15:無防備な寝顔
目的のアパート前にやっとの思いでたどり着いて、寝ぼけ眼のクロアちゃんを無事に送り届けることができた。
なんてことはなく。俺はまた、ピンチに直面している。
「クロアちゃん」
「…」
「クロアちゃーん」
すぅすぅという寝息しか、背中から聞こえない。ちょっと背中を揺すってみても、全然起きる気配がない。
誰か!助けて‼︎
大声で叫びたくなるけど、そんな近所迷惑なことができるわけがない。
ああ、どうしよう。勝手にバッグからカギ漁って部屋に入っていいかな?でもそもそも、飲み慣れてないだろうお酒でこうなってるクロアちゃんを1人にするのもちょっと心配だ。
急に体調悪くなっても、一人暮らしとなると助けも求められないだろうし。何かあったらと考えると怖くなる。
もう、誰か助けて…。
しばし道端で苦悩してから、諦めて俺の家へ向かうことにした。
ああ、せめて。なんか変なことに気がつく前だったら良かったのになぁ。ほんと俺ってタイミング悪い。
内心涙をこぼしながらとぼとぼと家へ向かう道のりは、なぜだかやたらと長く感じた。
俺の部屋について、靴を脱がせてクロアちゃんをベッドに運ぶ。
「クロアちゃーん」
「んぅ…」
だめだ、起きてくれない。
できれば少しでも水とか飲んでくれたほうがいいんだけどなぁ。てか、寝るならせめて上着ぐらい脱いだほうがいいし。
とりあえずサイドテーブルに二日酔いの薬と水を持ってきて、もう一度クロアちゃんを起こしにかかる。
「クロアちゃん、クロアちゃん起きて」
「…ん?」
やっと薄目を開けてくれたクロアちゃんにホッとする。
「ほら、お水少しでも飲んで。ね?」
そう言って身体を起こすと、ぼんやりしながらお水を飲んでくれた。ほっとしたが、飲み終わったらまた眠くなったのかコップを落としそうになったので取り上げる。
「ほら、上着脱いで」
「ん…、暑い…」
「上着着てるからね」
苦心しながら上着を脱がせたところで、クロアちゃんはまたすやすやと寝息を立て始めた。二日酔いの薬は飲んでもらえなかったけど、こうなってしまったら仕方がない。
うん、もう俺頑張ったよね…。
クロアちゃんを掛け布団で覆って、よろよろしながら寝室を出る。
ああ、なんか疲れた。
心も体も疲れた。しんどい。
とりあえずシャワーを浴びようとして、着替えが寝室にあることに気がつく。
「〜〜〜ッ」
再度こっそりと寝室に入り、着替えと厚手のブランケットを取り出す。
もう、何してんだろ俺。いっそ今からホテルでも取るか?いや、そんなことしたらクロアちゃんが起きた時混乱するよな。
あー、もうっ。
ワンルームの部屋じゃないだけマシだ。シャワー浴びたらリビングのソファでさっさと寝よ。
大丈夫。明日からはまた、いつも通りに振る舞える。伊達に歳食ってない。なんでもない振りくらいできる。むしろ動揺を悟られないあのタイミングでよかった。うん。大丈夫、ちゃんとできる。
自分に言い聞かせながらシャワーを浴びて、そしてぐるぐると落ち着かない気持ちを抱えたまま時間を過ごした。
ソファに横になっても、油断すると帰り道の背中の温もりや無防備な寝顔が呼び起こされそうになって、慌てて別のことを考える。
普段寝つきはいいのに、こういう時に限ってなかなか寝付けないのは何なんだろう。何度かやるせないため息を溢して時間だけが過ぎて行く。
それでもやがて、短い眠りに落ちた。




