43:雪まつり
「おはよ」
「おはよ、カナト」
翌朝。クロアちゃんを迎えに行っていつものように挨拶を交わしただけなのに、無性に照れくさく感じてしまう。
お互いちょっと視線を逸らして、言葉が途切れた。
あーっ、こんな雰囲気で遠出することになるとは思わなかった。いや、嬉しいけど!嬉しいけどこの甘酸っぱい感じの空気をどうしたらいいんだ。
なんだか混乱しそうになる頭を、大きく深呼吸して無理やり鎮める。
何をしているカナト・ササマキ。こういう時に年上の余裕でリードできなくてどうする?クロアちゃんの理想は大人の男だぞ。思いを伝え合って早々、無様な姿を見せて幻滅されるなんて…絶対にイヤだ!
「じゃあ、行こうか。天気もいいし、楽しめると思うよ」
そう言って手を差し出すと、クロアちゃんの頬がほんのり色付いた。そしておずおずという感じで、そっとその手を握られる。くっ、可愛いなぁ。
内心悶えながら、駅へと向かって歩き出す。
「昨日はよく休めた?」
「え、えっとね。あんまり眠くなかったから、マキに手紙書いてた」
「そうなんだ。お父さんには?クロアちゃんが手紙くれないって嘆いてたよ」
「う…そのうち書くよ、多分」
「本当かなぁ?」
いつものような何気ない会話。いつもとは違って繋がれた手が、なんだかむず痒い。
今が真冬でよかった。手袋越しだからまだ緊張が少ないし、手汗かいてもバレないし。
てか、俺もクロア父にご報告の手紙書かなきゃだよなぁ。いや、なんだか考えるだけで緊張するから、今はいったん忘れよう。
「北部行きの列車の駅までは、3回乗り換えなんだ。忙しいけどちゃんと着いて来てね」
「うぅ、乗り換え多いんだ…。でも、こうやって手ぇずっと繋いでたら、はぐれたりしないね」
そう言ったクロアちゃんが繋がれた手を見た後、俺を見上げて幸せそうに笑う。くぅ、可愛い…。
ああもぅ。俺の心臓はちゃんと今日の終わりまで保つだろうか。スタート時点から既にダメージの蓄積がヤバい。なんとか平静をキープしなければ。
そんな風に内心自分と戦いながら、どうにか乗り換えをミスることなく北部行き列車の駅まで辿り着き、目的の列車へと乗り込んだのだった。
「わぁ、雪どんどん多くなるねっ」
列車の窓から外を見るクロアちゃんが、目をキラキラさせて雪景色に夢中になっている。陽の光を反射して輝く純白の世界は、確かにとても美しい。
目的地のオクセは、この線の終点にある。線路付近は加熱魔道具のおかげで雪に埋もれることはないが、維持費もかかるので一昔前は廃線の検討がされたこともあったらしい。
それを阻止すべく考えられたのが冬の間開かれているオクセの雪まつりで、今では観光名所としてそれなりの知名度を誇るまでになっている。昼間だけではなく、夜は蝋燭の灯りが幻想的で美しい光景を作り出すと話題で、なかなか上手に人を集めているようだ。
「もうすぐ着くよ。寒いから手袋マフラーしっかりね」
「うん。あ、今日はちゃんとニット帽も持って来てるよ!もちろんイチゴじゃないやつ」
「あらら、イチゴのやつはお留守番か。残念」
そう言うと、クロアちゃんが不審な眼差しで俺を見つめる。
「カナト絶対あたしのイチゴニット帽姿面白いと思ってるよね…」
「いや、かわいいと思ってるよ」
「カナトのかわいいは時々信用できない!」
怒られてしまったが、かわいいのは本当なのになぁ。面白いのも事実だけど。
「ほら、顔がニヤけてる!」
「ん?気のせいだよ」
「もーっ!」
怒った顔でこちらを睨むクロアちゃん。でも次の瞬間にはなんだかお互い可笑しくなって、ぷっと吹き出してしまう。
こういう軽いやりとり、結構好きなんだよな。お互いの好みやテンポが同じだからこそ、気を使わずに自然に楽しい。だからもっと一緒にいたくなる。
「さ、着いたよ。荷物持って」
「はーいっ」
ひっそりとまた幸せを噛み締めながら、良い返事のクロアちゃんと一緒に列車の外へと出る。
そして一歩外へと踏み出した瞬間、キンと冷たく張り詰めた寒さに包まれて思わず身震いした。
「ふあぁ、みんなの言うとおり寒いね」
「そうだね。ニット帽は持って来て正解だと思うよ」
「新調してよかったぁ」
ふふ、と満足げに笑うクロアちゃんは、白コートと柔らかなブラウンのマフラーに合わせたクリーム色のニット帽を被っている。
寒くなってからこうやって二人で出かける時は、クロアちゃん大体俺の贈ったコートとマフラー身につけてくれてるんだよな。仕事ある時は違うアウター着てたりするから、きっと意図してのことだと思うと、嬉しくなってしまう。
「うん。コートにも合ってるし、よく似合ってる」
だからその思いのまま感想を伝えると、クロアちゃんはパッと顔を赤らめて固まってしまった。その様子も可愛くて、自然と笑みが浮かぶ。
「そろそろ行こうか。駅を出たところからいろいろあって面白いよ」
「う、うん」
「ほら」
そう言ってクロアちゃんに手を差し出すと、顔を赤らめたまま素直に手を繋いでくれた。それに満足して、ゆっくりと駅の外へと向かう。
クロアちゃんが楽しみにしてたカマクラも予約してるし、目一杯楽しんでくれたらいいなぁと。そんなことを願いながら、オクセの町へと踏み出したのだった。




