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33:一縷の望み

「いやぁ、すごかったねー」


 売り文句通り驚愕の身体能力を次々に披露されて、ハラハラドキドキ圧倒されるパフォーマンスに魅せられっぱなしだった。


「ね!なんであんなに高く跳んだりほっそい台にぴったり着地できるんだろ。空中ブランコもヒヤヒヤした〜」

「ほんとほんと。ダンスも息ぴったりで迫力あったし、あっという間に終わっちゃったね」

「ねー。でも、驚いたり拍手したりで忙しかったからかお腹空いたぁ」


 うーんと伸びをしながら空腹を主張するクロアちゃんが微笑ましくて、自然と笑みが浮かぶ。


「俺もお腹すいた。この近くで何か食べようか」

「じゃあ、あっちに見えるお店に行こっ。ちょっと珍しい系のモンスター専門店なんだって。美味しいものからびっくりするものまで揃ってるらしいよ」

「え、びっくりするものって何!?」

「さ、いこ!」


 何だか不穏な言葉に気を取られたのも束の間。楽しそうなクロアちゃんが自然に俺の手を取ってお店の方へとひっぱっるのに、一瞬心臓が跳ねた。


 それをなんとか笑顔で隠して、引かれるがままにそのお店へと向かいながら思う。

 こんな風に何気なく触れられるのってやっぱり、人畜無害だって思われてるんだろうなぁ、と。いや、きっと好かれてはいるんだろうけど。でもその種類は、俺とは違うものなんだろう。そう思うと、少し悲しくなる。


「カナト?」


 黙ったこちらを不思議に思ったのか、クロアちゃんが振り返って大きな目をぱちぱちと瞬かせる。


「ん?どんな料理があるか楽しみだね。びっくりするようなものも頼んでみようか」

「うん!楽しみ」


 ほんの少し悲しくなったとしても。ぱっと浮かぶ笑顔を見ると、すぐに心はふわりと明るくなる。

 この単純さも、恋愛あるあるなんだろう。気を取り直して、今を楽しもう。


「楽しみだけど、びっくりするものが虫系モンスターとかだったらどうする?」

「え、あたし虫系はちょっと遠慮したいかも」

「俺も好き好んでは食べたくないかなぁ。ただ、クリスタルビーの子は美味しいとは聞くけどね」

「うぅ、ちょっと心配になってきた…」


 こちらを引っ張っていたクロアちゃんの勢いが急に削がれて、普通に手を繋いで歩いているみたいになる。


「ま、虫系を避けて頼めばいいだけだから、そんなに悲観しないで」

「そ、そうだよね。やっぱり美味しそうなものだけ頼も」

「ははっ、了解」


 そんな会話を交わしながら繋いだ手はそのままに歩いて、まもなく目的のお店へと到着する。少し早めの時間だったからか、さほど待つこともなく席へと通されたのだった。







「わわわ、でっかい貝!」

「すごい分厚い貝殻だなぁ。これで砂漠にいるんだからよくわかんないよね」

「貝殻熱くなんないのかな?」


 目の前にドーンと置かれているのは、ちょっと上から潰された巻貝みたいな形のモンスター。不思議とモンスターは海中にはほとんどおらず、貝や蟹、海老などの海中生物に似た姿形のモンスターがよく砂漠エリアに生息しているのだ。


 このロックスープシェルと呼ばれる巻貝を背負ったみたいなモンスターもその一種なのだが、今それは殻の入り口を上にして火にかけられている。中に詰められている野菜がしなっとなったら食べてくださいと言われたが、肝心のモンスターはそれに埋もれて姿は見えない。


「少し時間かかりそうだし、先に違うの食べようか」

「カナト、何頼んでたの?」

「サラマンダーの尻尾ステーキ。クロアちゃんは?」

「グリーンピグの煮込み〜ラットハングラースの実を添えて〜」

「ラットハングラースって、ネズミっぽい形の擬似餌でモンスター誘き寄せて食べちゃう植物系のモンスターだよね。実ってそのネズミみたいなの言うんだ…」

「ネズミが丸ごと煮込まれてるみたいな見た目だよね、これ」


 大きめのお肉の煮込みの周りに、一緒に煮込まれたらしい小さなネズミみたいな見た目の実が4つほど添えてある。


「なんともいえない見た目だ…」

「好奇心の赴くままに頼まなきゃよかったかなぁ」

「まぁ、ものは試しに食べてみなよ。美味しいかもよ?」


 そんな会話をしつつ、お互いの頼んだものを少し分け合って一緒に食べる。


「カナトの頼んだサラマンダーのステーキ、結構歯応えあるけど美味しいね」

「うん、美味しい。ネズミもどうかと思ったけど、何というか芋?みたいな味だ」

「ね。意外とクセもなくていい感じかも。食べてる最中も見た目が…だけど」

「頭からいくか尻尾からいくか、みたいな?」

「うーっ」


 とはいえ、やはり珍しい食べ物に挑戦するのは楽しい。サラマンダーは砂漠エリアではよく食べられるらしいけどこの辺りではほとんど手に入らないし、ラットハングラースも見かけたことがなかったので、そのネズミっぽい部分が芋味だというのは驚きだし、話の種にもなりそうだ。


 そうこうしているうちにロックスープシェルもぐつぐつ煮立ってきたので、具とスープを2人で分ける。


「すっごくいい匂い」

「スープシェルって名前だけあっていい出汁が出るみたいだね。砂漠の砂に潜ってるから捕まえるのがすごく大変だし重いし、砂出しの処理も技術がいるらしいからあんまり出回らないけど。さ、食べようか」


 不思議な白濁色のスープをスプーンで掬って飲んでみる。するとぱっとクロアちゃんの顔が輝いた。


「わー、美味しい。見た目通り貝に似てるけど、ほんとスープだけでもずっと飲んでたくなっちゃう」

「うん、深みがあって美味しい。このぷるっとしたのがモンスターなのかな?不思議な食感だ」

「ね。でもここで食べたものって簡単には手に入らなさそうで、そこはちょっと残念」

「はは、そうだね。でもまた来ればいいよ。この街の勤務になる可能性高いんでしょ?」

「そうだね。ならカナトもまた一緒に来てくれる?」


 ちょっと小首を傾げながら言われた言葉に、一瞬詰まりそうになった。でも何とかそれを隠して答える。


「うん、もちろん」


 当たり前のように未来を口にしてくれるクロアちゃんに、落ち着かない気持ちになる。

 頻繁に一緒にご飯を食べて、たまに休みが合えば2人で遠出して。そんな風に過ごす今の時間が、クロアちゃんがビスリーに帰ってしまった後どんな風に変化するのだろう。


 クロアちゃんは、どうなると想像しているのだろうか。


 たまに手紙を書いて、年1回くらい遊びに行く仲?お互い仕事を持ってて、特別な関係でもなければそんなものだ。ミマサカとソーリスは、簡単に会える距離じゃない。


 距離が離れれば、会う間隔が長くなれば、それだけ互いに対する関心も薄れていくだろう。

 その方が、いいのだろうか。


「じゃあ、約束ね!」


 ああ、でも。この嬉しそうに輝く笑顔を手に入れるために、最後にひと足掻きしたいと思ってしまう。


「うん、約束」


 どちらにしても離れていくなら。最後の最後に、一縷の望みをかけて動いてもいいんじゃないか?

 ずっとこうして2人で笑い合う未来。やっぱりそれを、手に入れたいと願ってしまうのだ。




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