4:子どもでもあり
「カナト、お疲れ様!」
「クロアちゃんもお疲れ様。今日は何食べたい?」
「んー、お肉」
「じゃあ、あっちの通りにある焼肉屋さん行こうか」
「うん!」
最近の習慣。それは仕事帰りに会社の前で待ってくれているクロアちゃんを、ご飯に連れて行く事。至福!
週末休みの俺とシフト制で休みのクロアちゃんなので、休みがあまり被らないけれど。お互いが仕事の日は帰りに待ち合わせしてるので、週3日は一緒に食事をする仲だ。なんだかビスリーで過ごした時以上に、クロアちゃんとの時間が多い。
これはナガセさんの地位を脅かすのも時間の問題では?とニヤニヤしてしまう。
いや、ビスリーに帰られると、また勝ち目なくなっちゃうんだけどね。束の間の勝利の味を噛み締めさせてください。
正直再会するまでは、18歳位の女の子と10歳上の男なんて、世間一般では何を話しているんだろうと悶々としていたけれど、実際こうして会話をすると意外と気を使わずに何気ない会話が続いていく。
クロアちゃんがミステリアスなオトナのオンナ!とか奥ゆかしい察してお嬢様!とかになってたらタジタジになっていたかもしれないけれど、素直で思った事を言ってくれる性格はそのままで、それに随分と助けられている。
「じゃあ行こうか」
撫でやすいところにある頭を、髪を乱さないようにそっと撫でで、会社の前を離れようとした。
その時だった。
「サーサーマーキっ」
知った声に内心げーっと思いながら振り向くと、同期のチャラ男系イケメン君がニコニコしながらこちらを見ていた。
「いい?クロアちゃん。当たり前だけど、ああいう見るからにチャラそうな男には注意するんだよ。危ないからね」
「ねぇ、いきなり紹介もせずに酷くない?」
こちらの言葉に憤慨した顔をしてみせるこの男。チャラ男ならではの行動力と気さくな話術で彼女(しかも美人)が途切れない系のモテ男だ。つまり、俺の敵。
サッとクロアちゃんを奴から隠す位置に立ったが、そんな事を気にしない奴は笑顔のままこちらに近づき、そして俺の横からクロアちゃんに白い歯を見せながらニコッと微笑みかけた。
「ササマキの同期のタカヨシ・セノです!タカヨシって呼んでね。お嬢さん、お名前をお聞きしても?」
俺、こいつの頬っぺた思いっきり抓ってもいいかな。
冷たい目でやつを見ていると、話しかけられてしまったクロアちゃんが律儀に言葉を返す。
「オルソーです。初めまして」
「すごく可愛いから、思わず声かけちゃった。出身はビスリー?」
「はい」
「こっちは長いの?まだ来て間もないんだったら、休みの日にでもこの辺り案内させてほしいな。美味しいパンケーキのお店が最近できて、見た目も華やかだからそこもオススメなんだ。よかったらどう?他にも行きたいとことかあれば案内するからさ!」
「カナトさんに案内してもらうので大丈夫です」
うわぁ、クロアちゃん塩!塩対応!なんて素敵!
思わず表情を消してセノに返事をしているクロアちゃんの頭を撫でる。
「いいね、こういう調子のいい男にはそのくらいの対応でいいよ。優しくするとつけあがるからね」
「ササマキ俺に辛辣すぎない?」
辛辣も何も、勝手に声をかけてきて食事に行くのを邪魔しているのはセノの方だ。
「もーさっさと帰れば?てかこの子18だぞ。変なちょっかいかけたら、俺セノのこと国外支社に飛ばすために全力を尽くすから」
「ごめんそれはやめて」
フルフル首を振るセノをひと睨みして、クロアちゃんの背を押してさっさと会社の前を離れることにする。
冷たーいと不満そうな声が背後から聞こえるが、知ったことではない。あんな奴に見られたらクロアちゃんが減ってしまう!
やだやだと思いながら足を進めていると、クロアちゃんがこちらを見上げながら、なんだか不満そうな声を出した。
「18歳って、カナトにとって子ども?」
「へっ?」
思いもよらない質問に、変な声が出てしまう。
子ども?子どもかぁ。さっきセノを退けるのに年齢を出したのが不味かったのか。
うーんと悩みながら、言葉を返す。
「子どもではないけど、大人でもないかなぁ。成人はしてるけど、クロアちゃんもこれから仕事で色々経験して、自立して、いろんな人と交流して、だんだん世界が広がって、大人になっていくんじゃないかな」
「…」
「まぁ、実際は歳食ってもそんなに中身は大きく変わらないんだけどね。クロアちゃんは、子どもでもあり大人でもある、今の時間を楽しんで。若いからこそ思い切れることも多いからさ」
「うん、…でもあたしは早く大人になりたい」
そう言うクロアちゃんの表情がちょっと曇っていて、心配になる。
「大人になりたい理由があるの?」
「んー、ある。けど、カナトには内緒!」
「えっ!」
そ、そんな、俺にはってことはナガセさんには相談するの⁉︎俺、最近地位が向上したと思ってたけど、まだナガセさんにボロ負けしてるんじゃ?
うわぁ、悲しい。
なんだか二人ともシュンとしてしまい、その日の夕食はどことなく湿っぽい味がしたのだった。




