30:見覚えのある巨体
昨晩の醜態をナガセさん達に詫び、その償いも込めて子ども達とひと遊びした後。ナガセさんご夫妻に心からの感謝を伝えて、俺は荷物を持って予約している宿へと向かっていた。
ナガセさんに話を聞いてもらえて、そしてまさかの応援の言葉までもらって、すごく心が軽くなっている。勇気を出して相談して、本当によかった。
あまり浮かれてクロアちゃんの前で失敗する事は避けたいが、幸い今日はクロアちゃんと会う予定はない。宿へと移動したら、夕方からはアンダス支社の人との飲み会の予定が入っているのだ。
わざわざトウワコクへの帰国日程を遅らせて待ってるんだからな!と言ってくれた人もいるらしくて、なんだか嬉しい。さすがに6年前とは少しメンバーも入れ替わっているので集まるのは少人数だが、懐かしくて楽しみだ。
そんな風に浮かれながら歩いていると、なんだか正面から見覚えのある巨体が近づいているのに気がついた。相手もこちらに気が付いたようで、軽く手を上げて真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「カナトか。久しぶりだな、クロアのやつの面倒見てもらってあんがとな。つーか、あんた5年前と変わらんなぁ」
「お久しぶりです。こっちこそクロアちゃんにお世話になってます。ていうか、俺そんなに変わんないですかね」
ナガセさんにも似たようなこと言われたなぁと首を傾げていると、声をかけてきたクロア父が豪快に笑う。
「老けたなって言われるよりゃいいんじゃねぇか?クロアもやっと帰ってきたと思ったら、ガキん時みたいにカナトがカナトが言ってるしな。懐かしくもなる。あいつ、そっちでメイワクかけてねぇか?」
「いいえ、むしろ楽しく過ごさせてもらってます」
「そっか。娘なんて持つと気が気じゃねぇが、本人はこっちの心配なんざ気にも止めねぇんだ。ちっとも手紙も寄越しゃしねぇ。あんたの同僚だったマキさんに近況を聞きに行く始末だぞ?どっちが親だかわかんねぇわ」
ため息混じりのその言葉に、昔小さくなりながらナガセさんに協力を頼んでいた姿が重なる。相変わらず娘の子育てに苦労してるんだなぁと、こちらも懐かしくなった。
「俺からも手紙書くように言っときますね」
「ああ、あんがとな。あんたも娘ができたら気をつけろよ、ホント心配が尽きねぇからな。ま、最近はあんたがクロアの面倒見てくれてるらしいって聞いて、少しは気が楽になったが。つーかなんなら、このままあんたがクロアのやつ貰ってくれたら、オレも安心できるんだがなぁ」
「え?」
思いがけない言葉に、思考が追いつかずにピシッと固まってしまう。そんな俺を見て、クロア父はちょっと残念そうに目を細めた。
「まぁ、あんたから見るとクロアはガキくせぇか…。女房に似て美人に育ったとは思うんだが。ま、こーいう事に口出すと嫌われるらしいからな、聞かなかった事にしといてくれ」
「あ、はい…」
「宿に行く途中だったんだろ?引き止めて悪かったな。明後日はうめぇもん用意しとくから、楽しみにしとけよ」
「あ、りがとう、ございます」
「じゃ、またな」
手を振って通り過ぎていくクロア父の後ろ姿を、半ば呆然と見送る。え、さっきの言葉。このままあんたがクロアのやつ貰ってくれたらって、…そういう意味、だよな。
いやいやいやいや。浮かれるな、俺!社交辞令みたいなやつかもしれないし!そもそもクロアちゃんの気持ちもわかんないし!
だめだ!浮かれるな!そう自分を戒めるけど。
でも、でも。
「嬉しい…」
クロアちゃんのお父さんに、コイツになら任せられるかもって、少しでも思ってもらえているんだってことが、嬉しい。あーヤバい、外でニヤける不審者になってしまいそうだ。だめだだめだ。早く宿に入ろう。
そして早足で宿へ向かって受付を済ませた後。時間いっぱい部屋で気持ちを落ち着かせてから、アンダス支社へと向かった。
ナガセさんは夜なので不参加だったけど、お久しぶりな人たちに囲まれてわいわい盛り上がるのはとても楽しかった。研究者気質な人が多いからフロレスでの仕事の話も盛り上がって、喉が枯れるまで話して飲んでとあっという間に時間が過ぎる。
さすがに空が白けてきた頃にはみんなぐったりしてたけど、胸には満たされたような満足感が残った。ま、40代にはオールはキツい…と辛そうな声も聞こえるけど、20代ってまだちょっとは無茶できるし。うん、俺もまだ若いよ多分。
すっかり朝になってから解散になったけど、別れの言葉が「早く出世して戻ってこいよ」で笑ってしまった。うん、頑張って出世して、またここでみんなと研究に明け暮れてたまに店番とかしたいなぁ。
頑張ります!と返して宿へと帰る足取りは、とても軽かった。




