464.サナダ家
「お初にお目にかかります。エグザリア王国、ランペイル辺境伯が長女、ジョアン・ランペイルと申します。急な来訪の無礼をお許し下さい」
そう挨拶し三つ指をついてお辞儀をする。皆さんがどんな顔をしているかわからないけど、息を飲んだ気配はした。
「頭を上げなさい。丁寧な挨拶をありがとう。まさかエグザリア王国の令嬢が、東の国式の挨拶ができるとは驚きだ。ようこそ東の国へ。ワシはサナダ家当主、サイウン。隣は妻のサチコ、そしてジョアン嬢の向かって左側にいるのが息子のシラヌイと嫁のリッカ。右側が孫達で上から、セイカ、タイキ、ケイだ」
顔を上げると、皆さんはニコニコとこちらを見ている。そして、驚くことにファンタズモの乾物屋のさっちゃんまでが綺麗な着物を着てニコニコではなくニヤニヤと笑いながら見ている。
「まあ、堅苦しい挨拶はその辺にして、母上もタイキもジョアン嬢に言わなきゃいけない事があるでしょう?」
シラヌイ様がさっちゃんとタイキさんに言うと、2人はニヤニヤ顔を止めてバツが悪そうな顔をした。
「ジョアンちゃん、ほんまごめん。騙すつもりはなかったんだ」
「嬢ちゃん、堪忍な。言おう言おうと思ったんやけど、ついな」
「えっと、あの、2人が東の国の方と言うのはお父様は……」
2人に騙されたってことよりも、私は気になることが……。2人は、東の国の人。それなのに、さっちゃんはエグザリア王国に住み、タイキさんは商人として我が家の《影》として動いていたりする。エグザリア王国としたらスパイ行為と受け取られてもおかしくないし、ランペイル家が容認していることで反逆罪と思われても仕方がない。
「ああ、旦那はんは知っとるで。ほんで、嬢ちゃんが心配してるかも知れへんけど、ウチらのことはエグザリア王国の王族も容認済みや」
「えっ!?」
「元々、レティはんとリンジーはんは、ウチが留学している時から友人やし」
「だとしても、東の国の公爵夫人がファンタズモに住んでるのは?」
「あー、それは息抜きや。最初は、誰かさんが他のおなごにうつつ抜かすよって、頭に来て家出やったんやけどな。なぁー?」
さっちゃんの言葉に、サイウン様は目を逸らし他の人たちはサイウンさんをジト目で見ていた。
要するにさっちゃんは皇太后様とお祖母様と友人で、サイウン様が浮気したので家出した。家出先が他国というのはやり過ぎのような気もするけど……エグザリア王国で皇太后様ーー当時は王妃様ーーと再会し、愚痴ったところお祖母様に話がいき、ファンタズモで傷心を癒したらしい。その後、仲直りはしたけど公爵夫人として務めで疲れた場合は、リフレッシュとしてファンタズモに来るらしい。知らなかったが、あの乾物屋はさっちゃんがファンタズモに来た時だけの期間限定ショップだったそうだ。私と知り合ってからは、私がファンタズモに来る時に合わせて東の国から来ていたそうだ。
「俺は、ばあちゃんが最初に家出した時に一緒にエグザリア王国について行ったんだ。その時、アレクサンダー様とスタンリー様と知り合った。2人に遊んでもらっている時に、俺のスキル【変化】のことを教えたんだ。そしたら、そのスキルを使えば立派な間者にもなれるなって言われて、その時は笑い話だったんだ。でも、こっちに戻ってきてもその言葉が頭から離れなくて……。ばあちゃんに相談したら、この国とエグザリア王国の橋渡しになれば良いと。だから、今の俺はエグザリア王国ではランペイル家の《影》として、東の国では公爵家次男であり諜報部員として活動しているんだ。あっ、もちろんこのことは両国の王族の容認済みだから」
「そんなことが……。でも、それって二重スパイになるんじゃ」
「あー、まあ側から見ればそう思われるかも知れないけど、そこはちゃんと契約済みだよ。お互いの国に対して、不利益な事は話せないように契約魔法で縛られているから。しかも、その契約魔法は、両国同時に解除しないと解けないようになっているしね」
タイキさんは、エグザリア王国と東の国の二国間限定の裏外交官。書類に残せないような外交ーー関税なしの物資などのやり取りなどーーを担当しているらしい。タイキさんの裏の顔を知っているのは、東の国では王族とサナダ家のみ、エグザリア王国では王族とランペイル家のみ。
「エグザリア王国と東の国が、そこまで密な関係性だったなんて知らなかった」
「まあ、ウチの国の王妃様は、アレクサンダー王が溺愛しとった妹やし。その旦那の国王は第二王子やったから心配したんやろ」
「シスコンパワー、半端ない」
あれ?じゃあソウヤがエグザリア王国で平民ってのは、なんで?東の国の公爵家の縁者でしょ?
「あっ、ちなみにソウヤが平民なのはナオが、エグザリアの商人に嫁いだからやで。元々、ナオはウチの実家の分家の伯爵令嬢やったんやけどな。ちなみにウチは見てわかるように、侯爵令嬢や」
「いや、全くわからん。あっ、すみません」
普段通りにさっちゃんに軽口をたたいたが、ここは我が家より格上の公爵家でさっちゃんは公爵夫人だということを忘れていた。それを思い出し、謝るもサイウン様をはじめとした公爵家の皆さんは、笑いながら「気にするな」と言ってくれた。
「ジョアン嬢のことは、サチコとタイキからよく聞いている。なんでも料理が絶品で、エグザリア王国では "食の女神” と言われているらしいのぉ」
「いや、あれは私の功績ではなくーー」
「わかっておるよ。それが前世の記憶だとしても、それを活かして広めたのはジョアン嬢だ。誇っていいんだ」
「誇っていい……」
「ああ。きっとジョアン嬢は前世の記憶だから、自分の功績ではないと考えていたんだろうが。たとえ前世の記憶を持っていたとしても、それを活かせることが出来たのはジョアン嬢だ。知識を持っていても、それを活かせることが出来ない人間は多い。ジョアン嬢はそれが出来た人間なんだよ」
サイウン様に言われて、今までどうしても納得出来なかった自分の功績をすんなり受け入れることが出来た。
「ジョアンちゃん」
「えっ?あっ……」
タイキさんにハンカチを差し出されて、自分が涙を流していることがわかった。




