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14:6年前は簡単に

「クロアちゃん、眠い?」

「ん〜」


 お店から出て少し歩いて。大通りから外れて、人通りの少なくなってきた道。

 そこを歩くクロアちゃんがふらふらし始めたので顔を覗き込むと、なんだかうとうとしている。


「歩ける?」

「ん〜」


 うん、だめそう。

 手に持っているバックをクロアちゃんから取り上げて、背中を向けてしゃがむ。


「ほら、危ないからおぶさって」

「ん」


 素直に身体を預けてきたクロアちゃんを背負って、よっこいせと立ち上がる。クロアちゃん小柄だから思ったより軽いなぁ。


 家に着いたら、ちゃんとお水飲んで休むように言わないと。てか、二日酔いの薬とかたぶん常備してないよな…。うちから持ってきてあげたほうがいいかな。

 なんて思って、歩き始めようとした時だった。


 不意に。


 するりと、尻尾が俺の腕に絡んだ。

 そしてこちらの首もとに回した腕にきゅっと力が入って、すりすりと後ろから懐かれる。


「へへっ、かなと好きぃ…」

「え?」


 その言葉にギクリとして、思わず歩き出そうとした足が止まった。


 急にバクバクと早鐘を打ち始めた心臓が、びっくりするほど大きく自分の中で反響していて、なんだか苦しい。


 うんうん、俺も好きだよ、と。


 6年前は簡単に言えたセリフが、なぜか喉に引っかかって出てこない。両思いだねって、喜べない。ああ、なんか。マズい。


 なにか、変に思われないように、何か言わないと。焦ると余計に頭が真っ白になって、なんだか泣きそうになる。

 けれど、そんな俺に気がつくことなく。背中からはやがて、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。


「クロア、ちゃん?」


 恐る恐る小声で呼びかけても、なんの反応もない。


「は、はは…」


 そっか、寝ちゃったんだ。

 はは、そっか。


 知らず詰めていた息を、ゆっくりと吐き出す。

 よかった。変に動揺してるとこ、クロアちゃんに見られなくて。悟られなくて。本当に、良かった。


 凍りついた足をなんとか動かして、クロアちゃんの家へ向かう。

 背中の重みが、温もりが、ひどく心を騒がせる。ああ、嫌だなぁ。ついこの間、胸の奥にしまい込んで蓋をしたはずだったのに。


 気が付きたくない想いは、なんでこんなにすぐ、心に舞い戻ってしまうんだろう。


 カナト大好き!と。無邪気に笑う12歳のクロアちゃんと、今俺の背中で眠っているクロアちゃんと。同じ人のはずなのに、なんでたったの6年で抱く感情が変わってしまうんだろう。

 そんなの誰も、望んでいないのに。


 大通りから外れた道は夜の暗さと静けさに包まれていた。救いを求めるように見上げた空には、2つの月が並んで浮かび、地上を柔らかく照らしている。


 白い月明かりと冬の痛いほどに澄んだ空気は、まるでこの世界を浄化するかのように清洌で、冷たい。

 熱を感じる心と身体を冷ますように、すぅっとその空気を肺いっぱいに満たしてみる。


 ああ、いっそ。俺の中のいらない想いも、キレイに凍りつかせてくれればいいのに。なんて、そんなどうしようもないことを願いながら、背中の温もりを感じていた。




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