011 推しに罵られたい
「一つ聞いてもいいでしょうか」
「うん、なんでも聞いて」
なんでも……!? とオタク特有の煩悩が出てしまったけど、未来ちゃんは真剣に演技に向き合っているのに私だけバカやっている場合じゃないと思い、こちらも真面目に戻った。
「未来ちゃんってさ、人の悪口とか言ったことある?」
「ないよ」
「即答だ……」
さすが天使! キョトンとした顔で「なんで悪口を?」という顔をしている。私なんて学校で嫌なことがあった時、すぐに陽キャの悪口をお母さんにぶつけるのに!
なんでこんなことを聞いたのかというと、未来ちゃんの演技からはツンデレのツンが弱いと感じたからだ。マリアは主人公に素直になれないためにキツイことを言うけど、そのキツさが出ていない。
青天井に優しいところは未来ちゃんのいいところだと思う。だけどこういうキャラを演じる時は少しくらい毒を持ったほうがいいのかもしれない。
そういえば今まで未来ちゃんが演じたキャラクター、みんな優しい子たちばっかりだったわ。
「……よし未来ちゃん、今から私を罵って!」
「の、罵る!?」
「うん、未来ちゃんがマリアを演じるためにはこれが必要だよ!」
「どういうことなの!?」
混乱する未来ちゃんに圧をかけ、私を罵倒するよう要求する。
決して推しの声でゾクゾクしたいとか逆に興奮するとか新たな扉を開くとかそういう理由ではない。決して。神(無宗教だけど)に誓って。
「ちょ、ちょっと文ちゃん落ち着いて」
未来ちゃんの綺麗な手が私の肩に置かれた。それだけで少し心拍数が上がる。
「どうして突然罵ってなんて言うの?」
「ズバリ未来ちゃんはね、マリアを演じるには天使すぎる!」
「て、天使?」
「えっと、要するに優しすぎるってこと」
「マリアちゃんもすごく優しい子だよ?」
もちろんそうだ。
未来ちゃんが演じると決まった時から何度も何度もマリアの登場シーンは読み返したけど、奥にある優しさを見逃す私ではない。
ただマリアの表面上はやはりツンツンして毒々しい子なのだ。その毒なしに奥の優しさは語れない。
「マリアは優しいけど、やっぱり表面上はトゲトゲした印象を与えたほうがいいと思う。一回優しいマリアを演じようとしないで、トゲトゲしたマリアを演じようとしてみて。例えばこのセリフとか」
私は原作のあるセリフを指さして未来ちゃんに読んでもらうようリクエストした。
「トゲトゲ……うん、やってみる!」
未来ちゃんはもう一度役者の顔になった。隠し撮りしたいなぁ。怒られるかな?
『魔法もろくに使えない、体力もない、着替えは覗く。アンタって本当に……ろくでもない男ね』
「いい! 超いいよ未来ちゃん!」
「い、今のが?」
「うん! やっぱりマリアはトゲトゲしてないと!」
未来ちゃんの演じるマリアにトゲが加わった。そうなると一気にマリアの解像度が上がったのである。
「ちょっと怖すぎる気もするけど……」
「ううん。ちゃんと奥にあるマリアの優しさは出ていたよ。だって……未来ちゃんが演じているんだもん。えへへ」
「〜〜っ! もう、文ちゃんったらお世辞が上手いんだから」
未来ちゃんは顔を赤くして照れてしまった。
「本当のことなのに」
「ふふっ、それにしても文ちゃん、やっぱりライトノベルが好きなんだね」
「え?」
「だって私とようやくタメ口で話してくれたもん。ライトノベルを通じて話せるようになったんだもんね?」
「…………あっ」
やば、マリアを演じる未来ちゃんに興奮して失礼なことを……!
「ご、ごめんなさい……調子乗りました」
「え、ええ……また敬語〜?」
どうやら私はついつい熱くなってしまうタイプの人間のようだ。




