7:まず褒める
今日は珍しく二人の休みが重なったので、クロアちゃんにトウワコクを案内する予定だ。
お菓子屋さんの前で待ち合わせだが、女の子を一人待たせるのもよろしくないので少し早めに家を出る。セノみたいなナンパ男に絡まれたらいけないからね!
準備万端で店の前に立っていたのだが、そう間をおかずにクロアちゃんの姿が遠くに現れ…。
「…っ!」
近づいてくるクロアちゃんに、思わず目が釘付けになる。
いつもの通勤用の落ち着いたコーデとは違い、華やかさのある若い女の子らしい膝丈のワンピース姿が、とても似合っている。似合っているしかわいいが、デザイン的にそのスタイルの良さがとてもよく分かるのだ。
思わず胸や足にいきそうになる視線を、年上のプライドと誇りにかけて、なんとか顔に固定する。だめだ落ち着けカナト・ササマキ。クロアちゃんに気持ち悪いおじさんだと思われたいのか⁉︎想像するだけで耐えられない。絶対に嫌だ!
そんなこちらの葛藤などいざ知らず、俺に気がついたクロアちゃんはパッと顔を明るくして駆け寄ってくる。
「おはよ!カナト、早いね」
「おはよ。クロアちゃんはいつもと雰囲気が違うね。そういう格好も似合ってるよ」
「ほんと?嬉しい!」
よし、女の子をまず褒めるというミッションはクリアした。喜ぶクロアちゃんは掛け値なしに可愛い。こう喜んでくれると、こちらも褒めがいがあって嬉しくなる。
「こういう服好きなんだけど、久しぶりに着るとなんか視線が気になるね。へへ」
「そ、そっか…」
照れたように笑うクロアちゃんに、内心ちょっと冷や汗の俺。危なかった、よくやった俺の理性。
「でも、マキがカナトと一緒なら大丈夫って。この服勧めてくれたの」
嬉しそうに報告してくれるクロアちゃんに、笑顔がひび割れそうになる。
そっか、ナガセさんが。信頼が重いですナガセさん…。
内心涙をこぼしながらも、とりあえず移動しようかと歩き出す。
今日の目的地は、ビスリー横断列車ミマサカ駅の付近の観光地だ。
俺やクロアちゃんが住んでいるのはそこから少し離れた商業エリアだが、ビスリー列車の近くはビスリーからの観光客をターゲットにした施設が所狭しと並んでいる。定番だが、こちらへ来てから遠出していないというクロアちゃんは楽しめるだろう。
「そういえば、この巡回魔車っていうのすごいね。列車をすごく短くした感じ?初めて見た時びっくりした」
「ビスリーにはないもんね。今日みたいにちょっと遠出する時に便利なんだよ」
巡回魔車は、トウワコクの市街地に網の目のように整備されている移動手段だ。1〜3両の車両が連なっていて、ちょっと歩くには遠いなぁという場所まで移動するのにちょうどいい。
今日も目的地までの移動に使おうと停車場所で待っているのだが、クロアちゃんは目が輝いている。
「乗り換え難しそうだから、乗ったことなかったの。ドキドキする」
「え!ミマサカ駅からここまでどうしたの?」
「大きな荷物は送ってもらったし、歩いたよ。ちょっと迷っちゃったけど、大丈夫だった」
「クロアちゃん元気だねぇ」
巡回魔車だと20〜30分で着くが、歩くとヒトの足では1時間以上かかる距離だ。でも確かに巡回魔車は駅がとても多いので、外から来た人はどこ行きに乗って、どこで乗り換えるのか、分かりづらいだろう。
「もし乗り換えわかんない時は、運転手に聞いていいんだよ。地元の人でもわかんなくなる時あるから、運転手も聞かれ慣れてるし、気にせず聞いちゃって」
「そうなんだ…」
「ちなみに、ここからミマサカ駅までは乗り換え1回ね」
「やっぱ乗り換えあるんだ」
クロアちゃんの耳がぺしょりとなってしまった。まぁ、馴染みのない乗り物って怖いよね。ビスリーの人って基本自分の脚力でどうにかしようとするし。
「1回乗っちゃえば慣れるよ。ほら、丁度来たから乗ってみよ」
「う、うん!」
勇ましく気合いを入れるクロアちゃんを微笑ましく思っていると、やっぱり緊張するのか、クロアちゃんが俺の服の端を掴んだ。
なんなの、その可愛い仕草は。
内心悶えながら、クロアちゃんをくっつけたままやってきた巡回魔車に乗り込んだのだった。




