24:年納めの会
「お疲れでしたー!」
「お疲れ様でしたー!」
パチパチパチ、と拍手で盛り上げている今は、会社の年納めの会だ。
長休み前最終日夜に会社の経費で美味しいものを飲み食いする会で、この辺りの風習みたいなもの。お店もこの時期貸し切られることが多いので、うちは自社建物内で、ある程度の部署ごとに集まって行っている。
お偉いさんのありがたいお言葉を聞いた後は、業者に運んでもらった食事を立食形式で自由に楽しめる。泥酔する人がでると面倒という理由でうちの会社はお酒は結構量を絞ってるけど、その方針には賛成だ。誰も好き好んで最終日に酔っ払いの世話なんてしたくない。片付けも大変だしね。
と、思ってたのに。
「えっと、大丈夫?ほら、お水」
「うぅ、すみません。ちょっとくらいならと思ったんですが、…すみません」
隅っこで顔を赤くして蹲っていた、なんとなく見覚えのある女の子を拾ってしまった。てか、名前なんだったかな。ヤバい、思い出せない。
「立てる?あっちに椅子があるから座ってなよ」
「ありがとう、ございます…」
確かセノと一緒に見かけることがあるから、営業部の後輩だったと思うけどなぁ。そもそも名乗られたことあったっけ。ま、そんなに関わりもないし、いっか思い出せなくて。
そんなことを思いながら手を貸して立ち上がらせて、椅子のある方へ連れていく。
その途中で、意図的に避けていたセノとバッチリ目があってしまって、顔が引き攣った。
「あれ?ササマキ、今度はヨシノちゃんお持ち帰りしてるの?」
「誰かさんと違って、気軽にお持ち帰りなんてしたことありませんけど!?てかセノの後輩でしょ。ちゃんと目を配ってあげなよね」
「あー、ごめんごめん。さすがササマキ、気がきくね」
「うーわ、白々しい…」
ますます顔が引き攣るが、今は体調の思わしくないヨシノちゃんとやらを椅子へと導くのが先だろう。セノを捨て置いて、とりあえず休息スペースへ連れていく。すると同じ営業部の人がいて、その子を引き受けてくれてたのでホッと胸を撫で下ろした。
その後は特にトラブルもなく、ちょっとした景品ありのクイズや知り合いとの会話を楽しみながら過ごして、いつの間にかもう年納めの会も終わりの時間。
偉い人の終わりの挨拶を聞き流した後、業者の人が片付けやすいように簡単にゴミなどをまとめていく。そして大体まとまったしそろそろ帰るか、と周りを見るとだいぶ人も減っていた。
よし、俺も帰っていいでしょう。そう思って端に置いていた鞄を取りに行こうとしたところを、後ろからガシッと腕を掴まれた。
「ササマキ確保!うん、ちょうどよかったよ」
「いや、なにが」
またセノか…。嫌な予感しかしない。
「ササマキの家あっち方面でしょ?ヨシノちゃん送ってってよ。営業部女子はみんな方向違うんだよね」
「えっ。だからって俺?てかセノも同じ方向じゃなかったっけ?」
「俺この後ルリちゃんと約束あるから。え、まさかササマキもオルソーちゃんと約束ある感じ?」
「いや、ないけどさ…」
クロアちゃんも今日が仕事納めで同じように会社でご飯が出るらしい。
そういえば詳しくは聞いてなかったけど、お酒は出ないだろうね…?まぁ、女性が多いらしいし多少飲んでも大丈夫かなぁ。
なんて他所ごとを考えてる間に、セノがじゃあ決まりね!と勝手に話を進める。
「ヨシノちゃーん!ササマキが送ってくれるって!人畜無害な男だから安心して送ってもらってー!」
「え、ちょ、」
「いやー、良かったよ。ササマキになら安心して任せられるし」
「なんなのその無駄な信頼は…。まぁ、いいよ。方向同じならついでだし」
「さすがササマキ!じゃあよろしくねー」
ばいばーい!と楽しそうに出ていくセノを見送る。てか、セノ達は正式に付き合い出したのかな。気にはなるけど、下手にあれこれ聞くとこちらの事も聞き返されそうだから触りたくないや。
はぁ、と内心ため息を隠して鞄とコートを持ち、ヨシノさんのところへ行く。すると、拾った時は赤かった顔をちょっと青白くしているヨシノさんが、あわあわ慌てていた。
「えっと、送るよ。もう出れそう?」
「あ、あのっ、すみません!セノさんが勝手にご迷惑を…!帰るくらい1人で大丈夫ですのでっ。お手を煩わせるわけにはっ」
「ちょっと。まだ顔色良くないし、送ってもらいなって」
「すみませんササマキさん。この子よろしくお願いしますー」
辞退を申し出たヨシノさんを、営業部の同僚2人が押さえ込む。まぁ、確かに顔色良くなさそうだし心配にはなるよね。
「えっと、ヨシノさん?でよかったかな。方向同じらしいし気にしなくていいよ」
そういうと、ヨシノさんがピキッと固まってしまった。ん、あれ?もしかしてヨシノって名字じゃなくて名前だったか?
「ありがとうございますー!」
「早く帰って休みなよ。ほら、バッグとコート持ってきたから、下まで一緒に行こ」
名前について言及する前に同僚2人組に押し切られて、とりあえず会社の出口まで向かう。
まぁ、名前呼ばないように会話すればいっか。そんなことを思いながら、流されるままヨシノさんを送ることになったのだった。




