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21:不思議な魅力

 気を取り直してクロアちゃんにイチゴニット帽を被せ、予約しているイチゴ狩り会場へ向かう。まだ雪はよく降っていて、歩く間に少しずつ傘の上に積もっていった。でもイチゴ柄が隠れてむしろありがたいかもしれない。


「寒いねー。どう?イチゴニットの効果は」

「悔しいけど結構あったかい…」


 白いコートに真っ赤なイチゴの帽子のクロアちゃんは、お菓子みたいでとても可愛い。うん、緑のヘタさえなければ本当に完璧なのになぁ。


 笑いの衝動をなんとか押し込める。ダメだ、カナト・ササマキ。ここで笑ったらクロアちゃんが寒くとも帽子を脱ぐ選択をしてしまうかもしれない。

 表情には出さなかったはずだが、何か感ずるものがあったのか、クロアちゃんが胡乱な眼差しをこちらに向けた。


「よく考えたら、あたしもカナトに帽子買えばよかった」

「え?男ものもあったっけ?てか30手前の男がイチゴニット帽はさすがに痛すぎないかな」

「でも一人よりはいいもん」

「いやいや、2人でイチゴニット帽もそれはそれで悪目立ちすると思うよ…」


 想像するだけでヤバい。うん、10代の女の子だから許せるデザインってあるよね。俺には無理です。


「温室着いちゃえば脱げばいいからさ、少しの我慢!」

「うー、わかった…」


 がっかりした様子のクロアちゃんだが、ふと思いついたようにこちらを向いた。


「そういえば、あったかくなる魔法とかはないの?」

「んー、あるにはあるけど…」

「なんかミマサカでもあんまり魔法使ってる人見ないよね。アンダスと大きく違うのって巡回魔車くらい?もっとみんな魔法使ってて、不思議なもので溢れてるのかと思ってた」

「あー…」


 確かに、魔法と縁がないとそういうイメージになっても不思議じゃないよなぁ。


「街中で急に炎出したり氷降らせたりしたら危ないからね。危険行為と見做されると捕まっちゃうんだ。だから不必要に街中で純魔法使うのはマナー違反って感覚かな。休みの日の公園とか広場では使ってる人はいるよ」

「へー、そうなんだ」

「それにあったかくなる魔法みたいな、継続効果の純魔法って結構疲れるんだ。ちょっと燃やすとか凍らすならいいけど、暖かさを維持しようとするとその間ずっと集中して魔力を消費しなきゃいけないし。だから簡単に使える固定魔法に頼っちゃって、大人になったら純魔法なんてほぼ使いません、みたいな人も多いんだ」

「えーっ、もったいない!」

「トウワコクなんかモンスターエリアがないから特にね。だから生活魔道具の生産開発に全力できるんだけど」


 フロレスは逆で、冒険者として純魔法をばんばん使うヒトが多い反面、固定魔法の開発普及には手が回っていないから、本当にお国柄ってやつだ。


「この間の劇場の人とか冒険者とか、純魔法メインの仕事についてる人は、いわば魔法職としてはエリート中のエリートなんだ。列車の運転手や魔液生成もそれに次いでって感じかな。それとはちょっとまた系統が違って、単純に魔力量が多くて最低限のコントロールができる人は固定魔法の魔法陣を描く職につくけど、主だった魔法を使う仕事はそんな感じ」

「へー」

「そういう仕事で魔法使ってると、疲れるから仕事以外では魔法使いたくない人も多いよ」

「うー、なんかイメージと違った…」


 楽しい魔法の国のイメージを裏切ってしまって申し訳ない。


「ま、あったかマフラーみたいな魔法付きの防寒具もピンキリで売ってるから、魔法で寒さ対策って言ったらそれが主流かな」

「あったかい服はないの?」

「コートとかはあるよ。でも、ほんのり気持ちあったかいってくらい。あまり熱くすると火傷するし、脱ぎたくなるけど脱いだら寒い、みたいになっちゃうからね。保管するのにも気を使うし。あと洗濯する普段着は固定魔法陣との相性がね…。洗濯で魔法陣が薄れて費用対効果がよろしくないから、そもそもほとんど売られてないよ」

「うーん、なるほど」


 そんな話をしているうちに、ようやく予約していた目的の場所に辿り着いた。

 興味深そうに温室を見つめるクロアちゃんを横目に受付を済ませ、傘とコート類は預かってもらう事にする。


 そしてお持ち帰り用のイチゴを詰めるカゴとヘタ入れ用のカップを受け取り、ようやく念願のイチゴ狩りをスタートさせたのだった。





「うわあぁ。すごい!たくさんイチゴがあるっ」

「品種も4つくらいあるんだって」

「は、花が咲いてる。イチゴの花って赤色じゃないんだ。ちっちゃいイチゴは緑色なの?おいしい?」

「緑のイチゴは美味しくないから食べちゃダメ。赤いやつ選んでとってね。ほら、ここ見て。収穫の仕方の看板あるから」

「本当だ。頑張って美味しそうなの選ぶ!」

「ふは、そうだね、頑張って選ぼう」


 クロアちゃんが目をキラキラさせながら温室の中を見まわし、収穫の仕方の看板を読んでいる。期待通り喜んでくれたみたいで嬉しい。

 温室内には他にも2〜3組イチゴ狩りを楽しんでいるが、広さがあるのであまり気にならない。うん、少しお高めだけどゆったり楽しめると雑誌に書いてあったここを選んで正解だったようだ。


 じーっと収穫の仕方を見ていたクロアちゃんが、いざ実践!とイチゴに向き直る。


「うーーーーん、これに決めた!」

「うんうん、いいんじゃない?俺もこれとっちゃお」


 なんか自分で収穫するのって楽しいよね。美味しそうなものを選んで摘み取るっていう工程が、さらに美味しさを増してくれる。

 ヘタの上を指で挟んでくるっと回すと、プチっとイチゴが取れる。うん、完璧。


「取れた!」

「俺も。さ、食べよ」

「うん!ではっ!」


 2人で取ったばかりのイチゴを頬張る。完熟しているだけあって、普段お店で買うよりも甘味が強くて美味しい。


「んーっ、美味しい!」

「おいしいね。他にも種類あるしたくさん食べよ。時間制限あるから注意してね!」

「うん!次はあっちの食べよっ」


 クロアちゃんが俺の腕を捕まえて、違う種類のイチゴが植えられた方へと連れていく。はしゃいで子どもっぽい仕草に、自然と笑みが溢れた。


 ああ、楽しい。


 こうしてクロアちゃんが楽しそうに笑うのを見ると、俺自身もすごく嬉しくなる。気持ちを明るい方へと引っ張ってくれる不思議な魅力が心地よくて、目が離せない。そんなふうに思われてるなんて、クロアちゃん自身は全く気がついていないんだろうけど。なんかずるいよなぁ。


 それぞれの品種を比べたり、真っ赤なイチゴや大きなイチゴを探したり。そのまま明るい気持ちでイチゴ狩りを楽しんで、時間いっぱいたくさんのイチゴをクロアちゃんと2人で堪能した。お土産用のカゴに詰めるイチゴも2人で吟味して、どちらのカゴも美味しそうなイチゴを限界まで詰めている。


 お腹いっぱいだねーと笑い合って、温室を出てる頃には雪もほとんど止み、顔を出した太陽のおかげで少し寒さも和らいでいた。


「あー!楽しかったし、すっごくお腹いっぱい」

「俺も。2人とも結構食べたねー。クロアちゃんが満足してくれたみたいで嬉しいよ」

「うん、とっても満足!」


 クロアちゃんが嬉しそうに笑って、俺の片腕にきゅっと抱きつく。


「連れてきてくれてありがと、カナト。一緒に来られて、すごく嬉しかった!」

「…うん。俺も、楽しかったよ」


 一瞬ドキッとしたのを隠しながら、かろうじてそう答える。ああ、冬の厚手のコートがありがたい。お互いの体温を隔ててくれるおかげで、まだ、少しだけマシだ。


 さりげなく抱きつかれた腕を解いて、そのままその手でクロアちゃんの頭を撫でる。


「もうイチゴニットは被らないの?かわいいのに」

「もー!カナト絶対面白がってるよね?イチゴニットは、部屋にいるぬいぐるみにあげる予定なの!」

「ぬいぐるみ?」

「そ。お父さんと兄ちゃんたちが一人暮らしは寂しいだろうからってくれた、ちょっと目つきが悪いクマのぬいぐるみ」

「ええっ。目つきの悪いクマにイチゴニット被せるの?」

「うん。意外と似合うかもしれない」

「ほんとかなぁ」


 そのクマは見たことがないので、きっと寝室にいるのだろう。クロアちゃんのアパートはダイニングキッチンと寝室に分かれていて、一年だけの住まいとしては結構広い。クロアちゃん曰くキッチンが広くて寝室は激狭らしいけど、一人暮らしには十分だ。


「今度見せてあげる」

「じゃあ楽しみにしとくね」

「うん。あ、お土産屋さん着いたね。せっかくだしジャム買っていこ!」


 おしゃべりしている間に、いつのまにか傘を買ったお土産屋さんに到着していたようだ。


 そこでイチゴジャムやイチゴパンを買って、ほくほくした気分で帰りの列車へと乗り込んだ。クロアちゃんはずっと楽しそうにしていて、ここに誘ってよかったと思う。俺と一緒にいて、楽しいって思ってもらえたら、もうそれ以上言うことはないよね。

 優しい満足感に浸りながら、帰りの時間、のんびりとおしゃべりを楽しんだ。




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