475.くノ一
番頭さんに案内されて、商談室に入って来たのは……。
「急な訪問をお許し下さいませ。わたくし、エグザリア王国、マーガレット・ランペイルと申します。この度は、娘ジョアンがお世話になっております」
「「「っ!!」」」
「やっぱり……」
ベルデを伴ったお母様だった。私は文の返信を待っていただけなのに、何故か本人が来るという状況。しかも、どうやって私と一緒にいるはずのベルデに連絡をつけられるのか謎。先程、店内を案内して貰っている時は、後ろについていたはずなのに。お母様がチグサ様達に挨拶をしている間にベルデに聞く。
「どうやってお母様と連絡を取っているの?」
『ドーラですよ、ジョアン様。ジェネラルにいるドーラが私と連絡を取れるのです』
「えっ?ドーラちゃん?あっ、そっか。マンドラゴラと緑の精霊だもんね」
『左様でございます』
ドーラちゃんは、ジェネラルのお母様の執務室でお留守番中。まさかお母様の指示に従っているとは思わなかった。
まぁ、でも私が逆らえないお母様に私の契約獣達が逆らえるはずもないよな。皆んなお母様にも服従してるし。
ん?ってことは、お母様が最強なのでは?
「ジョアン?」
「は、はい!」
「こちらの越後屋さんの商品で定期的に購入したい物があるのでしょう?それをリストアップしなさい」
「はい、ただ今!」
私は、調味料や食品の欲しい物リストを作っていく。その間に、お母様はテーブルに広げられたジョウ商会の商品をチラッと見ると自分のマジックバッグーーお母様のはクラッチバッグタイプーーから、瓶を何本か取り出す。
「こちらは?」
「こちらからエグザリア国バリスト領産のワイン、バースト産の30年ものの梅酒、ジェネラル産のどぶろくですわ。宜しければ試飲は、いかがです?……ジョアン、おつまみを何か」
そう言われて、リストアップを終えた私はストレージからワインにはクリームチーズとドライフルーツのカナッペ、梅酒には
玉ねぎのオウメとキャッツブシ和え、どぶろくにはチーズのナミダサビセウユ漬け。
「おっ、これは……」
「あら、飲みやすいわ」
「ええ、いくらでも飲めますわ」
それぞれ試飲ごとに口を水ですすぎながら、全てを試飲した皆さんはとてもいい顔で頷いた。
「ぜひ、こちらの商品を我が越後屋で取り引きさせて頂きたい」
「ありがとうございます。では、こちらのリストアップされた商品をジョウ商会で取り扱いたいのですがいかがでしょう?」
「ええ、もちろんです。これから宜しくお願いします」
チグサパパとお母様は、ガッシリと握手をして交渉が妥結した。その後の契約に関しては改めて書類等を準備してからということでお母様はベルデの【転移】で帰って行った。
「いやいや、噂にたがわぬ仕事が出来るお方だった」
「ええ、しかも『幻の果実』まで頂いてしまったわ〜。どうしましょう、うふふふふ」
「ジョアン嬢のお陰でいい取り引きが出来ました。何か望みがあれば何なりとお申し付け下さい」
「では、1つお願いがあるのですが」
「なんでしょう?」
「先程から天井裏にいらっしゃる女性とお話しをしたいのですが」
「「「っ!!」」」
お母様を見送った後ぐらいから、天井裏に人の気配を感じた。殺意は感じなかったので、どこかの諜報機関の人間なのかと思っていたがいつまで経っても離れない。戻ってきた精霊ver.のベルデに確認しに行ってもらうと、私の運動着ーー忍び装束ーーを着た女性だとわかった。それを聞いて、マジもんのくノ一だ!と内心テンション爆上がりの私だった。
「下りて来なさい!!」
チグサパパが言うと、音もなく下り立った忍び装束の女性は、片膝をついて……ではなくて、土下座をしていた。
「も、申し訳ありませんでしたー!!」
「何故、天井裏にいた?そんな指示を誰がした!!……ジョアン嬢、申し訳ない。これは私の不徳の致すところです」
「許します。理由をお伺いしても?」
萬屋は、表稼業として商品の販売をしているが、裏稼業では情報も扱っているそうだ。そして忍び装束の女性は、裏稼業の越後屋所属の諜報部員だった。
その女性、ミヤビさんの説明によると、エグザリア国からの使者であり “食の女神” である私に興味を持った。ゲンタさんの店でも見たことのない美味しそうな料理を目にして、更に興味を持った諜報部員達は1番下っ端のミヤビさんに天井裏から見てこいという指示を出したらしい。
「なんてことを……。お前達は、旦那様とお客様の信頼関係を壊すつもりか?」
「「「「「「申し訳ありません」」」」」」
諜報部員の長は番頭さんで、只今、絶賛説教中。目の前には、正座をさせられているミヤビさん他5名の諜報部員。
「旦那様、ランペイル嬢、大変申し訳ありません。この失態につきましては全て私の責任でございます。今すぐ、この命にかえーー」
シュッ…。
小刀で自死しようとした番頭さんに刃を潰したクナイを投げ、小刀を弾く。その小刀は、正座をしている諜報部員達の前に刺さっている。
「自分の命をそんな簡単に扱わないで!あなたが自死する事で、今後この人達に負い目を背負わせたいのですか?責任を取るのであれば、この人達をちゃんと教育するのがあなたの務めではないのですか?それに、私には何も実害はありません。だから、どうか自分の命を粗末に扱わないで」
「申し訳ない、ジョアン嬢。ハンゾウ、ジョアン嬢の言う通りだ。命をかけるのであれば、此奴らを指導し直せ」
「はっ!」
諜報部員は、私達のやり取りを呆然と見ていた。その表情がハンゾウさんの気持ちを考えてないとわかり、無性に腹が立った。
「この方達への罰は、私に任せて頂けませんか?」
「ジョアン嬢に?」
「ええ。それから、どこか訓練場などありませんか?」
「あぁ、それであれば我が家の裏の道場を使えば良いが……」
「ありがとうございます!では、早速」
道場に移動した私とチグサパパ、チグサ様、ハンゾウさん、そして諜報部員達。
「では、1人ずつ私と打ち合いをしてもらいます。相手を戦闘不能にしたら勝ち。私に対して遠慮はいりません。それから、多少の傷なら私の従僕が治せますのでご安心ください。……では、左の方から」
打ち合いをする前に、相手を【サーチ】し弱点を探る。そして【転移】などを駆使して、1人に対して5分程で相手の意識を狩っていく。2人目が倒れた頃からチグサパパやハンゾウさんは、諜報部員達を応援し始めるも、30分程で全員が床に伸びていた。そこに容赦なく【アクア】の冷水を掛けて、全員を起こす。
「私に聞きたい事があるのであれば、普通に聞きに来て下さい。もし、同じようなことが繰り返されるなら………潰す」
「「「「「「はいっ!!」」」」」」
その後の事は、チグサパパとハンゾウさんに任せて、私は越後屋を後にした。




