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8:明確な名前なんて

 実践で巡回魔車の乗り方を教えつつ、無事ミマサカ駅まで到着した。


 今日の最初の目的地は、純魔法を使用した演出が獣人にめちゃくちゃ受けてる劇場だ。演目は人間がヒトと獣人に分かれた時の伝承をもとにしたもので、ヒトも獣人も楽しめる。


「ここの劇、獣人役は獣人の人が担当してるんだよ。俺も昔見に来たことがあるけど、今は魔法面がさらに磨きがかかってるっていうし、楽しみにしてて」

「わくわくする。前カナトがお祭りで見せてくれたみたいなのが見れるの?あれ本当にすごかった」

「ふふ、ここの人たちはその手の魔法のプロだから、あれよりもっと凄いと思うよ」

「楽しみ!」


 目をキラキラさせているクロアちゃんと飲み物を買って、予約していた席に着く。

 やがて幕が開き、満員の観客達の期待の視線の中、演劇が始まった。




 ***


 むかしむかし。


 突如現れて急速に数を増やしたモンスターに、人間達は徐々にその棲家を奪われていきました。魔力を身に帯びたモンスターに、非力な人間はとても太刀打ちできません。


 このままでは、人間たちは滅んでしまいます。


 そんなある日、必死に祈り、助けを求めていた幼馴染の男の子と女の子の前に、神様が現れました。

 そして男の子には獣のように強靭で俊敏な体を、女の子には不思議な魔法の力を授けたのです。


 2人は授かったその力でもってモンスターと戦い、傷つきながらも、生きるためにその歩みを止めませんでした。そして戦いの中、支えあい同じ未来へと歩む2人の間には、深い愛と信頼が育まれていたのです。


 様々な苦難を乗り越え、やがて人間が安全に暮らせる国を作ることができた2人は、その国の王と王妃になりました。


 そしてたくさんの子ども達に恵まれ、ずっとずっと、幸せに暮らしました。



 ***





「うぅ〜っ」


 盛大な拍手と共に幕が降りていく中、クロアちゃんは感動してボロボロと涙をこぼしている。


 以前見たことのある劇だったけれど、戦いの場面は炎や氷の魔法が惜しげもなく使われていて、その臨場感は半端ない。その戦いの苦難を肌で感じられる分、2人が幸せになったラストが際立っていて、良いもの見たなぁという満足感が胸に残った。


 うん、ここを選んで正解だった。クロアちゃんまだ泣いてるし。


 よしよしと頭を撫でていると、やっと涙が収まったクロアちゃんが、ちょっと気恥ずかしそうに笑った。


「2人が幸せになって、ほんとよかった」

「そうだね。頑張った分、幸せになってほしいもんね」

「うん。へへ、いっぱい泣いちゃった」


 その照れたような顔につられて、こちらも笑顔になる。クロアちゃんのこういう素直なところ、好きだなぁ。


 そんなことを思っていると、急にハッとしたクロアちゃんが、「お化粧なおしてくるっ!」と立ち上がった。


「じゃあ、俺出口の方で待ってるよ。ランチの予約時間まではまだ少しあるから、焦らなくていいよ」

「う、ありがとう。なるべく早く行くね」


 そう言って、素早く化粧室へと消えていくクロアちゃんを見送って、席を立つ。

 まだまばらに人が残っていて、熱心に感想を言い合ったり、俺とクロアちゃんみたいに涙腺崩壊した連れを宥めたりしている。


 さっきの劇みたいな、獣人の男の子とヒトの女の子っぽいカップルもいて、その2人を見ながら、ふと思った。

 周りから見ると、俺とクロアちゃんはどういう関係に見えるのだろう。


 友達?保護者?兄妹?まさか恋人?なんだかどれもしっくりこない気がして、よく分からない気持ちを持て余す。


「ま、いいや。忘れよ」


 そう、明確な名前なんてつける必要はない。俺たちは俺たち。それでいいじゃないか。







「うわぁ、綺麗!」


 お化粧直しを終えたクロアちゃんと無事合流し、予約していたカフェに到着していた。


 ここの目玉は、何と言ってもデザート!

 セノが以前クロアちゃんにパンケーキの店をおすすめしていたが、きっとそれもフルーツがふんだんに使われているはずだ。


 トウワコクはフルーツの生産が盛んで、他国にないほど美しく甘く、種類も揃ったそれらを使ったスイーツ目当てに観光に訪れる人もいるほどだから。

 軽めの食事を終えた後運ばれてきたスイーツの3種盛りは、旬のフルーツが綺麗に盛り付けに使われていて、見ているだけでテンションが上がる。


「んー、見てるだけで楽しい。食べるの勿体無いなぁ」


 クロアちゃんもとても喜んでくれているようで嬉しい。


「ビスリーはあんまり嗜好品的な作物生産しないから、こういうフルーツも手に入りにくいでしょ?だからこっちにいる間に楽しんで欲しかったんだ」

「さすがカナト!分かってる!ビスリーのフルーツって、モンスターエリアから採取してくることがほとんどだから、あんまり充実してないんだよね。美味しいけど」


 モンスターエリアとは、人の生活圏とは隔絶されたモンスターの生息域を指す。モンスターは繁殖力が高く、頻繁に狩らないと人の生活圏にすぐ出てきてしまうのだ。


 そのため、モンスターエリアに接する地域はそこからの狩猟や採取で生計を立てるのがほとんどだ。そして瞬発力や持久力に欠けるヒトより、獣人の方が討伐に向いているため、自然とモンスターエリア付近は獣人が多く住まう国となっている。

 一番討伐に向くのは前衛獣人、後衛ヒトの混合だと言われていて、フロレスのギルドではその混合チームをよく見かけた。


「ビスリーのフルーツ、俺は結構好きだったなぁ。生き物食べる系の植物モンスターの実なんて、こっちでは手に入らないし」

「じゃ、またアンダスに遊びにきて!お兄ちゃん達冒険者ギルドに入ったから、実もハチミツも取ってきてくれるよ」

「うっ、すごく魅力的なお誘い…」

「約束ね!」


 ふふふ、と得意そうに笑うクロアちゃんに、こちらも自然と笑顔になる。


「じゃあ、楽しみにしておくね。さ、デザートも食べちゃお。気に入ったなら、また来れるし」

「うん、じゃあ、…食べるね!」


 謎の気合いを入れてデザートに向き合うクロアちゃんに笑みを噛み殺しながら、自分のデザートに手をつけたのだった。




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