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37:負けてられない

「はぁ、寒っ」


 会社から一歩外に出ると、痛いほど冷たい空気に包まれた。冬の長休みが終わってしばし。今が一番寒い時期だ。フロレス程ではないにせよ、やはり寒いものは寒い。


 クロアちゃんに作ったのと同じあったかマフラー、自分用にも作ろうかなぁ。なんて、そんなことを思いながら足を踏み出した。


 これだけ寒いと、北部はいい感じに雪が積もっていることだろう。

 再来週、クロアちゃんの休日に合わせて休みを取れたので、前に約束していたとおり雪を見に出かける予定だ。貸し切りカマクラを予約できたので、クロアちゃんも喜んでくれるだろう。


「サ、ササマキさんっ」


 クロアちゃんの笑顔を思い浮かべてちょっと顔が緩んでいると、急に後ろから声をかけられた。


「あれ、どうしたの?」


 振り向いた先。そこにいたのは、以前家まで送ったことのあるヨシノさんだった。呼び止められる理由が全く思い浮かばないけど、どうしたんだろうか。


「あ、あのっ。今日はこのまま帰られるんですか?」

「いや、晩御飯お呼ばれしてるから、近くで手土産買って行く途中なんだ」

「あ…、そう、だったんですか」


 がっかりして肩を落とすヨシノさん。そんなに落ち込まれるなんて、心当たりが全くないけど何かあったか?


「えっと、何か用だった?」


 思わずきいてしまったら、ヨシノさんはパッと顔を上げて、必死さの滲む眼差しをこちらに向けた。


「そ、その…。もし知っていたら教えていただきたいんですけどっ」

「う、うん?」


 ずいっと一歩近づいてこちらを見つめるヨシノさんには、何故か妙な迫力がある。

 内心ちょっと気おされていたけど、次にヨシノさんの口から飛び出た言葉が意外すぎて、一瞬思考が停止した。


「セノさんって、ササマキさんと一緒にいかれた合コンで知り合った女性とはうまくいかなかったんでしょうか!」

「…は?」


 いや、それってヨシノさん。

 恋の相手はまさかの、セノだったんですか…?






「いや、ごめん。意外すぎて一瞬理解が追いつかなかった」

「いいんです、自分でも不毛だなって分かってるんです。分かってるんですけど…」


 ヨシノさんを放って置けず、なぜか今一緒に買い物をしている。ヨシノさんも一人暮らしらしく、ついでに食材を買っていた。


「でもごめんね、言った通りセノの件は知らなくてさ。これから合コン相手の会社の子と会うから、ちょっと聞いてみるね」

「助かります。なんか様子が変わったなと思ってセノさんに聞いても、はぐらかされてしまって…」

「聞いたのかぁ。でもはぐらかすってことは、うまくいってないのかな」


 買い物を終えて、2人で道を歩き出す。


「望み薄なのは分かってるんですけど、やっぱり諦めきれなくて。セノさんって彼女途切れないのに、社内の人とは付き合わないじゃないですか。それにすごく察しのいい人だし。たぶん私の気持ちも気づいていると思うんです」

「そうかもねぇ」


 きっと俺よりヨシノさんの方がセノのことをよく知ってるだろう。同期でよく絡まれるとはいえ、俺は本社にいた期間はとても短い。

 でも、ヨシノさんのいうことはなんとなくわかる。軽いやつに見えて、人の気持ちの機微を察するのはとても上手い。


「でももし今セノさんがフリーなら、当たって砕けたいんです。今までウジウジして告白する勇気が持てなくて、悩んでる間にまたセノさんには新しい彼女ができてって感じで。…もう、後悔したくないんです」


 悲しくなるほど真っ直ぐな思いに、胸が痛くなる。片思い中だから共感できる苦しさや切なさ。

 なんでセノは近くにこんなに思ってくれる子がいて、他に目を向けるのだろう。単純に社内の人は対象外?ヨシノさんがタイプじゃない?


 でも、信用ならないとか何考えてるかわからないって振られるの、セノも気にしてるんじゃないの。ならこんな風に真剣に考えてくれる子を選んだ方が、幸せじゃないのか?

 そんな風に一方的にヨシノさんに肩入れしそうになる気持ちを、大きく息を吐いて紛らわせる。


「とにかく、何か分かったら共有するね。もしかしたら大して力になれないかもだけど」

「いえ。こうして話を聞いてもらえただけで、なんだかすごく楽になりました。やっぱり、彼女いるって公言してないタイミングを逃さずに告白しようかなって気になってます!」

「そっか。もし告白するならだけど、あいつ正面から真っ直ぐ来られるのに弱いよ。それに社外とかに拘ってるにしても、そろそろ他支社に飛ばされてもおかしくないし。遠距離になっても構わないなら、それも押せるポイントかもね」

「そう、ですよね。ストレートにいかないと、はぐらかされちゃいそうです。逃がしてなるものか!くらいの気持ちが必要ですよね。距離くらい何とでもしてみせます!」


 ぐっと目に力を入れるヨシノさん。その決意が眩しくて、負けてられないなぁという思いが湧いてくる。

 そうだよね、逃がしたくない。堂々と隣に立てる権利が、何よりも欲しい。


「うまく行くといいね」

「ありがとうございます」

「じゃあ、俺こっちの方角だから。帰り道気をつけて」

「はい。色々ありがとうございました!」


 ちょっとすっきりした顔のヨシノさんと別れて、早足でクロアちゃんの家へと向かう。

 お互いいい報告ができればいいなぁと、そう願いながら。




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