038 推し、推されたい
「おはようございます!」
学校が終わり、私は仕事場に真っ先に入り、先輩たちに挨拶をした。
といってもアフレコの仕事を学校終わりにやるわけではなく、今日はイベントの打ち合わせがあるんだ。
「おはよう星ヶ丘さん。ジュース飲む?」
「ありがとうございます!」
この現場は……というかこの現場も、私が1番の後輩だ。自分で言うのもアレだけど、かなり可愛がってもらっている。
次に入ってきた先輩声優さんは私の顔を覗き込んできた。ち、近いよ〜!
「……星ヶ丘って何歳だっけ?」
「16です!」
「ぐっ……肌ケアに何万円もかけているのにナチュラルには勝てない……」
「諦めなよ。アンタもう32でしょ?」
な、なんか可愛がられているだけじゃない気もするけど、とにかく楽しく仕事をさせてもらっている。
さて……どのタイミングでお願い事をさせてもらおうかなぁ。話し合いが始まる前の方がいいよね。
「ごほん、みなさんにお願いがあります! どうか力を貸してください!」
深々と頭を下げた私に、先輩声優3人は驚いたようだった。
「星ヶ丘さんがお願い事なんて珍しいね。どうしたの?」
「今回のこのイベント……関係者席のチケットを1枚いただけないでしょうか!」
無理を承知で、私はさらに頭を深く下げた。
今回のイベントは大人気声優と大人気アイドルが出ることもあり、普段のイベントよりもチケットの価値は上がっている。
要するにプラチナ超えてダイアモンドチケットを1枚、しかも関係者が座る超vip席を欲しいと言っているのだから、今の私は相当な子どもに見えているだろう。それでも……それでも欲しい!
「星ヶ丘さんにはお父さんとお母さんの2人分、渡されているよね?」
「は、はい……」
「どうしてもう一枚欲しいのかな」
先輩声優さんの鋭い目は、私を刺すように睨みつけてきた。
「どうしても……」
「うん?」
「どうしても、笑顔になって欲しい人がいるんです。私を推してくれていると公言しているのに、今回のイベントには参加できないみたいで……。私はその子に、ずっと推されていたいんです!」
「ぷっ、あはははっ! 星ヶ丘面白いなぁ」
「笑わない」
嗜める先輩以外、みんな笑っていた。マネージャーさんも、先輩のマネージャーさんも。でも……私はいたって真剣だ。
「……へぇ、いい顔するな、星ヶ丘」
「はい! 今回ばかりは真剣ですので!」
「なるほどねぇ……なぁマネージャー、チケットって空いてるの?」
「もちろん完売。関係者席だって埋まってます」
「だとよ」
「……っ!」
「あーあ、泣かせちゃった」
「泣いて……ません……」
そう強がる私の目から暖かいものが滴るのが分かる。ごめんね……文ちゃん。
「悪かったないじめて。ほれ」
「え……」
先輩はチケットを手に取り、私に向けて差し出した。
「な、なんで……埋まってるんじゃ……」
「アタシは親を呼ぶなんて恥ずかしいことできないっての。それでも1枚はよこしやがるからどうするかと考えていたんだよ。欲しいならくれてやる」
「どうせ初めからあげるつもりだったのに、意地悪だよねぇ、星ヶ丘さん」
「も、もう! 人が悪いですよ先輩!」
「あっはっは! 天才新人声優なんて言われているからアタシからの天罰だ!」
「ただの嫉妬でしょうに。大人気ない」
「まぁ……それでその大切な人を呼べや。でもあれだぞ、スキャンダルには気をつけろよ。その歳で彼氏持ち声優ってのは今後に色々影響が……」
「あ、大丈夫です。その子女の子ですし」
「……え? 女の子であの顔してたの?」
「あの顔?」
あの顔っていう言葉に聞き馴染みがない。どんな顔なんだろ……。
「おいおい、まるで『私その子に推れていたいんです〜』って、つまり好きでいて欲しいってことじゃん。裏を返せば、星ヶ丘はそいつのこと好きなんだろ?」
「あ……いや、その、えっ!? でも文ちゃんは女の子……」
「そういう時代だ。アリだろ」
「アリだよ、星ヶ丘さん」
「全然アリ」
「ええええっ!?」
どうしよう、どうしよう文ちゃん!
なんか明日、文ちゃんの顔をまともに見られる気がしないよ……。




