38:きっと求める未来も
「ごめんね、ちょっと遅くなった」
「いらっしゃい。お仕事大変だった?」
「ううん、ちょっと会社の人と喋ってたんだ。あ、これ。ユズのハチミツ漬けが出てたから買ってきたんだ。お湯で割って飲むと美味しいよ」
はいっと手土産を手渡すと、クロアちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「ユズ?」
「レモンはビスリーでもたまに売ってるでしょ?それの親戚みたいな感じ。レモンとは違った風味で料理に使うこともあるんだ」
「へー。ありがとう!カナトいつも色んなもの教えてくれるから嬉しい」
ふわっと笑顔を浮かべるクロアちゃん。その笑顔が見たくて、色々探してしまうんだよなぁ。
「クロアちゃんが喜んでくれるから、調子に乗って色々持ってきちゃうんだ」
だから思ったことをそのまま伝えてみる。そして俺の言葉にほんのりとその頬が赤らむのを見て、嬉しさと安堵が込み上げた。うん、悪くない感触だよね。
「今日は何を作ってくれたの?」
「え、えっと、フォレスオックスのお肉が売ってたから、それで煮込みハンバーグ作ったの」
「そうなんだ、楽しみ。いつも美味しい料理作ってくれてありがとう」
「あたしも、カナトが美味しそうに食べてくれるから、色々作りたくなっちゃうんだ」
さっきの仕返しとでもいうようにかわいい返答をされて、悶絶しそうになる。
てかなんだろうこの会話。俺が気付いてないだけで、もう俺クロアちゃんと付き合ってたんじゃなかろうか。むしろ新婚さんの会話なんじゃ?
いやいや待て待てカナト・ササマキ。イタい妄想を繰り広げている時間はない。それを現実にするために頑張らなければ。
「クロアちゃんの料理はどれもとても美味しくて、楽しみにしてるんだ。あ、フォレスオックスって聞くと、あの大きなステーキ思い出すね」
「うん。いつかあれを完食してみたい」
「ははっ、結構大変そう。そういえば、ステーキの他に鍋ごとシチューみたいなコースもあったなぁ」
「え、それも気になる!」
「でもそっちはお持ち帰り不可だから、さらに難易度上がるんだ」
「うー、挑戦はステーキ制覇してからかなぁ」
「それかクロアちゃんの家族と一緒に行くかだね」
「横でぺろっと完食されたらそれはそれで悔しい」
うぅ、と悩みながら食事の用意をするクロアちゃんを微笑ましく見ながら、飲み物を用意する。
幸せってこういうことだよなぁなんて。そんな言葉が浮かんでくる今が、とても嬉しかった。
「あ、そうだ。合コンの時に、えっと…ルリさんっていたでしょ?」
食事を終えて、お茶を飲んでいる時にヨシノさんから聞かれていたことを思い出した。でも、セノがルリちゃんルリちゃん言ってたから、ぱっと苗字が浮かんでこない。
「…コユルギさん?」
「あ、そうそう。コユルギさん。その人って今、誰かと付き合ってるかどうかって知ってる?」
そう聞くと、なぜかクロアちゃんの表情が翳った。
「最近、またミマサカ魔具の人と合コンしないかって、聞かれたらことは、あったかもしれない」
「そうなんだ!」
「カナト、嬉しそうだね。コユルギさんみたいな人がタイプだったんだ」
ちょっと固い声でそう言われて、ギョッとする。
「ち、違う違う!その…、セノがコユルギさんと何度かデートしてたのって知ってる?今日セノが好きだって人にその後どうなったか聞かれてさ」
「そう、だったんだ…」
「だから頼まれて情報収集してるわけ。その人セノに直接聞いたけど、はぐらかされたらしくって」
重ねて説明すると、クロアちゃんの表情が柔らかくなる。温度のない声音にヒヤリとはさせられたけど、これって嫉妬してくれたって思っていいのかな。あー、期待してしまう。告白を少し早めるのもアリかもしれない。
「彼氏欲しいって最近言ってた気がするから、多分付き合ってはないんじゃないかなぁ。あたしもそんなに親しいわけじゃないから、漏れ聞いただけの情報だし間違ってたらごめん」
「え?あ、ううん。ありがとう」
いけない、自分のことを考えてて本題を忘れかけてた。
でもヨシノさんの背中を押せる情報だし、真偽の程は置いておいても悪い返答ではない。
「カ、カナトは、さ」
「ん?」
心の中でヨシノさんにエールを送っていると、クロアちゃんが視線を逸らしながら、何やら言いにくそうにしている。
何だろうかと言葉を待っていると、チラッとこちらをみた後消え入りそうな声で、問われた。
「カナトは、どんな人がタイプなの?」
「え?」
そ、それって。こういう2人きりの時にその質問って、期待するなという方が無理だ。いや待て早まるな。だからといって勢いだけで告白するべきじゃない。
でも、仄めかしてみても、いいのかな。これで反応良かったら、今度の遠出の時に気持ちを伝えてみてもいいかもしれない。
内心どきどきしているのを隠して、口を開く。
「そうだなぁ。クロアちゃんみたいに、素直でかわいくて料理上手な子が好きだよ」
「なっ!」
俺の言葉にばっとクロアちゃんの顔が赤くなって、思わず顔がにやけてしまう。
「ああっ!カナトからかったでしょ!酷いっ!」
「心外だなぁ。本心だよ」
「う、うそだぁっ」
なぜか信じてもらえず怒られるが、クロアちゃんの気持ちがこちらに向いている気がして、どうしようもなく嬉しくなる。
少し前までは、そんなこと言ったら引かれるんじゃという気持ちが強くて、言葉や態度に出さないようにと苦心していたけれど。この反応はもう、遠慮せずに押しちゃってもいいのかなぁ。
そんな風に先走りそうな気持ちをそっと抑えて、お茶を口に含む。ナガセさんにいい報告をすることを目標に、堅実に頑張ろう。焦りは禁物。このままの調子でいけば、きっと求める未来も夢ではないはず、なのだから。




