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1:国境都市ミマサカ

「やっと、帰ってきた…」


 雪と氷の国に閉じ込められて5年弱。

 研究成果としてはまずまずで、今まで魔液素材の安定供給が難しく、限られた富裕層や企業向けにしか販売できなかった冷凍庫を家庭用に普及できるかもという兆しが見えた。


 あとは物流部門の努力次第。ノース支社の初代研究メンバーはきちんと成果を出して、少し早めに2代目へと仕事を引き継げたのだ。


 現地のキツネ獣人儚げ美青年と真剣交際を始めた研究者が一人、志願残留したので、2代目メンバーも仕事がしやすいだろう。


 え、俺?


 フロレスの色白美人さんとちょっといい仲になったけど、なんとなく足並みが揃わずに、1年も経たずに振られましたけど⁉︎

 あの時はほんと、身も心も凍えるように寒かったね!


 でも、傷ついた心を抱えて仕事を頑張ったおかげか、懐具合だけはほかほかだ。まぁ、あまり散財するところもなかったって言うのも大きいけどね。

 クロアちゃんや家族にたまにプレゼントを送るくらいで、特段欲しいものもなかったし。


 でも今日はやっと、本社のある国境都市ミマサカに帰ってこられたのだ。実家の自分の部屋はすでに物置になっているので、本社にアパートを手配してもらっている。

 鍵を受け取りに本社に寄った後は、10日間の休暇だ。その間に体を休めたり生活基盤を整え直したりしなくてはならない。


 しばらくはバタバタしそうで、ビスリーに行く時間は取れないだろうが、時間ができたらまた行きたいなと思ってはいる。細々とだがまだ手紙で繋がっているクロアちゃんは、俺が姿を見せたら喜んでくれるのだろうか。

 それとも、困惑するだろうか。


「18歳。もう成人してるのか〜」


 クロアちゃんはどんな女の子に成長したのだろうか。手紙では変わらない気がするけれど、数ヶ月に一度の近況連絡では、本当のところはまるでわからない。

 20代の自分は悲しいほどに変わっていないが、10代の成長はとても大きい。

 会うのが楽しみなようで、怖くもある。


 まだ先だけど、長期休暇の前には訪問のお伺いを立ててみようかな。クロアちゃんはまだ、俺との約束を覚えてくれているだろうか。


 そんなちょっと感傷的な気分になりながら本社に寄ったのは、もう日の暮れる定時間際の時間。久しぶりに会う本社の面々にちょっとチヤホヤされた後に、手配してもらっていたアパートの鍵を受け取って会社から出た、その時だった。


「カナト…?」


 聞き覚えのあるような、ないような声に振り返ると、少し離れたところに一人の女性が立っていた。

 逆光で顔はわからないけど、耳や尻尾が見えるから、獣人の女の人?


 と、こちらを認識した瞬間。


 その人はダッと駆け出して、気がつけばすぐ間近に。


「カナトだ!」

「うぇ⁉︎」


 どんっ、と勢いよく抱きつかれて、雪かきで鍛えた足腰でなんとか踏みとどまった。

 ふわりと、いい香りが鼻腔をくすぐる。


 毛先にふんわりウェーブがかけられた長く綺麗な栗色の髪、一瞬だけ見えたしっかりと化粧の施された綺麗な顔、小柄だけれどしっかり体に当たっている大きく柔らかな膨らみ、ほっそり長い手足。


 いや、この美少女だれ⁉︎


 と言いそうになった口を、開く前に。目の前の猫耳に釘付けになった。ピンとたった耳と尻尾の、その特徴的な縞っぽい模様は、まさか…!


「ク、クロア、ちゃん…?」

「うん、久しぶり!」


 こちらの胸に埋めていた顔をあげて、にかっと笑ってくれたその顔。

 微かに昔の面影が見えるその笑顔に、しばし呆然と見入ってしまったのだった。




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