19:ある意味幸せで
「ササマキーっ」
そろそろ帰るかと支度をしてると、セノの声がして座ったまま振り返った。なんか1週間しか経ってないのに、どこか懐かしさすら感じる。色々あったもんなぁ。
「あー、この間は途中で帰ってごめん」
「いーのいーの、会費結構負担してもらったし、ササマキの隣に座ってたルリちゃんとは今日もデートの予定だし、ササマキが10代の子お持ち帰りするのも見れたし」
「ちょっと!」
「で、どこまでいったの?」
「保・護・で・す!てか語弊がある言い方しないでくれる⁉︎」
「えー」
目を見開いてわざとらしく驚いて見せるセノに、どっと疲れが押し寄せる。
「絶対進展あったと思ったのに」
「ないから!」
「うっそー、残念」
なんでセノが残念がるのか意味がわからない。はぁ、とため息を吐いていると、セノがねねっと楽しそうに声をかけてくる。
「実は俺の後輩A君がオルソーちゃんとご縁を持てなかったの悔やんでるんだけど、どう?脈アリかどうか聞いてくれる?」
「A君てなに…」
「聞いてくれる?」
「それは…」
いやだ。
胸にすぐに浮かんできた言葉に、ぐっと喉が詰まる。別にクロアちゃんの彼氏でも何でもない俺が、その出会いを邪魔する権利なんてない。
でも、それを伝言するのはすごく嫌だ。あたしもその人のこと気になってたんだ!とか明るく言われたらと思うと、胸が重苦しくなる。
「ふ〜ん」
言葉を失っていると、セノにまじまじと観察されていることに気がついて、はっと我に返る。
「あー、うん。伝えとく。A君の名前は?」
「いやいやいや、違うでしょ。バカだなぁほんと。てか、クソ真面目にオルソーちゃんにどうする?とか聞かないでよ、マジで」
「はぁ?セノが聞けって言ったんでしょ」
「もういいでーす。A君には別の子紹介しまーす。俺可愛い子の味方だからね!」
「いやもう、なんなのホント…」
あーやだ。絶対カマかけられたんだ。簡単に引っかかるなんて不覚。思わず机に突っ伏した。
てか、この間もセノの言葉で気付かなくてもいいこと気付いちゃったんだよなぁ。マジで距離置きたい。もうやだ。
悔しさに悶えていると、バシッとセノに背中を叩かれた。
「じゃ、俺はルリちゃんとのデート楽しんでくるから。ササマキも素直になった方が丸くおさまるよ。短い人生、正直に生きないとね!」
「さっさとデート行きなよ…」
「ん。じゃね!」
機嫌良さそうな言葉を残してセノが遠ざかったのを感じて、ゆっくり顔を上げる。
「はぁ…」
やだなぁ。ちゃんと隠し切れるかな俺。こんなに早々にセノにバレるなんて最悪だ。
そんなことを思いながらノロノロと帰り支度をしていると、近くに座っていた後輩がこそっとこちらに声をかけてきた。
「先輩、やっぱたまに待ち合わせしてる子といい感じなんすよね。狙ってるやついるんで釘刺しときます!」
「あー、うん、うー。いや、そう、ありがと…」
よし、セノをこの部署出禁にしよう。明日から部外者禁止の張り紙してやる!
ぐぬぬぬと居た堪れない衝動を堪えて周りを見ると、少し残っていたメンバーがこちらの視線を避けるようにパッと手元に視線を移した。
めちゃくちゃ興味持たれてる…。
まぁそうだよね、俺だって同僚が楽しそうな話ししてたら耳を澄ませて聞いちゃうよね。はぁ、もうホント…。
内心涙をこぼしながら、居心地の悪くなった部署から逃げるように出て行ったのだった。
「こんばんは」
「カナトいらっしゃい!」
ニコニコと機嫌良さそうなクロアちゃんに迎えられて、家に上げてもらう。
最近寒いのと、クロアちゃんが料理の支度があるからと、待ち合わせではなくクロアちゃんの家に直接お邪魔している。
支度も大変だしそろそろお店で食べない?と聞いてみたが、少なくとも1ヶ月はご飯作らせて欲しいと言われてしまった。なので、できるだけ手土産として食材やデザートを持参するようにしようと思い、今日も急いで閉店間際のお店へ駆け込んできたのだ。
「はい、これ美味しそうだったから買ってきたよ。あとこれも食材の足しにして」
「あ!これ、イチゴ?だ!赤くてキレイだねっ。お肉もありがとう」
「この時期のイチゴは温室で育ててるんだけど、その温室の素材はビスリーから送られてくるウォータースライムの外膜なんだよ。透明だから農家さんにはすごく人気なんだ」
「へー!あれにそんな使い道あったんだ…。ウォータースライムは結構子供の遊び道具になったりしてるけど」
「のんびりしたモンスターだもんね」
モンスターと一括りにしても、弱いものや人間と共存できるものも一定数存在する。ロードホースやポロなど、移動手段として調教したり、食材として養殖する種類も存在しているのだ。使役や養殖には厳しい審査と営業許可証が必要だけどね。
「あ、ご飯できてるから座ってて。すぐ並べるから」
「うん、ありがと」
邪魔にならないよう大人しくしていると、クロアちゃんがあっという間に料理を机に並べてくれる。
今日は野菜と一緒に煮込まれた魚介がメインで、イモとタマゴのサラダ、平たいパン生地にタレに漬け込んだお肉とチーズを乗せて焼き上げたものが並んで、いい匂いにすごく食欲がそそられる。
「めっちゃいい匂いがする」
「ふふ、食べよ!」
「うん、では頂きます」
早速魚介の煮込みを口にすると、野菜の爽やかな酸味と魚や貝から出る出汁が合わさって、とても美味しい。
「今日の料理もすごく美味しいね。野菜とか結構アンダスだと手に入りにくいものもあるのに、使いこなしててすごいや」
「ふっふっふっ。ちゃんとミマサカにきてからレシピの本見て勉強したの。知らない食材が結構お店に並んでたし」
「確かに、俺もアンダス行った時は見知らぬ食材が多くて戸惑ったなぁ。でもこっちの改良された野菜もいいけど、アンダスで手に入る植物系モンスターを料理に使うとまた違った感じに美味しくて、今でもたまに食べたくなるよ」
「こっちでは売ってないもんね」
「そうそう。肉系はたくさん輸入してるけど、植物系は痛みやすいし、こっちで野菜を生産してるってのもあって、あんまり入ってこないね」
喋りながらパンも齧ってみるけど、濃いめの味付けのお肉とチーズが食べ応えがあってとても良い。
「このパンもおいしい」
「よかったぁ。お兄ちゃん達もそのパン好きなんだ」
「あー、肉体労働の後とかにガブっといきたくなる味だよね」
「そうそう」
そんな会話を繰り広げながら、思う。
俺、最近クロアちゃんに胃袋掴まれちゃってないか?それでなくともいいなぁと思っている子に、家に呼ばれてご飯作ってもらえるとか…。ある意味幸せで、ある意味残酷だ。
クロアちゃんがもっと歳が近かったら、あるいはもっと大人だったら、ここで手を伸ばすこともできたのだろうか。
例えばもう数年あと、クロアちゃんが大人として過ごした時間が長くなれば、その時は好きだという言葉も許されるだろうか。その頃にはもう、クロアちゃんに決まった相手がいる可能性もあるけれど。
いっそ子供の頃なんて知らずに、大人同士として出会えたなら違ったのかもしれない。でもあの日々がなくて、こんな風にクロアちゃんを特別に思えただろうか。
ああ、わからない。
目の前で楽しそうに喋っているクロアちゃん。その無邪気な笑顔を見ると、嬉しいのにどこか胸が痛い。
せめて、クロアちゃんがミマサカにいる間だけは。いい兄貴分として、このまま近くにいたいなぁ。
そんなことを思いながら、おいしい料理を口に運んだ。




