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14/61

14:びっくりするような

 フロレスへ飛ばされる前。

 流石に全部一度に有休は取れなかったけど、約束通りまとまった休暇をもぎ取って、俺はビスリーのアンダスへ向かった。


 あの涙のお別れからまだ1年も経っていないが、すごく懐かしく感じる。手紙であらかたの事情を伝えているので、クロアちゃんも俺の事情は知っているのだけど、面と向かって5年は会えません、と言うのは辛いなぁと思ってしまう。


 ていうか、5年も姿をくらませたら、幼少期にちょこっと会っただけのヒトなんて、忘れられちゃうんじゃ?と思うと、何とも言えない悲しさで胸がいっぱいになる。


「カナト!」


 沈痛な気持ちを抱えて降り立ったアンダスの駅だったが、降りてすぐ、懐かしい声が出迎えてくれた。


「クロアちゃん!わ、背が伸びたねぇ、久しぶり」


 どんっ、と勢いよく抱きついてくれたクロアちゃんの頭の位置が、以前より高くなっていることに驚く。


「少しは大人になったよ!」

「うんうん、顔見せて」


 そういうと、素直に顔を上げてくれたクロアちゃんは、見覚えのあるネックレスをしていた。


「あ!俺がプレゼントしたの、つけてくれてるんだね。似合ってるよ、かわいい!」

「ほんと?嬉しい!」

「ほんとほんと。少し見ない間に、おねぇさんになったねぇ」

「へへへ、もうちょっと大人になったら、マキがお化粧も教えてくれるって約束してくれたよ!」

「そっかぁ」


 くぅ、ナガセさんは順調にクロアちゃんとの絆を深めているようだ。遠方に行く人間には勝ち目なんてカケラもなくて、心の涙をそっと拭った。


 アンダスに着いたのは夕方近くだったけど、クロアちゃんと一緒にアンダス支社へ顔を出したら、懐かしの面々が顔を見せてくれた。

 そして、フロレス行きに同情してくれた。

 つらい。


 因みに手紙のやり取りで聞いていたのだけど、ナガセさんは妊婦さんになっていた。あのイケメン旦那とナガセさんの子なら、どっちの種族に生まれても美形になりそうで羨ましい。

 お祝いを渡すと喜んでくれたので、このタイミングでこちらに来られて良かったと思う。


 そうして。

 アンダスの特産品(主にモンスター)を使った豪快な男の料理をクロア父にご馳走になったり、お兄ちゃんズとクロアちゃんと川遊びに行ったり、ナガセさんと3人でお茶したり。

 そんな1週間のアンダス旅行は、懐かしさと楽しさでいっぱいで、あっという間に過ぎていったのだった。




 そして今日はもう、帰国の日だ。


 平日に帰るので、支社の人たちとは昨日挨拶を済ませてある。見送りには、出迎えの時と同様クロアちゃんとお兄ちゃんがきてくれていたが、お兄ちゃんはちょっと離れたところでクロアちゃんを見守っていた。


「カナト、寒いところ行くんでしょ?体に気をつけてね。心配」


 可愛い猫耳をぺしゃりと伏せたクロアちゃんが、項垂れながらそう言ってくれて、むず痒い気持ちになる。


「ありがと、気をつけるね。クロアちゃんも、どうか元気でいてね」

「うん…」

「あっちで珍しいものがあったら、送るから。楽しみにしてて」

「うん…」

「手紙も書くよ」

「うん…。……カナト」

「ん?なに?」


 優しく問いかけると、クロアちゃんが顔を上げてこちらを見てくれた。

 その綺麗な目には涙がいっぱい溜まっていて、胸を突かれる。


「遠く行っても、あたしのこと、忘れないでね」

「…忘れられるわけないでしょ。たくさん思い出作ったもん。きっと一生忘れないよ」

「ほんと?」

「ほんと。クロアちゃんこそ、俺のこと忘れないでね」

「ぜったい、忘れないよ。…ぜったい」


 そう言ったクロアちゃんの目から、ポロっと涙が溢れる。盛大に泣かれた去年より、静かに涙を流す今年の方が、何だか切なくて痛い。


 用意していたハンカチでその涙を拭いながら、女の子の成長の早さに、少し焦りのようなものを感じていた。1年も経たずにこれなら、5年後、俺の知っているクロアちゃんは、まだここにいるのだろうか。

 そう思うと、大人の勝手なのだろうけど寂しい気持ちになってしまう。


 そうして静かに挨拶を交わしていると、やがて定刻通りに列車がやってきた。

 もう、お別れの時。


「クロアちゃん」


 ポケットに隠し持っていたネックレスを、項垂れているクロアちゃんにサッとつける。


「?」

「それが似合う大人になった頃に、また会おうね」


 ぽんぽんと頭を撫でると、クロアちゃんは自分の首元を見て、目をまん丸にした。


「すご、い、きれい。ありがとう、カナト」


 前プレゼントしたのとは違う、本物の宝石を使ったネックレスだ。涙型にカットされたアダマスは、キラキラと透明で上品な輝きを宿し、クロアちゃんが大人になっても身につけられる上質なもの。

 それを見たクロアちゃんが、ぐっと目に力を宿した。


「あたし、カナトがびっくりするような美人になってるからね!」

「ふふ、楽しみにしてる」

「覚悟しててね!」

「うん!」


 じゃあ、また5年後に。


 列車に乗り込むと、気を利かせて離れていてくれたお兄ちゃんがクロアちゃんの隣に並ぶ。


「見送りありがとう!またね!」

「カナト、元気でね!」

「お元気で」


 挨拶が済むとともに、列車のドアが閉められて、やがてゆっくりと動き出す。


 去年と同じように、列車を追いかけてくれるクロアちゃんに懸命に手を振って。

 小さくなっていく姿に、寂しさがどっと胸に押し寄せた。クロアちゃんが作ってくれたお弁当を片手に、自分の席へと向かいながら、静かに一人、寂しさに向き合う。


 次に会う時には、あの無邪気で真っ直ぐ感情をぶつけてくれるクロアちゃんは、どんな人になっているのだろうか。せめて再会した時、喜んでくれたらいいなぁ。


 そうして、赴任前の休暇が終わり。


 雪と氷の国へと飛ばされた俺は、約5年もの間、その真っ白な世界へ幽閉されたのだった。










これでビスリー編は終了です。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 交流が丁寧で、とても優しいお話だなあ、と読ませていただいてます。 [一言] 初恋泥棒……。 すみません、最新話読んで、こんな言葉しか浮かんできませんでした><
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