45:かけがえのない宝物
「え!?そんな前から俺のこと好きでいてくれたの?」
食後に持って来てもらった温かい飲み物を片手にお互いの話をしていたけれど、クロアちゃんにフロレス赴任の前から好きだったと言われて驚いてしまった。
「そうだよーっ。てか、カナトはずるいよ。かわいいかわいい言ってさ、最後に綺麗なネックレスつけてくれて、大人になった頃に会おうとかさ!忘れられるわけないもん」
拗ねたような視線をこちらに向けながら、クロアちゃんがちょっとコートの首元を緩めてアダマスのネックレスをチラッと見せる。
ああ、そのネックレス今日もつけて来てくれてたんだ。そういえば、再会した時もつけてくれてたんだよなぁ。また自然と顔が緩んでしまう。
てか、それを知って今までを思い出すと、俺結構鈍感だったんじゃないか?と思えてくる。そばにいられるくらい大人になりたいとか、俺みたいに優しくて大人な人がタイプとか、そんな言葉たちを今やっと正しく受け取って、またいっそう愛おしくなる。
「そんなだから、今朝もカナトが迎えに来てくれるまで実感ないし、夢だったのかなぁとか思っちゃった」
「夢じゃないよ。でも俺もすごく嬉しくて、夢みたいだとは思った。ありがとう。俺のこと好きでいてくれて」
そう伝えると、クロアちゃんの頬が淡く染まる。ああでも、もう夢だったのかもなんて不安に思ってほしくないな。
ポケットにずっと隠していたものを、そっと取り出す。
「クロアちゃん」
「ん?」
「これ、つけてくれないかな」
そう言って、クロアちゃんの目の前でその小箱を開けた。そこにはシンプルな指輪が2つ、サイズ違いで並んでいる。
ビスリーでもトウワコクでも、夫婦でピアスや腕輪など揃いのものを身につける習慣があるのだ。そして恋人同士でも、愛情の証として揃いのものを贈ることがある。
はっとクロアちゃんが息を呑んだ。
「こ、これ…」
「内側に名前、彫ってもらっちゃった」
そして、恋人同士で名前の入ったものを贈るのは、将来を見据えて本気の付き合いを望む場合のみだ。別れるかもしれない相手の名前入りなんていらないからね。
「本当は、今日クロアちゃんに告白しようと思ってたんだ」
「そ、だったの?」
「うん。だから、改めて言わせて」
少し潤んだ瞳を、愛おしさを込めて見つめた。
「クロアちゃんのことが、好きなんだ。俺の恋人になって欲しい。例えなかなか会えなくても、俺もずっとクロアちゃんが好きだよ」
そう伝えた瞬間、クロアちゃんの大きな目からポロポロと涙が溢れてきた。
指輪をテーブルに置いてその体を抱き寄せると、ぎゅっと抱きしめ返される。ああ、好きだなぁと。またそんな言葉が胸に浮かぶ。きっとこれからも何度も、生まれては噛み締める言葉なんだろう。
「あたしも、すき。大好きなの」
「うん」
「カナトと一緒にいたい」
「俺も」
「は、離れても、本当に好きでいてくれる?」
不安を押し殺して揺れる声。でも離れることへの恐れは、俺の中にも確かにある。きっとどんなに言葉を尽くしても完全には消えないものなのだろう。
「うん。俺も正直不安はあるよ、クロアちゃん若くて美人さんだしね。悲しいことがあってもすぐに駆けつけられる距離でもない。それでも、その不安を理由に諦めたくないんだ。クロアちゃんにも諦めてほしくない」
「…っ、うん」
「だから、一緒に頑張ってくれる?」
そう言うと、ぎゅっとクロアちゃんの手に力がこもった。
「頑張る、よ。カナトに好きって言ってもらえるなら、あたしずっと頑張れる」
「ありがと。でも、いい子になりすぎないでね。手紙には悲しいことも不安なことも、ちゃんと書いて俺に教えて欲しい。俺もそうするから」
「カナトも?」
「うん」
「ん、…ちゃんと頑張る」
「約束ね」
優しくその背中をとんとんと叩いて、ゆっくりと体を離す。うぅ、と昨日のようにハンカチを取り出して顔を覆ったクロアちゃんに、自然と笑みが浮かんでくる。
泣いたり笑ったり、素直なところが好きなんだから、そんなに隠さないで欲しいなぁなんて。そんなことを思いながら、クロアちゃんが落ち着くのを待った。
少しして、ハンカチをしまって照れ臭そうな表情を浮かべたクロアちゃんに、改めて言葉をかける。
「指輪、そのアダマスのネックレスと同じ店のものなんだ。つけてもいいかな?それをつけてたら、もう夢だったかもなんて思わないでしょ?」
「うん…。うん、つけて欲しい」
瞳を輝かせるクロアちゃんに嬉しくなりながら、小さい方の指輪をそっと差し出してくれた指にはめる。
日常つけていられるようにとシンプルなデザインだが、ネックレスと同じアダマスが控えめながら上品に輝く。ソーリスでアクセサリーを選んでいる時にさりげなくチェックしていたサイズも、ピッタリだったようでほっとした。
「きれい…」
そっと手をかざして指輪を眺めるクロアちゃんが、嬉しそうに微笑む。そして大きな方の指輪を手に取った。
「カ、カナトも」
「うん。お願い」
手を差し出すと、その指輪をクロアちゃんが慎重に指へとはめてくれる。クロアちゃんのと同じデザインの指輪が、俺の指でも輝いた。
「お揃いだね」
「うん。よく似合ってるよ」
「ふふ。今あたし、すっごく幸せ」
そう言ってクロアちゃんが浮かべた笑みは、すごく綺麗で幸せそうで、胸が締め付けられるほどに愛おしかった。
ああ、俺はきっと一生この笑顔を忘れない。
自然と体が動いて、かけがえのない宝物を抱きしめる。心の中でそっと誓う。この笑顔を守るために、全力で頑張ること。2人で笑い合う未来は、きっと現実にできるはず。
クロアちゃんは、それを一緒に信じてくれる人だ。だから俺も疑わない。
「一緒に幸せになろうね」
「うん」
この温もりをずっと大切にしたい。心から、そう思った。




