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17:大人になりたい

「カナト、どう?味薄かったらこれもつけてね」

「ありがとう。でもこのままで美味しいよ」

「ほんと?よかったぁ」


 嬉しそうなクロアちゃんを前に、クロアちゃんの部屋でクロアちゃんが作った料理をいただいている。

 料理は美味しいけど、なんだか落ち着かない気持ちを隠すのに必死だ。その机に置いてあるお酒、飲む気なのかな。


 恐々とそれを見ていると、ハッとしたクロアちゃんが俺の前にずずずっとそれを差し出してきた。


「この間はほんとごめんね。これ、職場の人が美味しいって言ってたから買ってきたの。持って帰ってもいいし、今飲むならコップ持ってくるよ」

「えっと、ありがとう。持って帰って飲もうかな」

「じゃあ後で袋渡すね」


 ふぅ、よかった。クロアちゃんの練習用酒じゃなかったみたいだ。


 そもそも何故こんな状況になっているかというと、この間の泥酔事件のせいだったりする。俺に迷惑をかけたことを気に病んだクロアちゃんが、しばらくカナトのために食事用意するから!と奮起した結果が今だ。


 体が温まるごろっとお肉の入った煮込み料理と、キノコのソテーと、サラダとパンと。

 夕飯のお礼にとちょくちょく手作りのパンやお菓子をもらっていて知っているけど、クロアちゃんって料理上手だよな。特に煮込みのお肉ほろほろになってるし、昨日から仕込んでくれてたんだろう。心のこもったそれに嬉しくなる。


「あと、ね」


 しみじみ味わっていると、クロアちゃんが言いづらそうに口を開いた。


「この間、勝手に怒って、ヤな態度とってごめん。こんなんだから、カナトに子ども扱いされても仕方ないなって、反省したの」

「嫌な思いさせたならごめん。でもクロアちゃんのこと、子どもだって貶めたりしたいわけじゃないよ」

「うん。わかってる」


 ふぅ、と息を吐いて。再び真っ直ぐにこちらを見たクロアちゃん。その目が怖いほどに真剣で、ドキリとする。


「でもあたし、カナトのそばにいられるくらい、大人になりたい。だから、頑張るね」


 思いがけない宣言に、言葉を失った。その言葉を、どう受け止めていいのだろう。俺のそばってどういう、意味で?応援したい気持ちと、昔のまま子供のようにいてほしい気持ちが、心の中でせめぎ合う。


「なーんて。ホントに大人なら、こんなこと言わないんだろうけどね」


 ぺろっと舌を出して冗談めかしてくれたクロアちゃんに、やっと呪縛がとけて。


「ははっ。前も言ったかもだけど、歳食っても案外中身は変わんないよ」


 なんとか当たり障りのない言葉を紡いだ。どきどきと心臓が早鐘を打つのを隠すように、煮込みの大きめのお肉を頬張る。


「そういえば、カナトはあんまり出会った時から変わんないね」

「ふふ、まあね。いつまでも若いねってほめてくれてもいいよ」

「男の人も若いねって言われる方が嬉しいの?」

「うーん、時と場合によるかも。でも面と向かっておじさん!とか言われるとキツイなぁ。10代の子には20代後半なんておじさんなんだろうけど…」

「そうでもないと思うけどなぁ。でも、あたしだって10歳の子から見たら多分大人だもんね」

「仕事持ってるかで結構世界が違ってくるしね」


 いつもみたいに何でもない、他愛ない話をしながら、あったかくて美味しいご飯を食べる。その内に、騒がしかった心臓もだんだんと落ち着いてきた。


 美味しかったよとクロアちゃんにお礼を言って、お互い笑顔で別れて家に帰る途中。お腹もいっぱいで仲直りもして、心も体も満たされているはずなのに。

 どこか物足りないような気がするのは、心の奥底に沈めて見ないふりをした。



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