瞳をヴォルフは見つめ返す。
人族を番として認識した獣人族と竜族は大きく四っつの人生をたどる。
それは自身を番と認識できないのを承知でいつくしみ、自身の執着を押し殺して愛を築いて幸せになる者。
執着から暴走して拉致監禁し、拒絶に耐えながら過ごす者。
愛を得たい一心で番の願いを叶えようとするあまり、番とともに身を亡ぼす者。
それでもまだ番に出会うことが出来た者はまだ幸福なのだと彼らは言うのだ。
出会えないだけならばまだいい、ぽかりと心に空いた穴が番を求め続けるだけだから。
問題なのは、認識した番を失うことなのだ、死別にしろ別離にしろ番を失った獣人も竜族も狂い最終的には消失感に堪え切れず死を迎える。
獣人ならばまだ高位冒険者なら仕留められるが、狂った竜族は厄災だ。
野生のドラゴンですら国家騎士団が高位冒険者を導入して討伐する必要がある、狂った竜族は知能が高く能力も高いため討伐は困難を極めるのだ。
「接し方を間違えないようにね、仲間を手にかける事態はごめんだよ」
「あぁわかっている……決して失わない……」
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