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32:ビスリー観光

「おはようございますー」


 今日はクロアちゃんがトウワコク観光のお礼にとビスリー観光を申し出てくれていたので、2人でお出かけの予定だ。

 本当は駅で待ち合わせようかと言っていたのだが、あの少年の件もあって家までお迎えに来ている。もし何かあったら嫌だしね。


 そして声をかけてすぐ、かちゃりと扉が開いてクロアちゃんがパッと駆け出てきた。


「おはよカナト!迎えに来てくれてありがとう」

「おはよ」


 クロアちゃんは今日も、俺の贈った白のコートを身につけてくれていた。少し長め丈のコートだが、その間から見える膝上丈のスカートとロングブーツの間が目に毒です。コートのボタン閉じちゃダメかな。ちょっと気温が高めのアンダスの気候が憎い。


 そんなどうしようもないことを考えていると、もう1つ、クロアちゃんが見覚えのあるものを身につけていることに気がついた。


「あ、そのマフラー」

「うん、カナトが作ってくれたやつ!これすごいね、程よくあったかくて家の中でもしてたくなる」

「気に入ってくれたなら嬉しいな。似合ってる」

「へへ、ありがとっ」


 休みに入って一気に仕上げたそれは、探し回ってクロアちゃんに似合いそうだと買ってきたマフラーに、俺オリジナル配合の魔液を使った固定魔法を施したあったかマフラーだったりする。魔液素材を安く買える職場だからこそできることだが、市販のものより長持ちするように設計してあるので、是非長く使って欲しい。


「じゃ、いこっ。列車の時間もあるし」

「そうだね。その前にえっと、お父さんは?」

「ん?」


 クロアちゃんが首を傾げながら振り向いたところ、ちょうど家の扉が開いてクロア父が顔を出した。


「よぅ、うちのお転婆ムスメ頼んだぞ」

「おはようございます。遅くならないうちに送り届けますので」

「ああ、楽しんでこい。クロアははしゃぎ過ぎてメーワクかけねーようにな」

「そんなことしないもん!」


 失礼な!と憤慨するクロアちゃんに呆れたような目を向けると、クロア父はチラッとこちらに手を振って家の中へと戻っていった。


「じゃあ挨拶もできたし行きますか、お転婆ムスメさん」

「えっ、カナトまで?」


 納得いかないといった雰囲気のクロアちゃんを連れて、列車の駅まで歩く。自分が贈ったコートとマフラーを身につけるクロアちゃんに、ひっそりと幸せを噛み締めているなんてことは、気付かれないようにしなければ。






「ここ、ここ!一回来たことあるんだけど、楽しかったよ!獣人の身体能力を極限まで活かしたパフォーマンス!って売り文句なんだけど、ホントその通りなの」

「へー。噂は聞いたことあったんだけど、来たことないから楽しみだな」

「さ、いこ!」


 列車に乗ってしばし。

 若者の街として人気の都市、ソーリスを訪れていた。観光地としても名を聞くそこは、確かに活気があってヒトらしき姿もチラチラ見える。


 アンダスはモンスターエリアに接した土地で、そこでの討伐や採取で生計を立てる無骨な雰囲気の人が多いし、観光客もほとんどいない。反してここはファッションも華やかで、洗練された雰囲気だ。


 もちろん観光向けの施設やお店も立ち並んでおり、ここは世間がお休みである今が稼ぎ時。お店の前でお客さんを呼び込む声も聞こえてくるし、明るい活気に溢れている。家族連れやカップル達が楽しそうに行き交う様子を見るだけで、なんだかワクワクしてきてしまう。


「ちなみに、あたし来年の春からは多分ここの勤務なんだよね」

「そうなんだ。実家から通い?」

「どうしようか悩んでるの。通えるけど面倒な気もするし、でも一人暮らしってやっぱりお金かかるし」

「そうだねぇ」


 通勤片道1時間ちょっとってところか。確かに通えるけど面倒な距離だ。


「ま、もう数ヶ月考えるよ。とか言って、カナトみたいにすっごく遠くの勤務地になったりして」

「こら、口にすると本当になるよ」

「う、多分ならないけどっ。一応聞かなかったことにして!」

「はいはい。それで、いつ頃正式に決まるの?」

「んー、休み明けには判明すると思う。でも採用の時からここの勤務地になると思うって言われてて、獣人向けの接客をメインに研修してるの。だから急に変更になることはないと思う」

「獣人向けの接客?」


 ヒトと獣人とでそんなに接客が違うのかと疑問に思っていると、クロアちゃんが説明してくれる。


「ヒトって大体体格が一緒だけど、獣人は尻尾有無とか手足の長さとか体の幅とか結構違うでしょ?だからお客さんと相談して、例えばどこら辺にどんな風に尻尾の穴を開けるのかとか相談して決めるの。で、購入してもらったらどう直すかの指示書を作成してお客さんに渡して、お客さんはそれを持って直し屋で直してもらうって感じ」

「あー、なるほど」


 確かに尻尾だけでも太さとか違ったりするし、既製品を買えばよいヒトとはお店に求めるものが違って当たり前だ。指示書の作成とかいろいろ学ぶ必要があるから、クロアちゃんも一年間研修の必要があったのだろう。


「ま、もし違う勤務地になったら報告するね。多分ならないけど」

「わかった。ここかミマサカの近くになることを祈っとくよ」

「確かにミマサカの近くなら嬉しいなー」


 そんな会話をしながらチケットを買いに並んで、無事購入してから会場へと入ったのだった。




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