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36:仕事始めの日

 あっという間に過ぎてしまった冬の長休み。


 ナガセさんの子ども達と遊んだり、クロア兄達にモンスターエリアの見学させてもらったり、そして何よりクロアちゃんとお出かけしたりのんびりした時間を過ごしたり。

 久々に充実したお休みだったと思う。


 休みが終わる少し前にクロアちゃんとこちらに戻り、掃除や買い出しなど色々していたらもう仕事始めの日。今日はアクセサリーのお礼にとクロアちゃんが晩御飯を作ってくれるので、とても楽しみだ。


 なんて。

 楽しい気持ちだけでなく、実は焦りも感じていたりする。

 帰りの列車の中でクロアちゃんが残念そうに言っていた「ソーリス勤務になると、冬の長休みの間はお仕事なんだぁ」という言葉。それはつまり、俺とは長休みさえ合わなくなってしまうということだ。


 そうなってしまえば、本当に滅多に会えなくなってしまう。クロアちゃんがここにいるうちに気持ちを受け入れてもらえなければ、もう望みはないだろう。

 残り2ヶ月。それがクロアちゃんを振り向かせる最後のチャンスだ。


「頑張らなきゃ、な」


 もし気持ちを伝えて、あたしのことそんな風に見てたなんて気持ち悪い、とか言われたらと思うと……足がすくむ。でも、気持ちを伝えなければ何も始まらないのだ。

 ええい、とにかくやれるだけやるんだ、俺!

 自分に気合を入れ直し、今年最初の仕事へと向かったのだった。







「こんばんは」

「カナト!いらっしゃいっ」


 無事に定時に仕事を終え、クロアちゃんの家へと足早に移動した。ぱっとまぶしい笑顔で迎えてくれるクロアちゃんを見るだけで、俺の心も明るくなる。


「なんかうちでご飯食べるのも久しぶりだね」

「そうだね。あれ?そこにあるの…」


 ダイニングの端っこに、椅子に座らされたクマのぬいぐるみが飾られていた。その頭にはイチゴニット帽が被せてあって、ジト目のクマの表情が不満を表しているかのように見える。


「あれが前に言ってた目つきの悪いクマのぬいぐるみ?イチゴニット帽が不本意ですって表情だけど、なんか妙に似合ってる…」

「でしょ?不満そうな感じがちょっと可愛げあるよね。休みの間にクマのための椅子買ってきたの」

「ははっ、いいんじゃない?」


 なんかクロア兄に見張られてる気がする、なんて言えないけど。


「でもいつもベッドに置いてたから、寝室はちょっと寂しくなっちゃったんだよね」

「一緒に寝てたんだ」

「そうなの。あ、今子どもっぽいって思ったでしょ」


 クマを抱きしめて寝るクロアちゃんは可愛いだろうと想像していたら、ニヤけてしまっていたのか軽く睨まれる。


「いや、かわいいなって思って」

「うーっ、絶対子ども扱いされてる…」


 言うんじゃなかった、と勘違いして肩を落とすクロアちゃん。その様子を笑って否定しようとして、…やめた。


「思ってないよ」


 俯いた顔に手を伸ばして、頬に触れた手に驚いて顔を上げたクロアちゃんの瞳を、覗き込む。


「子どもだなんて、思ってない」

「へ…?」

「信じられない?」


 勝手だけれど。今はもう子どもだなんて思えないのだ。できればそれを、分かってもらいたい。

 祈りを込めてじっと目を見つめていると、だんだんとクロアちゃんの顔が赤くなる。


「ゆ、、、」

「ゆ?」

「夕飯並べるから座っててえぇっ」


 ぱっとクロアちゃんが俺から距離をとって、キッチンへ向いてしまう。

 あらら、逃げられた。

 でも追いかけ過ぎて嫌われてもいけないし、もうここはこのまま流したほうがいいかもしれない。大人しく椅子に座って、その背に声をかける。


「今日は何作ってくれたの?」

「ポ、ポロのミルク煮込みっ」

「そっか、美味しそうな匂いがする。あ、食後にでもと思ってフルーツティーを買ってきたんだ。飲んだことある?」

「な、ないかな?フルーツティーってフルーツの味がするの?」

「そうそう。イチゴ味もあるよ」

「へー、面白いものあるんだね」

「リンゴ味とかもあるし、気に入ったものあればまた買ってくるよ」

「ありがと。飲むの楽しみ」


 なんでもない雑談をしていると、次第にクロアちゃんもいつもの調子に戻る。

 たぶん、意識はしてもらってる。

 焦るけど、焦り過ぎて失敗なんてしていられない。そんな時間はないから。


 ずっと一緒にいたいって、そう伝えた時。クロアちゃんは笑ってくれるだろうか。それとも、その瞳は翳ってしまうのだろうか。

 いい想像と悪い想像はいつも同じだけ頭の中に生まれて、俺を落ち着かなくさせる。でもうまく行った時の想像よりも悪い想像の方が何故かリアルに頭に描けてしまって、やすやすと次へは進めない。


 果たしてクロアちゃんの気持ちを俺に向けるのに、残り2ヶ月で足りるのだろうか。

 そんな不安を心の底に秘めたまま口にしたクロアちゃんの料理は、それでもやっぱり、とても美味しかった。





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