368.他人事
ーーディメンションルーム内。
「……疲れましたわ。」
キャシーちゃんには、珍しくテーブルに突っ伏している。食堂でランチを取れなかったので、ベルと共にランチの準備をする。皆んな精神的に疲れて、あまり食欲がないという事なので、ベーコンとタマオンのトメットリゾットとショートパスタのコンソメスープ、ミモザサラダ。
「まずは、食べよう。お腹空いて、イライラするしね。」
「そうね。まあ、美味しそう。これもコメなの?」
と、初めて見るリゾットに皆んな興味深々。
「そう。トメットソースでコメを煮たの。リゾットって言うの。」
「「「「美味しい!」」」」
「良かった〜。やっぱり、美味しいものは正義だ!」
「うふふ、その意味がわからないけど、美味しいのは確かね。」
と、キャシーちゃん。
「美味しいと何か幸せな気分で、さっきのイライラもなくなる感じだね。」
と、ベル。
ランチを食べ終え、アイスリップルティーとクッキーを準備し終わると、飴ちゃんについて話し出す。
「そう言えば、飴ちゃんの言ってる『殿下』って……。」
と、キャシーちゃんに聞けば
「ええ、恐らく明日から学院に通われるアニア国のラムディール殿下ですわね。」
「だよね〜。まあ、『殿下』には間違いないんだけど……。」
「でも、ラムディール殿下は獣人特有の耳があるんでしょ?」
と、クロエ先輩。
「あー、ありますよ。でも、髪の毛がふわふわな髪型なのでよく見ないと気づかないかも。」
「そういう事なのね。昨日、挨拶した時は、髪を纏めていたから見えたわよ。」
と、エレーナ先輩。
「で、飴ちゃんはどっちの『殿下』狙いなの?」
「ん〜、でも、それはフレッド殿下じゃないのかな?フレッド殿下の婚約者だと思って、キャシーちゃんに絡んでくるんでしょ?」
と、ベル。
「確かに。じゃあ『殿下』間違いってこと?それって……かなり面倒くさいよね。」
「「「「間違いないわ。」」」」
ヒロインが攻略対象を間違えるって、どんだけお馬鹿なの?
天然キャラを演じてるの?
*****
翌日になり、ラムディール殿下が文官科の1-Aに転入した。他国の留学生が来る事に、学院中がザワザワとしていた。
ランチタイムになると、食堂はラムディール殿下と接点を作りたい生徒達が、押し寄せていた。その中には、あの飴ちゃんもいた。
「うわぁ〜囲まれてるね。」
と、ベル。
食堂へ来た私達は、奥のテーブルで囲まれているラムディール殿下を見て驚いた。ラムディール殿下と同学年だけなら予想もしていたが、他学年の生徒や一般科の生徒も中にはいたから。
「……なんか砂糖に群がる、アリンコーーこの世界では、蟻はアリンコという名前だったーーみたい。」
そう呟く私にキャシーちゃんは、私の制服の袖を引っ張って窘めるが
「でも……的確な例えね。あら?彼、こちらに気付いたみたいよ?」
キャシーちゃんの言葉に、ラムディール殿下の方を見ると明らかにこちらに対して手を振っている。それに気付いた飴ちゃんは、顰めっ面でパタパタパタと駆け寄ってくる。令嬢にはあるまじき行為だ。
「ちょっと〜、何で教えてくれなかったのよ!」
キャシーちゃんに掴みかかろうとしたところを、クロエ先輩が間に入る。その行動に対してイラッとしたようだが、そのままキャシーちゃんに話しかけてきた。
「……何がでしょう?」
「何がって、あたしが会っていたのはラムディール殿下だってこと!知ってたんでしょ?」
「いえ、貴女が『殿下』と仲良くなったと聞いただけで、わかるわけないでしょう?」
「でも……あっ、ランペイル辺境伯の娘さんは知っていたでしょ?」
おーっと、私に矛先が向いてきた〜。
「私ですか?」
「そうよ。外見聞いたんだから、わかったんでしょ!!あとで、仲良しの子が聞いたら、フレッド殿下は金色の短髪で水色の瞳だって聞いたんだから!!」
仲良しの子って、取り巻きの令息達だろうな〜。
「我が国の『殿下』ではないと思いましたが、お相手が内緒にしているとなると他国の殿下の事かと……。そのお相手がアニア国のラムディール殿下だと、今初めて知りましたが。」
「もぉ〜、なんなのよ!いつ補正がかかるのよ!あたしはヒロインなのに!!」
と、爪を噛み何やらブツブツと呟きだした。このまま飴ちゃんに関わるのは得策ではないと私達は判断して、そっとその場を離れテラス席へ向かう。飴ちゃんは、未だに気付いてない。
「何か、今までと雰囲気が違うわね、あの子。」
エレーナ先輩がランチのサンドウィッチを片手に話す。
「そうそう、今まであんな風に声を荒げる事なかったわよ。」
と、クロエ先輩。
「それだけ余裕がないのかな?」
私が言うと、皆んながキョトンとした顔になる。
「余裕がないとは、どういう事かしら?」
と、キャシーちゃん。
「あー、私の憶測だけど、思ったように事が進んでないことにイライラしてる感じがする。」
「思ったようにって、えーっと乙女ゲーム通りにってこと?」
と、ベル。
「確か、その乙女ゲームのフレッド殿下ルートでは、夜会で婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を言い渡すのよね?」
と、エレーナ先輩。
「夜会かぁ〜。だと、社交シーズンまで精力的に行動しそう。」
《社交シーズン》
12月ごろから社交が始まり、議会のある貴族たちが、家族や使用人を引き連れて、王都のタウンハウスへ移動する。それに伴って日中に行われるガーデンパーティーや夜会が開かれる。そして6月ごろに、社交シーズンが終わり、それぞれの領地に引き上げる。
「あれ?でも、デビュタント前だと夜会は参加出来ないんだっけ?」
「通常であればね。ただ、成人済みの方のパートナーとしてなら参加可能よ。」
と、キャシーちゃん。
「そうなると、お茶会や夜会でも警護しないとだね。」
と、ベル。
「でも、お茶会や夜会になるとドレス着用だから、近衛隊に任せた方が宜しいのでは?それに、エレーナ様はお相手がいるとして、ジョアンとベルはパートナーを探さないといけないのではないの?」
「あー、そこは大丈夫。私達、訓練したからドレスでも戦えるのよ。それと我が家は自由で、貴族としては珍しく政略結婚とは無縁なの。」
「羨ましいー。私の場合は……やっぱり、探さないといけないかなぁ。」
と、ガッカリと肩を落とすベル。
「皆んな、大変だね〜。」
1人平民のクロエ先輩が、いつの間にかマジックバッグからクッキーを出して食べながら、私達の話を聞いていた。いかにも他人事だという言葉に、私達は苦笑した。
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