479.顔がアツい
「………可愛い」
カズール先輩がボソッと呟いた。偶然、誰も話していないタイミングでの呟きは、全員に聞こえた。ただ、どういう意味だか分からず同時に聞き返す。
「「「「は?」」」」
「えっ、あっ、いや、その……ジョアン、あっ、ちが……ふ、副隊長の妹君は可愛い」
独り言を言ったつもりのカズール先輩は、意に反して周りに聞こえてしまった事、そのつぶやきに対して皆んなから聞き返された事に動揺したらしい。
「あれ?班長、知ってるんすか?」
「騎士科で何度か会話している」
「「「えっ?」」」
「もしかして、ジョアンってあのジョアンちゃん?」
「あれ?ヘイデンさん知ってんすか?」
「知っているも何も、俺たちも騎士科だったし」
ヘイデンさんの話によると、やはり女子4人は騎士寮で目立った存在だったようで、何度か話しかけようと試るもヴィーからの妨害でチャンスを潰されていたらしい。ちなみにヴィー、カズール先輩、ヘイデンさん、シェルトンさんは同級生だけど、クラスが違ったそうだ。マットさんは、彼らより一つ下だけどもちろん騎士寮で会ったことはあるらしい。知らんけど。
「マジか!あのジョアンちゃんが副隊長の妹……」
「そりゃ、釣書を破り捨てるわ」
「俺でもそうする」
「……そこまでの子なんすか?」
「ん?ショウは学院には行ってないのか?」
「えっ、あっ、行ってるんすけど文官科なんですよ」
「あーなるほど」
騎士科だなんて言ったらバレるので、とりあえず文官科ということにしておいた。
「あー、ジョアンちゃんがそこまでか?という質問だけどな……そこまでの子だ!!可愛いし、気遣いできるし、料理も美味いらしい。しかも……」
「しかも?」
「エロい!」
「は?」
「身体付きもそうなんだけど、すれ違った時にフワ〜ッと良い匂いがするんだよ!」
「へ、へぇー。あの〜班長さんもそう思うんですか?」
ヘイデンさんが本人がいるとは知らず、過大評価してくれるけど、私的にはカズール先輩の評価が気になる。
「俺は……貴族令嬢にも関わらず、自分の目標と意思をハッキリ持っていて、それに向かって諦めずに努力する姿は尊敬するよ。それに、確かに料理は美味い」
「何!?班長……いやここは同級生として言わせて貰う。カズール、お前ずりぃー!!」
「あれ?そういや卒業パーティーの時、お前一緒に踊ってなかったか?俺たちはヴィーに言われて、踊る事も出来なかったのに!」
「あーもー煩い。踊ったよ。Aクラスの卒業記念品として、騎士科の女子4人とのダンスを希望したからな」
「「Aクラスのクソがっ!!」」
ヘイデンさんとシェルトンさんは、Bクラスだったのでダンスが出来なかったことが悔しかったらしい。その話を笑いながら聞いていたマットさんがカズール先輩に聞く。
「じゃあ、班長は『騎士科四姉妹』と踊ったんですか?羨ましいですよ」
「……ってない」
「「「「はい?」」」」
「だから、ジョアンちゃんとしか踊ってない……」
「「「「………」」」」
カズール先輩の言葉に、私はもちろん何故かヘイデンさん達までが黙ってしまった。しばらく焚き火の爆ぜる音だけが聞こえ、意を決したようにヘイデンさんが話し出す。
「……うん。これは、副隊長に報告案件だな」
「「うん」」
「止めてくれ!!」
「いやいや、それは無理でしょう?班長殿〜?」
「「うんうん」」
そんな話が繰り広げられているが、私はそれどころではなかった。顔がアツいのが、カズール先輩のせいなのか焚き火のせいなのかわからない。ともかく、場の雰囲気を変えないといけない。
「あ、あの……もう日付変わった時間ですし、良かったらここで仮眠取ったらどうですか?なんなら俺も一緒に、見張りしますんで」
「いや、そこまでしてもらうにはいかない。まあ、確かに一度仮眠を取った方が良さそうだ。マット、ショウのテントの横に班のテントを設置してくれ」
「はい。……あっ」
「どうした?」
「すみません。テントの天幕部分を忘れてしまいました」
「おい、マット〜。支柱だけじゃ意味ないぜ」
「すみません……」
「まあ、しょうがない。今日は、外で野宿だな」
テントは1番年下のマットさんが担当だったらしいが、支柱だけ持って来てしまったのだという。骨組みがあっても天幕部分がなければ雨風が防げない。今夜は星がきれいに見えるけど、やはり外で寝るのは寒すぎる。
「あの、俺のテントで良かったら使って下さい。外で寝て風邪でも引いたら大変ですよ」
「いや、しかし……良いのか?」
「はい。どうぞ」
先に、見張りに立つのはマットさんとシェルトンさんという事で、カズール先輩とヘイデンさんをテントの中に案内する。
「あっ、靴は脱いでココに置いて下さい」
「うわ、なんだ?テントの床がふわふわしてるぞ」
「あー、床にクッション材を敷いているんです。そうすれば底冷えもないですから」
「なるほど。だが、こんなものどこで売っているんだ?」
「えっと、ジェネラルのジョウ商会で見つけました。1人用のサイズもありましたよ」
「それは良い事を聞いた。副隊長にお願いしよう」
クッション材は、前世であったようなウレタンのマットのような物。中身は討伐の際に買い取りに値段がつけられなかった魔獣の毛皮など。それをジョウ商会で安く買い取り、孤児院の子達がせっせと詰めて作っている。売り上げの一部は、孤児院にいくので皆んな頑張って作ってくれる。
「じゃあ、おやすみ」すぅすぅすぅ……。
「えっ、ヘイデンさん早くないっすか?」
「あぁ、こいつの特技だよ。どこでも短時間で寝れる。ただ、一度寝たらなかなか起きないけどな」
シュラフに入って速攻寝たヘイデンさんの頭を小突くカズール先輩。小突かれたヘイデンさんは「んがっ」と言っているが、起きる気配はない。
「じゃあ、俺らも寝るか」
「はい。おやすみなさい」
「あぁ。今日は、本当に助かった。おやすみ」
………って、寝れるわけねーー!!
私の隣でカズール先輩が寝てるっていう状況で寝れるなんて、無理むりムリー!!
って思っていたのに、私の神経は図太かったようでいつの間にか夢の世界へ旅立っていました。




