9:大事な歩み
所狭しと並ぶお土産屋さんを冷やかしたり、生活魔道具博物館に寄ってみたり。
そこそこ辺りを堪能したので、珍しい氷菓子を提供してくれるお店で一休みしたら、今日は帰ろうかということになった。
夏場は長蛇の列ができるが、肌寒くなってきたためかさほど待たずに席へつくことができた。
「すごいね。この氷、ジュースみたいな味がする。しゃりしゃりして美味しい。魔法で作ってるの?」
見慣れない食べ物に、クロアちゃんは不思議そうにスプーンで掬ったそれを見つめている。
「たぶんジュースを純魔法で凍らせて削ってるんだろうね。凍るほど常時温度を下げられる生活魔具ってまだ流通量が少ないんだ。でも、うちの会社が一般家庭にも普及できるような魔具の生産に乗り出してるから、楽しみにしてて!」
「カナトがフロレスで研究してたやつ?」
「そうそう。フロレスって少し前まで半鎖国みたいな感じだったけど、方針が変わって外国企業も積極的に誘致してるんだ。輸出入にも意欲的だし、今後もっと新しい素材が出回るようになると思うよ。氷の魔液はやっぱり氷の国のモンスターが一番良いって確信したなぁ。初めて見るモンスターがすごく多くて、研究のしがいがあったよ」
見たこともないモンスター達に、なんだこれー!と研究所のみんなとギャーギャー言いながら魔液に適した素材を選別して、組み合わせを試して。そんな日々は振り返ると、すごく刺激的で新鮮な驚きに満ちていた。
「ふふ、カナト楽しそう。お仕事好きだね」
「まぁ、最初は凍死注意の勤務地なんて〜って思ったけど、やっぱり知らない素材で新しく魔法を組み立てていくのは楽しかったな。うん、文句言いつつ俺結構今の仕事は好きだよ」
なんだかんだ、5年を振り返るとあっという間だった。自分たちが一生懸命作ったものを、誰かが使ってくれて、そこからきっとまた新しいものも生まれてくる。そんな仕事が、誇らしいと思える。
「あたしも、今色々勉強中だけど楽しいんだ。カナトとマキのおかげ。きっと二人に会わなかったら、可愛い服とか着られなかった。カナトが可愛いって言ってくれなかったら、もっと可愛くなりたいって思えなかった」
そう言って、懐かしむように柔らかく笑うクロアちゃん。その表情は何だか、いつもよりも大人っぽく見えた。
「うちの会社、子ども服のブランドもあるから、できればそっちに行きたいなって思ってるんだ。可愛いもかっこいいも、魔法の言葉だよ。嬉しくなるし、自分を好きになれるの。強くなれるの。
だからね、少しでもそう思える手伝いがしたいなって思ったんだ。その言葉をね、あたしみたいに自分がどうなりたいのか、わかんなくなっちゃった子に届ける手助けができたら、嬉しいなって」
「クロアちゃん…」
「お金貯めたらね、子ども服の古着屋さんやりたいなって夢があるの。試着だけでも良いし、子どものお小遣いで買えるようなのも揃えてさ。多分経営とか考えるとすっごく難しいんだって思うけど。へへ、なんか言ってて恥ずかしくなってきちゃった」
そう言ってはにかむクロアちゃんを見て、自然と笑みが溢れた。
子供の頃のクロアちゃんに出会ったのは、もう6年も前のこと。でも俺とナガセさんがした事は、今もクロアちゃんの中で大切にされていて。
そして今のクロアちゃんは、自分が受け取ったものを他の誰かに渡してあげたいと願ってる。クロアちゃんの温かい思いと成長を感じて、なんだか胸がいっぱいになった。
「クロアちゃんは、素敵な大人になったね」
自然とその言葉が口から出てきた。
子供の頃のクロアちゃんとは違う。大人になって、仕事を通じて誰かに手を差し伸べようとしている。自分で見つけた自分の道を、歩こうとしている。
まだまだ道の始まりでしかないけれど、その一歩はとても大きくて意味があるもの。心から応援したくなる、大事な歩み。
「うーっ、なんか照れる!」
ほんのり頬を赤らめたクロアちゃんが、それを誤魔化すように氷菓子を頬張る。
釣られるように口に含んだその冷たさは、胸に湧いた熱を和らげるようで、なんだかとても心地よかった。




