64.アランと朝練
いつも通り、6刻前に起き厨房まで散歩する。
ふと窓の外を見ると、アランがどこかに行くのが見える。
今朝は朝からちらちらと雪が降ってるのに、どこに行くのかしら?あっちは、演習場と私兵団寮ぐらいしかないわよねぇ〜。
気になったので、コートを着て後を追いかける。
アランは演習場で、素振りをしていた。その姿は昨日のチャラさは一切なく、真剣な表情で剣を振っていた。
うわぁ〜なんてきれいな剣筋なの……。
私なんて、未だにブレブレでナンシーに注意されるのに。
昨日のチャラさなんて、全くないわね。
あの真剣な目……格好良い……。
ボーッと眺めていると
「こんなに早くにどうしたの?」
アランに話しかけられた。
「あっ、お、おはよう。アラン。どこかに行くのが見えたから、気になって見にきたの。ごめんなさい」
「おはよ。そうなんだ。別に謝る事ないよ、可愛い子の応援は大歓迎だよ」
ウインクをしながら、そう言うと近くのベンチーーBBQの時の丸太が置きっぱなしだったーーに座りタオルで汗を拭くアラン。
「あっ、はい、コレどーぞ」
ストレージからタオルと特製スポーツドリンクを出して渡す。
「えっ、ありがとう。わっ!冷たい……ストレージだよね?」
「あっ、私のストレージ、Sで時間停止機能があるの」
「へぇースゴいスキル持ってるんだね〜。あっ、俺の横で良いなら座って…ゴクッ…美味い。これは?」
アランの横に、ちょっとドキドキしながら座る。
「えーっと、私が作った特製スポーツドリンク。リモンとハチミツと塩を入れたものだよ。汗をかいた時は水分だけじゃなく、塩分も取ったほうが良いから」
「へぇーそうなんだ。あとで、このドリンクの作り方教えてくれる?」
アラン、首を傾げて聞いてくるのはあざといわよ。
それは、反則だわぁ〜。
「う、うん、もちろん。あの、私も教えて欲しいんだけど、どうやったらアランみたいに剣筋がきれいにできるの?」
「あー、ジョアンも訓練してるんだっけ?今は、どんな訓練やってるの?」
「えっと、演習場10周、腕立て100回、足上げ腹筋100回を3セット。それと片手剣の素振りを左右各50回」
「えっ?マジで?」
「うん、マジで。で、素振りがいつもブレてナンシーに注意されるから、アランみたいになりたいの」
「5才でそれだけ出来たら十分だと思うんだけどなぁ。剣がブレるのは体幹が弱いんだと思うよ。ちょっと振ってみて」
ストレージから愛用の片手剣を出して、素振りをしてみる。でも、やっぱり剣先がブレる。
「やっぱり、身体が揺れてるよ。それに肩に力入りすぎ、振り方はこう」
説明しながら、アランは後ろから私の握っている剣を私の手ごと軽く握り振り方を教える。
ちょっと、ちょっと待って、これって文字通り手取り足取りってやつじゃないのぉー。
いや、アランは好意でやってくれてるわけだし……でも、自分の顔が赤くなるのがわかるわ。これ、絶対見せられないやつ!!
落ち着けー、落ち着け私。平常心、平常心…。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。
「ねぇ〜、ジョアン聞いてる?」
耳元でアランに話しかけられる。
「ひゃい!」
ヤバい、ヤバい……。耳元はヤバいわ。
おばあちゃんの心臓に悪いことしないでおくれよ。
「クックックッ、耳まで真っ赤だよ。可愛い」
「うぅー、アラン兄様、うるさい!」
「あっはははは。良いねぇ〜その、アラン兄様って。今度からそう呼んで。まぁ、ともかく体幹を鍛えた方が良いよ。クックッ」
その様子を見ていた人物がいた。
「あっ、ジョアン様だ。こんな朝からどうしたんだろ?」
マーティンが目敏く、ジョアンを見つける。
「ん?ってか、誰かと一緒だ。えっ?男だぞ」
マーティンに言われて、ガンも外を見る。
「えっ?あんなに近くに座って…誰だよ」
「ジョアン様に素振りさせて…お、おい、なんで後ろから抱きしめてんだよ!」
「ちょ、ちょっと離れろって!俺、ちょっと行ってーーー」
「お前ら、朝からうるさいぞ。何やってんだ?」
ナットが頭を掻きながらやって来る。
「いや、だってジョアン様にどっかの男が…」
マーティンがナットに説明する。
「あっ?何?ジョアン様が、どこだ!?」
「ほら、あそこ。丸太の所っす」
ガンが、外を指差す。
「ん?あれ?アイツなんでここにいるんだ?」
「えっ?ナットさん、知ってるんですか?」
「あぁ、学院の一個下の後輩だよ。ロンゲスト伯爵家の長男、アランドルフだ」
「「伯爵家…」」
学院で先輩の上に、貴族となれば平民のマーティンとガンは、それ以上何も言えなかった。
ナットが外に行くのを見て、マーティンとガンが後ろをついて行く。
「おーい、アラン。ジョアン様ー。何してんだ?」
「あっ、ナットさん。おはよー。マーティンさんとガンさんも、おはよー」
「「「おはようございます、ジョアン様」」」
3人が挨拶をする。
「誰かと思ったら、ナットさん。おはようございます」
「で、何でここにアランがいるんだ?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?ジョアンは俺の従姉妹ですよ」
「「「従姉妹ーー?」」」
3人が驚く。
「あー?聞いてねーよ。もしかして昨日大旦那様達と一緒に来たのか?」
「そうです。で、いつもの朝練してたらジョアンが来て、素振りのやり方教えてたんですよ」
「「はぁー、素振りか…」」
またもマーティンとガンが同時に呟く。
「えーっと、そちらは?」
アランドルフがマーティンとガンの方を見る。
「あー、コッチがガンでノエル様の同級生。で、コッチがマーティンでジーン様の同級生。2人とも私兵団なんだ」
「ガンと申します。宜しくお願いします」
「マーティンです。宜しくお願いします」
「うん、宜しくね。ノエル、ジーン、ジョアンがお世話になってるみたいだし、俺とも仲良くしてよ」
「「はい!!ありがとうございます」」
「ガンさん、マーティンさん、アラン兄様に虐められたらすぐ私に言ってね!」
「ジョアンに言ってどうするんだよ?」
そう言いながら、ジョアンの頬を優しくつねる。
「んー、私じゃ勝てないから……お祖母様に言う!」
「お、おい、それは反則だろ。あっ、こら、待て!」
「じゃあねぇ〜、ナットさん、ガンさん、マーティンさん。きゃーーー」
アランに追いかけられ、屋敷に戻る。
2人が去って行くのを見ながら…
「俺、あんなにはしゃいでるアラン初めて見た……」
ナットが呟く。
「「えっ?」」
「あいつ、伯爵家だし、あの顔だろ?すげぇ女の子に人気なんだよ。いっつも手紙やら贈り物やら持った女の子が待っててさぁ。俺も最初はいけ好かねー奴だと思ってたんだ。でも、あいつ一切受け取らねーんだよ。さっきみたいに、毎日自主的に朝練やって、群がる女の子達に笑いもかけねーんだぜ。【水】属性ってのもあって、騎士科ではあいつのこと『氷の貴公子』って呼ばれてるよ」
「「『氷の貴公子』」」
「あっ、俺聞いたことあります。騎士科の中でも優秀な生徒だって」
ガンが思い出す。
「あぁ、それだよ。なのに、さっきジョアン様と一緒の時は年相応というかあんな優しそうな笑顔出来るんだって思ったよ」




