10:まるで知らない人
氷菓子屋さんを出たら帰ろうかと言っていたのに、なんとなくまだ帰りがたくて結局国境沿いの川辺を訪れていた。
ビスリーとトウワコクは川で国境を区切られているのだが、栄えているこちらとは違い、川向こうのビスリー側は草原が広がっている。
そこは自然保護区になっており、モンスターによって人間よりさらに数を減らした動物の生息域だ。獣人に見られる多種多様な獣の種類も、今は絶滅したものも多いという。
「あーっ、最近運動不足だったから階段キツいーっ」
「カナト、あとちょっとだよ!頑張って!」
国境間際にはミマサカで最も高い9階建の建物があり、屋上は展望台となっている。そこからビスリーの自然保護区を見ることができるのだが、階段を登るのが結構大変なのだ。
「魔法でぱーっと飛べたらいいのにね」
「ほんとそうだよ。建築業者が、いい固定魔法を、開発してくれればいいのに」
「ふふ、息切れちゃってる」
「クロアちゃんは元気だねぇ」
「これでも獣人ですから」
ふりっと尻尾を揺らしてクロアちゃんが笑う。その後を追いながら、やっと屋上に辿り着いた。
「わーっ、思ったより遠くまで見えるね」
「そこの望遠鏡使ったら、もっとよく見えるよ」
「わ、見てみよっ」
遠くまで広がる草原と、それを横断する一筋の列車の線路。結構絵になる光景だ。ちなみに自然保護区内の線路は3メートルほど上に持ち上げられており、動物への影響を極力少なくしている。
「何か見えた?」
「うん、ほらこの辺たくさんシカみたいなのが集まってる」
「あ、ほんとだ。近くに鳥もいるね」
交代で望遠鏡を覗きながら色々な種類の動物を見て楽しんでいると、あっという間に時間が過ぎる。
気がつくと少し人が多くなってきたので、望遠鏡を他の人に渡すことにする。
そして周りを見渡すと、カップル率がやけに高いことにも気がついた。
「あー。人増えてきたと思ったら、夕日目当てなんだね」
「夕日?確かに見晴らしもいいし、夕日も綺麗に見えそう」
「せっかくだから見ていく?そんなに時間はかからないと思うよ」
「うん」
今日はよく晴れているし、夕日も綺麗に見えるだろう。
その予想通り。間も無く、空が赤く染まり始める。緑の草原も夕焼け色に染まり、その不思議な迫力と魅力に思わず二人とも感嘆の声が漏れた。
「すっごい、きれい」
「ほんと、すごいね。ここまで頑張って階段上る価値は十分あるよ」
「ふふっ、うん。カナトと一緒に見れて、よかったぁ」
その言葉に、何気なくクロアちゃんの方を見る。
真っ直ぐに草原の方に視線を向ける横顔。微かに浮かぶ微笑み。夕日に染められて、なんだか、眩しい。
綺麗に、なったなぁ…。
そんな、再会した時に似た、驚きのような衝撃のような、まるで知らない人を見ているかのような不思議な感覚に襲われる。隣にいるのは確かにクロアちゃんなのに、6年前の姿とはなぜか重ならない。
その感覚に寂しさのような不安のような、よく分からない感情が湧いてきて、そっと視線を夕焼け空に戻す。ゆっくりと落ちていく夕日。やがてそれが欠けて、地に隠れるまで。
言葉もなく、ただその光景に見入っていた。
「帰ろうか」
やがてすっかり夕日の名残も消えて。周りの人も、帰るそぶりを見せ始める。
「ん、そうだね」
声をかけられて、まるで夢から覚めたようにぱちぱちと瞬きをするクロアちゃん。こちらを向いた顔が、ニコッと笑みを作る。
「なんか美味しいもの買って帰ろ!」
「よし、じゃあ今度は階段下りるの頑張りますか」
「ふふ。上るよりは楽だよ」
こうしてポンポンと言葉を交わすと、なんだか先ほどのよくわからない不安が薄れて安心する。
うん。何も変わらない。大丈夫。
「さ、行こう」
「うん」
クロアちゃんを促して、階段を下り始める。こうやってずっと、楽しく笑い合えたらいい。
ただ、そう思った。




