16:あんなに困らせたのに
「う、…」
なんかちょっと、体が痛い。
なんでだっけと思いながら目を開けて。そう言えば、酔って寝てしまったクロアちゃんを連れて帰ったんだと思い出す。
外はまだ薄暗い。
でもクロアちゃん、確か今日も仕事だったと思うし、早めに起こした方がいいよな。着替えとかしに帰らないとマズいだろうし。そもそも二日酔いになってないだろうか。
身体を起こして、とりあえず顔を洗いに行く。冷たい水でさっぱりした後、二日酔いかもしれないクロアちゃんにスープでも作るかと、冷蔵庫を漁る。
簡単な野菜スープくらいなら作れそうだったので、ポロ(小型の鳥系モンスター)の塩漬け肉と一緒に野菜を刻んで、軽く炒めた後、水と香辛料と一緒に煮込み始めた。
「ふぅ…」
そろそろ起こした方がいいよなぁ。でもなぁ、とウジウジしていたが、やがて鍋の中の野菜たちがいい感じにクタクタになってきたので、観念する。
寝室の扉の前に立って、まずは軽くノックしてみる。
「クロアちゃん…?」
返事はない。
もう一度、コンコンと少し強めにノックして声をかけると、中からえっ?という小さな声が聞こえた。
「クロアちゃん、起きた?」
しばしの沈黙。
「…クロアちゃん?」
再度呼びかけると、急にバタバタバタっと音がして、ガチャリと寝室の扉が開く。そこから現れたのは、まさに驚愕!といった表情のクロアちゃんで。
それを見ていると、なんだか変な緊張が飛んで、笑いが込み上げてきた。
「ふふ、おはよ」
「え、カナト?え?」
「頭痛くない?」
「え?痛くない。え???」
まぁ、混乱するよね。
「どこまで覚えてるの?」
「え、え、あたし、あれ?合コン…」
「そうそう、合コンで?」
「……わ、わかんない」
耳がへたってしまった。
あーあ。俺をあんなに困らせたのに、全然記憶にないらしい。ちょっといじわるしたい気持ちが湧いてきて、呆然とするクロアちゃんの目を覗き込む。
「俺にあんなことしたのに?」
「…………え?」
意味ありげにそう言ってみると、ちょっとしてクロアちゃんの大きな目にうるうると涙が浮かんできた。
ヤバい。
「嘘だよ。クロアちゃん、お店でてすぐ寝ちゃったんだ」
「そ、うなの?」
「そうなの。クロアちゃんのアパートについても起きなかったから、とりあえず俺の家に連れてきたの。ほら、今日も仕事でしょ?顔洗ってきて。
男用の洗顔しかなくて申し訳ないけど。洗面とお手洗いはあっちね。ご飯食べたら、着替えに帰りな」
「う、うん…」
「ほら、仕事に遅れるよ」
まだ半ば呆然としているクロアちゃんを洗面所に押し込んで、その間に買い置きしているパンを温める。
クロアちゃんが元気そうなので、ポロの卵でシンプルなオムレツも作りはじめる。朝はちゃんと食べないとね。
その卵にいい感じに火が通った頃、クロアちゃんが耳をへたらせて戻ってきた。
「カナト、迷惑かけてごめんね」
「はいはい。ま、お酒の失敗は大半の人が通る道だから気にしないで。でも、自分の飲める量がわかるまでは、ああいう場での飲酒は禁止します!約束ね。いい?」
「はい…」
「人の家に連れ込まれても起きないとか、本当に危ないからね。ま、お説教はここまでにして。さ、座って。ご飯できてるから」
「はい…」
大人しく指示した椅子に座るクロアちゃんは、化粧が落ちていていつもより幼く見える。
しゅんとした姿の前にスープとパン、いい感じにできたオムレツを並べると、クロアちゃんが不思議そうに問いかけてきた。
「カナト、料理するの?」
「まぁ、一人暮らしだし簡単なものはね。さ、食べよ」
「うん、ありがとう」
そっとスープに口をつけたクロアちゃんが、美味しい…と微笑むのに嬉しくなる。
うんうん、たくさん食べてね。
自分も食べながらクロアちゃんをこっそり観察するけど、顔色も悪くないし大丈夫そうだ。二日酔いしない体質なのは羨ましいが、あの酔い方はちょっと怖いなぁ。
「クロアちゃん、今までお酒飲んだことなかった?」
「ちょっとはあるよ。ただお父さんとお兄ちゃんはよく飲んでるんだけど、酔うと騒がしいから家では避難してたんだ。でも、一緒に飲んでたら良かったかも」
「はは。まぁお酒の種類によっても酔いやすい酔いにくいはあるし、少しずつ探っていくといいよ」
「うん…。カナトがいる時に練習する」
「あ…う、うん」
笑顔が引き攣る。信頼されていると喜べばいいのか、全然意識されてないと悲しむべきなのか。
心の中で嘆く間に2人とも食べ終わって、クロアちゃんは支度に必要な時間を考えるとそろそろここを出た方がいいタイミングになった。
「ちょっと待ってね、送るから」
「え、大丈夫だよ!すぐそこだし。あたし、足が早いから!」
そのクロアちゃんのセリフ。なんか聞き覚えがあるなぁと思ったら、初めて人型で会いにきてくれた時か。なんか懐かしい。
「わかった。じゃあ気をつけてね。お仕事頑張ってきて」
「うん。ありがとね、カナト」
「いってらっしゃい」
へらっと笑って出ていくクロアちゃんを見送る。
上から見ていると、道に出たクロアちゃんは宣言通りパッと走ってあっという間に見えなくなった。ヒールのある靴履いてたと思うけど、よくあんなので走れるなぁ。
感心しながら扉を閉めて、やっと息をつく。
「お疲れさま、俺」
なんかもう、いろいろ限界。
今日は休みだし何もせずにゴロゴロしよう。きっと一日中怠惰に過ごしても許されるはずだ。うん、間違いない。
そう心の中で決めて、ぐったりとソファに身を沈めたのだった。




