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44:贅沢な悩み

「ウサギにキツネ!あれなんだろう、モンスターかな?なんか大きなキノコもあるっ。あ、小さな家かわいい!」


 駅を出ると、観光客を出迎えるように色々な雪像が目に飛び込んできた。動物やモンスターだけでなく、列車や家など様々な雪像が道沿いに並べてあって、見ているだけであっという間に時間が過ぎる。


 同じく観光目的でここに降り立ったであろう人たちも、気になる雪像の前で感想を言い合ったり、早速雪像づくり体験に申し込んだりと思い思いに楽しんでいるようだ。


「この辺りの雪像は小さいけど、奥の広場には屋根付きの展示スペースがあって、もっと大きなものも作られてるよ」

「へー、楽しみ!雪ってこんなにいろいろ作れるんだね。なんかわくわくする」

「興味あるなら雪像づくり体験申し込んでみる?」

「んー。迷うけど、先にその広場のやつ見てみたいかなぁ」

「了解。じゃ、周り見ながら先へ進もうか」

「うん!」


 手を繋いだまま、ゆっくりと雪像たちが賑やかに飾られた道を歩く。

 クロアちゃん、思った通りに楽しそうにしてくれてて嬉しくなるなぁ。キラキラと輝く瞳を見ているだけで、こちらまで幸せになる。


 今。この生き生きとした表情を一番近くで見る権利を持っていることを、素直に喜びたい。昨日会社を出るまでは、今日こんな風にクロアちゃんと歩いているなんて想像もしていなかった。期待と不安が交互に混じり合っていた心は、今とても満たされて優しいものに包まれている。


 ああ、でも。

 繋がれた手も向けられる笑顔も、焦がれるものではなくて、守るべきものになったんだ。そのことに思い至って、気の引き締まる思いもする。


 この片思いのゴールは、恋人としての関係の始まりでもある。

 この先も笑って一緒にいるために、頑張らないといけない。春には遠く離れてしまうことがわかっているから尚更、一緒にいられる今を、大切にしたいと思った。








「でっかいドラゴンの氷像、すごい迫力だったね!近くで見ても鱗まで丁寧に彫られてるし、びっくりしちゃった」


 広場で大型の雪像を存分に堪能した後、昼食を予約している場所へと移動中。クロアちゃんは目玉の氷のドラゴン像がお気に召したらしく、興奮冷めやらぬ様子だ。


「細部まで細かく作り込まれててすごかったよね。でも当然だけど春になると溶けちゃうから、あれもこの冬だけの作品なんだ。毎年ここに来たくなる人の気持ちも分かるなぁ」

「溶けちゃうのは勿体無いけど、毎年必ずちがう作品になってるってことだもんね。うーっ、いいなぁ毎年見に来れる人…」


 来年はビスリーにいる予定のクロアちゃんは、ちょっと残念そうにしている。アンダスからトウワコクへの移動だけで結構大変だもんね。


「長期休暇が取れるならまた一緒に来られるけど…」

「んー、まとまった休みは交代で取るみたいだから、時期もまだ未定なんだ。希望は出せるみたいだけど、通るかは分かんない」

「そっか…」


 まぁクロアちゃんの休みがいつになっても、俺の方は割と休みは取りやすい環境だし俺が合わせればいいか。流石にもう遠方に飛ばされることはないし。…ない、よな?うん、そう信じたい。

 またアンダスへの配属希望を重ねて出さねばとひっそり決意している間に、目的地へと到着していた。


「え!大きなカマクラがいっぱいあるっ」

「そうそう、実はカマクラの中でご飯食べられるんだ。クロアちゃんが前カマクラのこと話してたでしょ?さすがに作るとなると時間かかるから、今回はこういう形にしました」

「前話したの覚えててくれたんだ…。すっごく嬉しい。ありがと、カナト」


 パッと笑顔を浮かべたクロアちゃんが、嬉しくて堪らないとでもいうように俺の腕に抱きつく。

 うんうん、この笑顔を見たかったんだよね。こうして喜んでくれるから、また色々クロアちゃんの喜ぶことを探したくなるんだ。


「俺も、クロアちゃんの喜ぶ顔が見られて嬉しい。じゃ、さっそく行こうか」

「うん!」


 受付をして、割り当てられたカマクラへと向かう。赤いマフラーの雪だるまが入り口に飾られたカマクラは、中に入るとテーブルと椅子が設置されていて、ランプの灯りが仄かに全体を照らしている。


「わぁ。中はちょっとあったかいんだね」

「風が遮られるだけでも体感違うしね」

「ふふ、なんか楽しい!あ、よく見ると壁にちょっと絵が彫られてたりするんだ。細かいねー」


 そう言われて見ると、天井近くに鳥の絵が描かれていたり下の方に動物が描かれたりしている。そういうちょっとした工夫が積み重なって人気なんだろうなと感心する。


 とりあえず椅子に座ってあれこれ話しているうちに、店員さんがお昼ご飯を持って来てくれた。体が温まるシチューを中心としたメニューで、パンも熱々に温められている。さっそく2人で食べ始めると、心も体もポカポカになって来て自然と笑顔になった。


「んーっ。寒いところで食べるシチューってホント美味しいね。カマクラで食べてる特別感でさらに美味しい」

「うん。俺もカマクラのレストランは初めてだったんだけど、なかなかいいね」

「なんて言うか、秘密基地とかでご飯食べてる感じ?ふふ、カナトと一緒だから尚のこと楽しい」


 可愛いことを言うクロアちゃんのせいで、顔がニヤけてしまう。


「俺も。クロアちゃんと一緒だとすごく楽しいんだ。春からはなかなか会えなくなっちゃうけど、まとまった休みが取れたら会いに行くから。だからまた、一緒にいろんなところへ行こうね」


 そう言うと、クロアちゃんはちょっと言葉に詰まった後、ふわりと微笑んだ。


「うん、嬉しい。約束ね。なかなか会えなくなるって思うだけで、ほんとはすごく寂しいし…悲しいけど。今までだって、時間も距離もすごく離れてたもん。だからね、これだけは確信待って言える。どんなに会えなくても、あたしはずっとカナトが好きだよ」


 不意打ちで告げられた、すごく真っ直ぐで純粋な想い。それに触れて、かぁぁっと顔が熱くなる。

 いやなんなのそれ可愛すぎるし嬉しすぎるしマジで俺をどうしたいのあぁぁぁもうっ。


 動揺しすぎて言葉もまるで浮かんでこない。思わず片手で顔を覆って視線を泳がすと、ふふっとクロアちゃんが笑った。


「カナト、顔真っ赤」

「〜〜〜っ。クロアちゃんが、かわいいこと言うからっ」

「ほんとのことだもん」


 ニコニコしているクロアちゃんを前に、顔の火照りがおさまらないまま感情の荒波に耐える。

 ああ、もう。幸せすぎて困るとか、どんだけ贅沢な悩みなんだ。本当に夢みたいで、絶対に失いたくない。こんな風にまっすぐ想いをくれる人に、ちゃんと返せる自分でいたい。


 クロアちゃんと出会って思いが通じ合った幸運を大切にしなければと、改めてそう思わされた。









感想ありがとうございました!

あと残り2話で完結です。

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