31:安全なやつ
飲み会明けでぐったり怠惰に過ごした日の翌日。
今日は、お昼ご飯をクロアちゃん一家と食べる予定だ。トウワコクからこっそり運んできた手土産のお酒を片手に、オルソー家に向かう。
自分のクロアちゃんに対する気持ちを改めて認めてから会うのは、なんだか気恥ずかしくて落ち着かない気持ちがする。ちゃんといつも通りに振る舞えるといいけど。なんてソワソワした気持ちを抱えて、オルソー家間近の角を曲がった。
すると家の前の道にはクロアちゃんが立っていて、お互いすぐに気付いて目が合った。わざわざこちらを待っていてくれたらしいクロアちゃんに、思わず笑みが浮かぶ。
「あ!カナ…」
「クロアー!帰って来てたんなら声かけてくれよ。ひっさしぶりじゃん!」
クロアちゃんがこちらにちょっと手をあげて、声をかけてくれようとした瞬間。
いつの間にかクロアちゃんの後ろからやって来た猫系っぽい耳の少年が、がばっとクロアちゃんに抱きついた。
「え?」
予想外の光景に、固まる。
え、だれ。そんな堂々とクロアちゃん呼び捨てにして抱きつくとか。え、俺すでに失恋?ナガセさんに背中押してもらったばかりなのに?
一瞬でナガセさんに失恋しましたぁ!と泣きつく無様な己の姿まで目に浮かんだ、けれど。
「さわんないでよ!」
全身の毛を逆立てるようにクロアちゃんが少年に怒りを向けて、我に返った。
腕を振り解かれて怒りを向けられている少年は、えー、と不満そうな声をあげている。
「なんだよー、いいじゃん久々の再会なんだし。てか今日暇なら遊びに行かない?」
「ずっと忙しいし遊びに行かない。さようならもう来ないで」
凍えるほどに冷たい言葉に、こっちまで少し背筋が冷える。あー、俺も調子に乗ったりしたらあんな風に容赦なくバッサリやられてしまうかもしれない。マジで気をつけないと。
そうひっそりと自分を戒めていると、こちらの存在を思い出したらしいクロアちゃんが、はっと顔を向ける。
「あ、カナト!その、いらっしゃい。み、みんな待ってたんだ!」
「あ、うん。お招きありがとう」
なんかお互いギクシャクした笑みを浮かべて、挨拶を交わす。それを見ていた猫耳少年が、トゲトゲしい視線をこちらに向けた。
「はぁ?誰このおっさん」
お、おっさん…?
ここ最近変わらないねーと言われていた中で、おそらくクロアちゃんと同年代だろう少年の言葉が心に刺さる。クロアちゃんにとっても、やっぱ28歳はおっさんなのか…?くっ、さっきからダメージがでかい。
でもクロアちゃん嫌がってるし、相手にせずにさっさとこの場を離れる方がいいよなぁ。ちょっと見ただけでも関係性は良くなさそうだし。
キッと猫耳少年を睨んで何か言いたそうなクロアちゃんに近づいて、振り解いた際に乱れた長い髪を撫でて直す。
「クロアちゃん、寒いのに外で待っててくれたんだ。ありがとね」
「え?あ、うん!へへっ、なんか久しぶり」
クロアちゃんの意識が少年からこちらへ変わったので、さりげなく少年とクロアちゃんの間に入る。
「3日前一緒に帰って来たばかりでしょ。ゆっくり休めた?」
「うん。あ、今日はお父さん達とたくさん料理作ったの。兄ちゃんたちがハチミツも取ってきてくれてるよ!」
「そっか、楽しみにしとくね」
話しながらクロアちゃんの背中を家の方へと押して門の中へ入ると、さっとそれを閉める。そして不満そうな顔で口を挟むタイミングを伺っている少年に、おざなりに手を振った。
「もう約束の時間だからごめんね、少年。じゃ」
「は?ちょっと…!」
「さ、クロアちゃん。お父さんに挨拶行きたいから案内してくれる?」
「うん!まだ台所にいるはず。さ、上がって!」
「いや、誰だよあんた!」
君こそ誰だよ、と言いたいのをぐっと堪える。クロアちゃんも少年のことは忘れる事にしたようで、チラリともそちらを見ずに家の中へ招いてくれる。
パタンと家の扉が閉まって、少年と隔絶されてほっと息を吐いた。
浮かれていた心を思いがけずボコボコにされてしまったが、まぁ逆によかったかもしれない。なんか冷静になれたし。
あの少年みたいに、浮かれた挙句クロアちゃんに手酷く拒否されたら立ち直れない。冷たい声でさようならもう来ないで!とか、言われた日には…。
内心震えながら、クロア父に招待のお礼と共にお土産のお酒を渡して、そしてたくさんの料理が所狭しと並んだ部屋に案内してもらったのだった。
クロア父の作る料理は、その外見通りにとても豪快だ。でもシンプルな味付けが結構美味しくて、薦められるままに並んだ料理を楽しんでいく。
トウワコクではあまり食べられない植物系モンスターや魔草(魔力は帯びているけどモンスターみたいには動かない植物)も使われていて、懐かしさに食が進んだ。
机に並んだ料理の量は恐ろしく多いが、クロア父も兄達もすごくよく食べるので、このくらいでちょうど良いのだろう。きっとここに来る間の宿のステーキだって、クロア父や兄ならぺろっと完食してしまったに違いない。
「はぁ?あのガキまた来てたんか。にいちゃん呼べって言ってんだろ」
「うー、でもカナトが助けてくれたし」
「ま、ならいいけど」
そんなことを思いながら食事を楽しんでいると、クロアちゃんとお兄ちゃんの会話が耳に入って来た。あの少年はオルソー家にとって警戒対象な事にホッとしたような、余計心配になるような複雑な思いだ。
「えっと、あの少年は…?」
恐る恐る聞いてみると、クロアちゃんと話していた一番上のお兄ちゃんがこちらに視線を向けた。
「ただの女好きの勘違いヤローっす。ま、年も住まいも近いし見知ってはいたんすけど、クロアがキレーになった途端、手のひら返すように付き纏ってる感じで」
「そうなんだ…」
「ホント迷惑なの!仲良くないのに馴れ馴れしいし、気に入った容姿の子に片っ端から声かけてるから、みんな相手にしないんだ」
「困った子なんだねぇ」
そんなやつに狙われてるとか、クロアちゃんが心配だ。
「ま、それもあってトウワコクで一人暮らしもある意味安心なんすよね。今はカナトさん近くにいてくれるし」
「うん!一人暮らし楽しいよ」
「オマエはもちっと手紙書け」
そう言ってお兄ちゃんがぐしゃぐしゃとクロアちゃんの頭を撫でるのに、きゃーっ兄ちゃんのバカ!と悲鳴が上がる。うん、兄妹仲が良くてよいことだ。
てかお兄ちゃんにとっては、俺って安全なやつという認識なんだろうか。セノが俺にヨシノさんを送らせる際、人畜無害な男だから安心して!とか言ってたけど、もしやそんな感じ?あー、信頼が重い。
ふぅ、とこっそり息を吐く。
ナガセさん、俺すぐには告白できそうにありません…。
そんなメッセージを心の中で送って、ちょっとヤケになって料理を口に詰め込んだのだった。




