22:一瞬で全てが
今日はクロアちゃんと、久々にお店で晩御飯を食べる予定だ。寒いのでお店は先に決めて中で待ち合わせの予定にしている。
てか、初めから会社前じゃなくて店待ち合わせにしとけば、セノに絡まれたりすることもなかったよなぁと今更なことを思った。本当に今更だけど。
「ん?」
そんなことを思いながら目的地へと向かっていると、なぜかお店の近くの道にクロアちゃんがいた。
誰かと一緒に。
あの人、この間の合コンの時にいた後輩三人衆の1人、だよね。
そう思い当たった途端、胸に暗いものが湧き上がった。セノが言っていた、クロアちゃんとご縁を持ちたがっていた後輩A君の話が脳裏に浮かぶ。
少し距離があるけど、甘めの顔立ちでスタイルの良い後輩くんとクロアちゃんは、並んでいてとても自然だ。その事実が、じわじわと胸を苦しめる。
ああ、嫌だなぁ。
でも、お店へ行くには2人のいる道を通る必要がある。そっと深呼吸して、重たい足をなんとか動かす。
そしてある程度近づくと、クロアちゃんがこちらに気がついた。
「あ、カナト!」
「こんばんは」
「あ、ササマキさん。この間はありがとうございました」
「こちらこそ。途中で抜けちゃってごめんね」
「いえ、こっちこそ気が利かなくてすみませんでした。ではお邪魔してもいけませんし、僕はこれで」
にこりと人好きのする笑みを浮かべると、クロアちゃんにも声をかけて後輩くんはその場を去っていく。
その如才ない振る舞いになんとなく後ろ姿を見送っていると、クロアちゃんがこちらを見上げて口を開いた。
「カナト、さっきの人と仲良いの?」
「いや、あの人はセノの後輩なんだ。俺とは合コンの時に初めましてだったよ」
「そうなんだ」
「なにか、気になる?」
何でそんなこと聞くの?あの人のこと、気になってるから?
「ううん。ただカナトの後輩なのかなって」
「会社が同じだから後輩は後輩だけどね。俺は外国勤務が長いから、顔も知らない本社の後輩も結構いるよ」
「そっか、こっちのが短いんだもんね」
「そうそう」
ああ、何だかすごく胸がムカムカする。
「クロアちゃんは、あの人と連絡先でも交換してたの?」
「ううん。今日はたまたま会って、なんかこの間お酒止めなくてごめんねみたいに謝られた。謝るのは迷惑かけたこっちなのになぁ」
しゅんと項垂れた様子で耳がヘタる。なんとなくそれが気に食わなくて、無意識にそれに手を伸ばす。そして伏せられた耳を指で挟んで、それを立たせるようにスッと撫で上げた。
「ひゃっ!?」
途端、ぴゃっと耳も尻尾もピンと立って、驚きに目を見開いたクロアちゃんがこちらを凝視する。その顔は赤く染まっていて……。ああ、こんな表情見せるの俺だけにしてくれればいいのに、なんて。どうしようもない願いが込み上げてくる。
「そっか。クロアちゃんがあの人のこと気になって、俺に橋渡しして欲しいとかじゃないんだ?」
「ち、違うよ!全っ然違う!!」
「そう?タイプじゃなかった?」
「あ、あたしもっとオトナな人がいいの!」
「オトナ?」
「カ、カナトみたいに、優しくて大人な人がいいのっ」
その言葉に。胸に巣食っていた暗い感情が霧散して、頭が真っ白になる。
ああ、なに。何それ。なんで、そんな期待させるようなことを言うの。
「…俺、歳の割には結構子どもっぽいと思うけど」
「そんなことないよ。いつもあたしのこと助けてくれるもん」
そう言われて、少し前まで勝手に嫉妬して意地悪い気持ちになっていたことに、罪悪感が込み上げてくる。俺、やっぱ子どもっぽいよ。ああでも、クロアちゃんが好いてくれるような、いい大人でいたいと、切に願う。
「そう言ってくれると、嬉しいな」
「本当に感謝してるよ?」
「ありがと。俺も、いつもクロアちゃんに元気もらってるよ。ありがとね」
「へへ、そう?ならあたしも嬉しい」
はにかんだように笑う顔に、抱きしめたいなぁと思う。その体を抱きしめて、2人で笑い合えたなら、どんなに幸せなんだろう。いつかそんな未来を手にする可能性は、僅かでもあるのだろうか。
「寒い中話し込んじゃったね。そろそろお店行こうか」
「うん。お店で食べるのなんか久しぶり」
「そうだね。さ、行こ」
クロアちゃんを促して歩きながら。
ふと、取られるのが嫌なら捕まえるしかないよ、というセノの言葉を思い出す。恋愛ってそういうもんでしょ、と。
その言葉に間違いはないけれど。でも一度手を伸ばすと、それを無かったことにはできない。変わった関係を、元に戻すことなんてできないのだ。
一瞬で全てが壊れる。
関係が切れる。
それもまた、確かに恋愛の一面だ。
それが怖くて、足が竦む。
でもいつまでこのままでいられるだろうか。手を伸ばさずに、気持ちを隠して、何でもないように隣にいられるだろうか。もう、あまり自分を信用できない。
でも、クロアちゃんを傷つけるような、信頼を裏切るようなことはしたくない。
もっと。もっと、気をつけないと。
そう心の中で再度自分を戒めて、ぐっと拳を握りしめた。




