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29:止めてほしかった

 俺の告白に、ナガセさんが驚いたように息を呑むのがわかる。その目に嫌悪が浮かぶのが怖くて、果実酒に固定した視線を動かせない。


 わずかな沈黙が、苦しい。


「え、と。本当に?」

「…はい」


 信じられない、といった風に聞き返されて、苦い笑みが浮かぶ。そりゃ、そうだよね。びっくりするよね。ナガセさんだって6年前一緒に幼いクロアちゃんと時を過ごしたのだ。それを、好きだなんて。


 ああ、いっそ。止めを刺して欲しい。

 そう思ったのに。


「そうだったの!?うんうん、そうよね〜、クロアちゃんすごくいい子だもの!それに美人だし。ササマキ君知らないだろうけど、こっちでも結構モテてたのよ」

「………へ?」


 明るく返されて、一瞬思考が追いつかなくなった。

 思わず視線を向けた先のナガセさんは、その言葉通りに楽しそうで、負の感情はまるで見えない。


「えっと、その。気持ち悪いとか、ふざけんなとか、思いませんか。俺クロアちゃんの小さい頃知ってて、10も年上なんですよ」

「んー、ササマキ君はそこで悩んじゃったのね」

「そりゃ…。ナガセさんだって、28歳の時に成人したての18歳の男の子好きになって、自信満々に告白できます?」

「そう言われると、まあ確かに悩んじゃうわ」

「でしょう?」


 なんだか少し気が抜けて、思わずグラスに残っていた果実酒を一気に飲んでしまう。


「ササマキ君は、私に止めてほしかったの?クロアちゃんに手を出さないでって」


 空になったグラスに果実酒を注いでくれながら、ナガセさんが静かな声で聞いてくる。


「そう、ですね。ナガセさんにキツく言われたら、なんか踏み止まれる気がしたんです。でも心のどこかで、許して欲しいとも思っていたかもしれないって、…今、気がつきました」

「5年前に言われたらぶん殴ってたけど、クロアちゃんはもう18歳よ。ササマキ君がクロアちゃんの気持ちを無視して泣かせたとかでないのなら、私は何も言えないわ」

「でもっ。小さい頃から知ってて、そんな対象に見れない年上に急に恋愛感情向けられるとか、クロアちゃん、怖がるんじゃないかって。純粋に慕ってくれてるのに、勝手にこんな感情持っちゃうのが、なんかすごく、申し訳、なくて」


 クロアちゃんを裏切っているようで、自分が汚く思えて、情けなくて。言葉に詰まった俺に、ナガセさんは小さな笑みを浮かべた。


「そうやってクロアちゃんの気持ちを考えられるササマキ君だから、私には尚更止める理由がないわ。恋に落ちるのは本人にもどうしようもないもの。でもそれを自分勝手にぶつけずに、ちゃんと相手の気持ちを考えられるのはササマキ君のいいところよ。だから気持ち悪いとも思わないし、軽蔑もしないわ。私個人としては、むしろ応援したいと思うもの」

「…っ」


 それはここに来るまで想像もしていなかった、肯定の言葉。


 思わずポロッと涙がこぼれて、慌てて手で拭う。あーもう。ほんと、情けない。

 そんな俺に、ナガセさんがイタズラっぽく笑う。


「ま、私がどう思うかなんて、本当にどうでもいいことよ。決めるのはクロアちゃんだもの」

「ええ。でも、ありがとうございます。なんかすごく、楽になりました」

「ふふ。ならよかったわ。その様子だと誰にも言えてないんでしょ?ほらほら、もっと飲んで喋ってスッキリしちゃいなさい。重すぎて気持ち悪いとかめんどくさいとか思っても、今日は黙っててあげるから」


 そう言って、ナガセさんがグラスに溢れる直前まで果実酒を注ぐ。


「ははっ、それはありがたいです。あーあ、アンダスがもっと近かったらいいのになぁ。そしたら失恋しても、ナガセさんに泣きつけるのに」

「あら、告白する決心がついた?」

「まだどうしようって思いが大きいですけど。クロアちゃんがアンダスに帰る間際なら、言ってもいい、のかな。クロアちゃんがショック受けたら、ナガセさん、申し訳ないけどフォロー役よろしくお願いします……」

「それだと近くても遠くても、結局ササマキ君は私に泣きついてこれないわね」

「本当だ、1人で泣こう…」

「でも、いい結果になるかもしれないじゃない?クロアちゃんから来る手紙、本当に楽しそうなの。この間もイチゴ狩りが楽しかったーって。だから、ね。いいんじゃない?ササマキ君の気持ち、伝えてみても」


 その声音がすごく優しくて、なんだかまた泣きそうになる。


「そう、ですかね」

「ま、結果は保証できないけど」

「飴と鞭がつらい」

「はいはい。でも愚痴くらいなら聞いてあげるから」

「うう、優しい…」


 ぐだぐだ話しながら、なんだか不思議な気持ちになる。ナガセさんとよく話すようになったのは、店番の曜日が同じになった赴任最後の1年のこと。


 でもクロアちゃんがいなかったら、こんなに長く付き合いが続いただろうか。こんな風に家に泊めてもらって、悩みを聞いてもらうような間柄になっただろうか。

 ううん。きっとクロアちゃんがいなかったら、本社へ帰ってそれっきりだった。


「なんか、こんな風にナガセさんと話せるのもクロアちゃんのおかげですよね」

「そうかもね。ササマキ君が私に相談しに来るとか、クロアちゃんのこと以外では想像つかないもの」

「振られても見捨てないでくださいね」

「後ろ向きねぇ。そもそも、いつ好きになったの?クロアちゃん全然気が付いてないわよ」

「がんばって隠してますから」


 それから、ナガセさんに問われるままにクロアちゃんと過ごした日々を話した。可愛すぎて困るとぐちぐち言っている俺に、ナガセさんは宣言通り気持ち悪いとかめんどくさいとか言うことなく優しい相槌で付き合ってくれて、余計に止まらなくなって。


 そして散々しゃべり倒した後。いつの間にかその場で寝落ちした俺は、子ども達と同じようにシルウェンさんに回収されてベッドへと運ばれることになったのだった。




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