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34:まずは一歩

 最後にデザートとして頼んだ植物モンスターの根っこは、甘味を感じるのに舌にパチパチした刺激も感じる、なんとも驚きな一品だった。


「な、なんかまだ口の中が変な感じ」

「うん、シメに頼むものちょっと間違えたかもね…」


 食事を終えて街を歩きながら、2人でパチパチの余韻と戦っていた。いっそ口直しに何か食べようかなぁ、と。そう考えて辺りを見回すと、ちょうど美味しそうなケーキの絵が描かれた看板を発見した。


「クロアちゃん、お腹にまだ余裕があればあそこでちょっと口直ししていく?」

「余裕ある!いこいこ!」

「ははっ。じゃあ行きますか」


 クロアちゃんも同じ思いだったようで、ぱっと顔が明るくなる。そして少し待ったものの、不思議な甘い香りが漂うお店に入ることができた。


「カナト、このお店知ってたの?」

「ううん、たまたま目に入っただけ」

「そうなんだ。ここ、最近注目されてるブラウンコーンツリーの実を使ったスイーツが食べられるお店みたい。別のお店で食べたことあるけど、すっごく美味しいよ!カナトも頼んでみて!」

「ブラウンコーンツリーの実?」


 コーンツリーは楕円形の硬い実を飛ばして攻撃してくる植物系モンスターだったと思うけど、あの実って美味しいのか?てか、どのモンスターも初めに食べようとした人ってすごいといつも感心してしまう。


「実をすり潰してミルクやシュガーと一緒にすると、ほろ苦甘くてクセになる美味しさなの!見た目はデロっとした茶色い液体だから、びっくりするけど」

「見た目は引っかかるけど、クロアちゃんがお勧めするならそれ頼もうかな」

「味は保証するよ!」


 太鼓判を押されたので、クロアちゃんと一緒にブラウンコーンツリーの実をつかった、ショコーラ系というらしい新種のスイーツを頼むことにする。俺はショコーラを使ったパウンドケーキ、クロアちゃんはパンケーキのショコーラ仕立てを注文して、頼んだものが来るまでおしゃべりを楽しむ。

 少し時間が経ってから、待ちに待った口直しのスイーツが運ばれてきた。


「おお、結構濃い茶色だねぇ。てか、クロアちゃんのパンケーキも…うん、すごい見た目」


 俺のケーキは生地に練り込んであるので単純に色が珍しいだけだが、クロアちゃんのパンケーキは、パンケーキが見えないほど全体にショコーラなるものがかけられている。茶色いデロっとした液体が美味しそうには見えず、ちょっと引いてしまう。いや、香りはとても美味しそうだけど。


「ふふ、一回食べちゃえば見た目は気にならなくなるよ」

「そう?」

「そう!カナトも切り分けるからこっちの食べてみて!」

「はは、ありがと」


 お互い切り分けたものを交換して、クロアちゃんに促されて恐る恐るショコーラのパンケーキを口に含む。


「あ、確かに美味しい…」

「でしょ!」


 口に含んだ瞬間、ほろ苦さと深みのある甘さが口に広がって、独特な香りが鼻に抜ける。人気が出るのも納得のインパクトと美味しさだ。


「んー!美味しい!」


 クロアちゃんも嬉しそうに食べてるし、いいお店に当たったみたいだ。

 2人で上機嫌に食べ進めていると、夢中で食べてるクロアちゃんの頬にショコーラが付いているのに気がついた。


「ほっぺたについてるよ」

「ん?」


 笑いを堪えながら手を伸ばして、指先でそれを拭う。

 と、ふと魔が差して。クロアちゃんを見ながら、指先についたそれをペロッと舐めてみた。


「なっ!?」


 途端に顔を赤らめるクロアちゃん。うーん、反応は悪くない気はするけど。これが、いい年して何してんのこのおっさん恥ずかしい!の表情だったら、俺死ねるな。


「カ、カナ…」

「ん?ほんと美味しいね、これ」

「あ、う、うん。そう、だね…」


 クロアちゃんはこっちを見てくれなくなってしまったが、嫌悪や拒絶は感じない。これが普通に知り合ったひとならいい感じと判断できる気もするが、クロアちゃんは子供の頃の近い距離感があるから、なんだか判断に迷ってしまう。


 男としてみてくれてるのか、ただちょっと漫画にあるようなシーンに照れているだけなのか。


「この後はどうする?」

「ふぇ?あ、えっと、ちょっと街を見て歩こうかなって」

「そうだね、見て回るだけで楽しそうだし」

「う、うん!アンダスにはないものもたくさん売ってるよ」


 でも少しずつは意識してもらわないと、いきなり好きだと言っても受入れられないだろうし。地道に頑張るしかないかなぁ。

 まだ少し迷いはある。でも、頑張ろうと思える心境になれたことは、まず一歩進んだと言えるだろう。春には物理的にクロアちゃんとはお別れだ。その時、悔いが残らないようにしたい。


「さ、そろそろ出ようか。外で並んでる人もいるし」


 2人とも食べ終えて、席を立つ。そして、おしゃれなものがひしめき合うソーリスのメイン通りへと向かうことにした。


 




「あ、これかわいい」

「ん?本当だ。こっちも似合いそうだよ」

「確かにこっちもかわいい…」


 アクセサリー店の前を通った時、クロアちゃんの目がひっそり輝いたので、入店を決めた。

 初めはカナトは楽しめないだろうしと遠慮しようとしていたクロアちゃんだが、押し切って店に入ってしまえばその品揃えにテンションが上がったらしい。今は楽しそうに指輪やネックレスを眺めている。


 安価なものもそこそこ数が揃っていて、手に取って試着できるようだ。そこで指輪やネックレスを試しているクロアちゃんはとても生き生きしている。

 その様子を微笑ましく見ていると、ふと目の端に展示してあるネックレスが気になった。


「これ、サンドロータスの形を模してるんだね」

「本当だ。ピンクでかわいい!昔カナト達がサンドロータスを咲かせて降らせてくれたの思い出すなぁ」

「懐かしいね。…ちょっと試してみたら?」


 これはケースに入っていたので、近くに待機していた店員さんにとってもらう。

 え?ケースの中の試すの?と戸惑っていたクロアちゃんだが、試着して鏡を見るとぱっと表情が輝いた。


「か、かわいい…!」

「うん、よく似合ってるよ」


 こういう可愛らしい感じのアクセサリーをつけているところはあまり見ないけど、クロアちゃんには似合うなぁ。小ぶりで淡いピンクのそれは、ケースに入っていたにしては値段も手頃だし、何よりクロアちゃんも気に入ったようだ。

 お似合いですよと微笑む店員さんに声をかける。


「これ、このまま着けて行きたいんですが」

「畏まりました」


 そのやりとりに、クロアちゃんがギョッとしたようにこちらを向く。


「え、待っ、カナトっ!」

「ん?気に入ったんじゃないの?」

「で、でもっ」

「よく似合ってたから、俺がクロアちゃんに贈りたいんだ。駄目かな?」


 そう言うと、クロアちゃんがちょっと頬を染めてうつむく。

 うん、いいよね。


「じゃ、お会計お願いします。クロアちゃんは他に気にいるものないか見ててね」

「うぅ」


 言葉を失ったクロアちゃんをよそにお会計を済ませて、保管用のケースを受け取る。

 クロアちゃん昼に気温が上がってマフラー外してるけど、デザイン的にマフラーすると引っかかりそうだよな。日が翳って寒くなるようなら、外してマフラーをしてもらわないと。

 そんなことを考えながらクロアちゃんのところへ戻る。


「どう?他にいいのあった?」

「ううん。カナト」

「ん?」


 クロアちゃんがちょっと俺の服を掴んで、まっすぐに目を合わせてくれる。


「これ、ありがとう。すごく嬉しい」


 ふわっと柔らかな笑みと共に告げられた言葉に、どうしようもなく胸が熱くなる。


「喜んでもらえたのなら、俺も嬉しい。とても似合ってる。かわいいよ」


 そう言うと、またクロアちゃんが照れたようにうつむく。その姿も可愛いなぁと思いながら、なんとなく手応えを感じてお店を出た。


「もう少ししたら、暗くなる前に帰ろうか。見たいお店はある?」

「ん、このまま見て回るだけで楽しい。カナトは?」

「俺も。じゃあ適当にぶらぶらしますか」

「うん」


 なんとなく2人の間の空気が甘い気がして、落ち着かない気持ちがする。少しは意識してくれてたらいいなぁと願いながら、また足を踏み出したのだった。




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